日本古代史つれづれブログ

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邪馬台国を中心とした日本古代史の謎を、神話・史書・遺跡・各地伝承などから、解き明かしていきます。
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※最新の記事

  • 土器が語ること(2) 〜 縄文土器と弥生土器は何が違う?
    前回、一口に縄文土器、弥生土器と言っても、外見だけからは、その違いは一般人にはよくわからない、という話をしました。では、縄文土器と弥生土器は、具体的にどのように違うのでしょうか?。ここで整理します。■形縄文土器は、口が広くて底が深い形(深鉢…08月13日 09時13分
  • 土器が語ること (1) 〜 縄文土器の素晴らしさ
    前回まで、銅鐸の分布などから、古代日本列島における権力移動をみてきました。そこからわかることは、明らかに、”「西→東」への移動があった”、ということです。そしてその結果は、史書や遺跡、科学的データとも一致しています。では次に、土器についてみ…08月07日 19時55分
  • 銅鐸が語る「西→東」への権力移動(11) 〜最後の謎、 銅鐸を消滅させたのはどの…
    前回、銅鐸を伝えたのは、天照大神から神武天皇・大和朝廷につながる系統とは別の弥生系渡来人である、という話をしました。かれらは紀元前5〜同4世紀頃、日本列島の九州北部か山陰・北陸地方に上陸、住み着き、銅鐸を伝えたと考えられます。当時の日本列島…07月31日 23時04分
  • 銅鐸にみる「西→東」への権力移動 (10) 〜 銅鐸を使用していたのは誰か?
    前回までで、”銅鐸は、異文化をもった人々の侵入者によって破壊され、消滅した。”というところまでお話ししました。今回は、いよいよ銅鐸最大の謎に迫ります。それは、「銅鐸を使用していたのはだれか?」そして「異文化をもった侵入者とはだれか?」です。…07月25日 23時46分
  • 銅鐸にみる「西→東」への権力移動 (9) 〜 銅鐸の「破壊」と「消滅」の謎
    さらなる銅鐸の謎について、迫ります。銅鐸は、3世紀には消滅したとされてますが、あれほど全国規模で発展した文化が、なぜ突然なくなってしまったのでしょうか?。春名氏によれば、”首長の権威が高まるに連れ、次第に共同体祭祀である「畿内勢力(初期大和…07月19日 19時55分
  • 銅鐸にみる「西→東」への権力移動 (8) 〜 銅鐸「埋納」の謎
    では、あらためて「埋納」について、考えてみましょう。まず、状況の整理です。”埋納状況については村を外れた丘陵の麓、あるいは頂上の少し下からの出土が大部分であり、深さ数十センチメートルの比較的浅い穴を掘って横たえたものが多い(逆さまに埋められ…07月13日 22時10分
  • 銅鐸にみる「西→東」への権力移動 (7) 〜 従来説では説明できない「埋納」「破…
    ここまで、銅鐸を出土地分布からみてきました。ここから、いよいよ銅鐸の謎に迫ります。銅鐸に関しては、埋納の謎、破壊の謎、消滅の謎など、多くのことがわかっていません。それをみていきましょう。銅鐸は、紀元前4世紀頃、中国、朝鮮半島日本にもたらされ…07月07日 19時41分
  • 銅鐸にみる「西→東」への移動 (6) 〜 九州出土銅鐸が与えたインパクト
    ここまで、銅鐸の概略についてみてきました。”銅鐸は中国起源で、直接あるいは朝鮮半島経由で、紀元前4世紀頃、日本列島に伝わり、独自に発達しました。伝播ルートとしては、山陰地方(島根)、北陸地方(福井)、瀬戸内海(淡路島)などから畿内に伝わり、…07月01日 12時45分
  • 【シリーズ第二弾 出版しました!!】
    <この記事は、当面この位置に掲載します。最新記事は二つ下をご覧ください。>みなさまにお知らせです。3月27日に、シリーズ第二弾「図でわかりやすく解き明かす 日本古代史の謎〜その後の邪馬台国から日本国誕生まで」を出版しました。昨年8月に、「図…07月01日 09時15分
  • 【訪問ありがとうございます!】初めて訪問くださった方へ
    <この記事は、当面この位置に掲載します。最新記事は、下にあります。>訪問ありがとうございます。このブログは、様々な資料をもとに、日本古代史の真のすがたを解き明かしていくブログです。全体として、ひとつの読み物になってます。初めて訪問された方に…07月01日 09時15分