歴史の謎に誘われて

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1866317
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歴史の謎に誘われて
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http://historical-story.blog.jp/
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過去から現在、そして未来へと続く社会の歩みを怪説するBLOG。
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  • 世界史 (100%) - 6 / 54人中
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※最新の記事

  • エジプト第17王朝の謎を怪説(2)〜エジプトを変貌させたヒクソス〜
    下エジプトに入植した"みすぼらしいよそ者"=ヒクソス人と、彼らと一体化したエジプト人下層階級者による王朝(第14王朝)への反乱は成功し、エジプト第15王朝(ヒクソス朝)が打ち立てられた。ヒクソスと仲間意識を持った元々のエジプト人貧困層の一体…10月17日 05時33分
  • エジプト第17王朝の謎を怪説(1)〜ヒクソス〜
    エジプト第15王朝(紀元前1630年〜紀元前1523年)は、「ヒクソス朝」と呼ばれ、ヒクソスの王が約6代続いたものです。更に、第16王朝もヒクソスに支配され(若しくは傀儡王朝)。そして、謎の第17王朝「テーベ朝」が興ります。 第15王朝から…10月16日 06時04分
  • ヒッタイト(6)〜ハットゥシャを出現させた者達〜
    フーゴー・ウィンクラー(当時、ベルリン大学・古代言語学教授)が、ボアズキョイ=ヒッタイト帝国時代の首都ハットゥシャを最初に訪れたのは、其処がハットゥシャであることが断定される一年前の1905年です。言語学が専門だったウィンクラー教授は、それ…10月15日 06時21分
  • ヒッタイト(5)〜トロイとエグロンの発掘が意味するもの〜
    ハインリヒ・シュリーマン(参考記事=≫ハインリヒ・シュリーマンは、善人か悪人か(上);ハインリヒ・シュリーマンは、善人か悪人か(下) )の執念の発掘が始まった1870年以来、ホメーロスが書いたトロイの位置は、現在のトルコ共和国北西部の遺丘ヒ…10月14日 09時11分
  • ヒッタイト(4)〜ヒッタイト登場以前のアナトリアと地中海アジア(2)〜
    紀元前4000年〜紀元前3500年の金石併用時代の遺跡とされるテレイラット・ガッシュール遺丘群(死海の北東岸・ヨルダン川から5キロほど東に入った海面下255メートルの処)。高さは約1.8メートルと低い遺丘ですが住居址は三層になっていて、つま…10月13日 11時06分
  • ヒッタイト(3)〜ヒッタイト登場以前のアナトリアと地中海アジア(1)〜
    現在、パレスチナ暫定自治政府が設置されているエリコ市は、ナトゥフィアン文化を引き継ぎ紀元前8千年頃には既に「都市」として栄えていたことで知られています。尤も、古代エリコの中枢部(エリコ遺跡)は現在のエリコからは少しだけ離れた処に位置したので…10月12日 05時00分
  • ヒッタイト(2)〜謎多きヒッタイト〜
    世界が五大文明(メソポタミア、エジプト、インダス、黄河、エーゲ・地中海)なのか、七大文明(メソアメリカ、アンデス)なのか、もっと多くなっていくのか、と考えれば、それは「もっと多くなっていく」に決まっている。文字がないこと、文化の香りがしない…10月11日 06時24分
  • ヒッタイト(1)〜クレタ・ミケーネとヒッタイト〜
    「ミノア文明」は、ギリシア・エーゲ海に於けるいわゆる青銅器文明の代表的な一つ。この文明の名は、ギリシャ神話に登場するクレタ島の王ミノスに因む。神話、即ち伝説上の王ではあるけれど、共に紀元前5世紀を代表する史家ヘロドトスとトゥキディデスは、ミ…10月10日 06時17分
  • アッシリア(5)〜エブラ〜
    全てのイスラム教国家がそのような社会制度であるかどうかは知りませんけど、イスラム教は、一夫多妻制に寛容であると云われます。力と余裕ある者が複数の妻を持つことに対しては偽善的異論を唱える人もいる。が、各国の法や因習は各国の民のものであり、他国…10月09日 10時35分
  • 千年の栄華を誇った大帝国と単なる嫌われ帝国の怪説
    ローマ帝国は、イタリア半島に始まり最期はアナトリア半島に終わった。遷都後のアナトリア半島のローマ(東ローマ帝国)の方が実は長い歴史となる(330年コンスタンティノポリス遷都〜1453年滅亡)。が、東ローマは、その長い歴史の中で、「ビザンツ帝…10月08日 09時14分
  • アッシリア(4)〜マリ王国との恩讐〜
    古アッシリアに大きな変化を齎せた第39代の王シャムシ・アダド1世。この人の(アッシリア史上の)躍進話は、父であるイラ・カブカブの旅話とは切り離せないのでお浚いします。 イラ・カブカブは、アムール系ハナ族の首長であった。アッシリアやバビロニア…10月07日 09時26分
  • アッシリア(3)〜アッシリアの一貫性〜
    諸民族の抗争と国々の攻防が激しく繰り返された古代オリエントの真ん中で、古アッシリアから新アッシリアまで、その1400年もの長い期間の多くを「大国」として在り続けたアッシリア。この事実は驚嘆に値する。無論言うまでもなく、その驚嘆の期間の全てに…10月06日 06時14分
  • アッシリア(2) 〜アッシリアとは何か?〜
    アッシリアは、全117代の王の下、以下のように4つの時代に分けて考えられる。 ●「初期アッシリア時代」 その殆どの期間で文字史料が存在していない時代。発掘出土した土器様式の変化によって「ジャルモ期」「ハッスーナ期」「サマーラ期」他、それはメ…10月05日 06時35分
  • アッシリア(1)〜王名表前期の謎を怪説〜
    バビロンの王ハンムラビが最も頼りにした(従属した)相手である既に帝国化していたとされるアッシリアですが、アッシリアにも、「アッシリア王名表」が存在します。 アッシリア王名表の内、その第40代までは謎に満ちている。謎に満ちていると云うより、ハ…10月04日 06時39分
  • バビロニア(10)〜カッシートの脅威〜
    ハンムラビ法典には、殺される、水に投げ入れる等々の過激な刑罰の文言が並ぶので、それらに目線が行きますが、犯罪に対して厳罰を加えることを主目的にしている法ではない事は明らかです。 確かに身分を重視する法であり、"下剋上"を許さない雰囲気を持つ…10月03日 06時28分
  • バビロニア(9) 〜牧人・ハンムラビ〜
    ヘロドトスは、バビロンをアッシリアの一部として『歴史』に記しています。 但し、ヘロドトスは、新アッシリア帝国が滅んで(紀元前609年)約125年、且つ、新バビロニアが滅んで(紀元前536年)約50年後の、紀元前485年頃に生まれた人です。バ…10月02日 11時06分
  • バビロニア(8)〜『歴史』に書かれたバビロン〜
    ハンムラビに、法典の構想(内容)がいつ頃から備わっていたのかは分かりませんが、国家の長たる者は、恐怖支配ではダメなんだ、法の支配こそが必要なんだ、という当たり前の考え方は古代オリエントの王たちは分かっていた。 ハンムラビ法典は、オリエント世…10月02日 10時31分
  • バビロニア(7) 〜ハンムラビ法典−5〜
    「ハンムラビ法典」の掲載の最終回です。眼には眼を、歯には歯を、の云われとなった争議の章から書きます。 ≪争議≫ 第195条 もし子が彼の父を打った時は、彼の手を切り取る。 第196条 もし人が人の息の眼を潰した時は彼の眼を潰す。 第197条…10月02日 05時32分
  • バビロニア(6) 〜ハンムラビ法典−4〜
    「ハンムラビ法典」の結婚等々の続きです。 第138条 もし人が子と産まない配偶者と離別する時は、彼の女の花嫁代の総額に当る銀を彼の女に与え、彼の女の父の家より持参した嫁資を彼の女に完済して、彼の女と離別する。 第139条 もし花嫁代が無かっ…10月02日 05時27分
  • バビロニア(5) 〜ハンムラビ法典−3〜
    「ハンムラビ法典」の掲載の続きです。 ≪運搬≫ 第112条 もし人が旅行中に銀、金、輝石または動産を人に渡して運搬をさせた時、その者が運搬出来るものを運搬しないで、横領した時は、運搬主は、そのことを彼に確証し、その者はその5倍を運搬品の主に…10月02日 05時25分
  • バビロニア(3) 〜ハンムラビ法典−1〜
    「神々がバビロン市の主権を世界最高のものとして確立した。私ハンムラビ国王は下記の目的で神々から支配権を委任された。」 以上の言葉で始まる世界最古の国家公法「ハンムラビ法典」の紹介です。 ハンムラビ王に支配権を委任した委任者は最高神「アヌム」…10月02日 05時11分
  • バビロニア(2)〜アッシリアとバビロニアの最初の関り〜
    (1)から少し間が空きましたが、当タイトルを再開します。 バビロンを、都市国家として樹立させた最初の王スムアブムの即位(紀元前1894年)から約百年。アムール人の王脈は続き、ハンムラビへと継承された。が、ハンムラビが即位した時のバビロンは、…10月01日 10時25分
  • イシンとラルサ(3)END〜エラム人のラルサ王朝〜
    ウル第三王朝は、イビ・シンの治世24年目にスーサとエラムの戦争拡大に巻き込まれる形で侵蝕され、イシンに支援要請をするも時遅かった。王イビ・シンは捕縛され、当時のエラムの首都アンシャンへと連行される。イビ・シンは恐らく其処で処刑されウル第三王…09月30日 17時34分
  • イシンとラルサ(2)〜ウル第三王朝の最期〜
    イシンを占領し独立及び即位宣言して「イシン王」となったイッシュビ・エッラは、アムール人の国を造ったつもりは毛頭なかった。アムール人による占領〜独立であることは事実ですが、彼らはシュメール的な政治・宗教イデオロギーをそのまま踏襲したので碑文も…09月30日 05時55分
  • イシンとラルサ(1)〜アムール人国家イシンの誕生経緯〜
    ウル第三王朝末期。ウルの王の権威失墜は著しく、殆ど全ての都市が独立。メソポタミアはまたもや単一都市国家の乱立(=群雄割拠)時代へ逆行します。 ウルやウルクは、シュメール人の王の支配下にあったものの、シュメール語以外の王が次々と名乗りを挙げ、…09月29日 05時51分
  • 上杉謙信を女性説に基づき語る(9)〜信玄・信濃守護職へ〜
    今回を書く前に、前回の訂正です。 砥石城での総崩れで、武田方が重臣筆頭の板垣信方を失ったと書いてますが、板垣は、同じく北信濃に於けるもう一つの惨敗劇、上田原の戦い(村上義清軍との戦:天文17年=1548年2月14日)で、盟友・甘利虎泰、初鹿…09月28日 06時45分
  • ハプスブルク家とヴォルムス市
    ドイツのラインラント=プファルツ州にあるヴォルムス市は、古くはブルグント王国の首都であり「ニーベルンゲンの歌」の舞台としても知られる。この古い都は、神聖ローマ帝国のカール大帝が王宮の一部を置いて以降、神聖ローマ帝国史に於ける印象深い出来事が…09月27日 20時58分
  • バビロニア(1)〜都市国家バビロン誕生までの経緯を怪説〜
    メソポタミアには、嘗ての古代の人びとに「国土の防壁」と呼ばれた、それは支那で言えば「万里の長城」だが、勿論、万里の長城と言える代物ではないが、外敵の侵入を防ぐ目的で築かれた壁がある。その壁は、イスラム王朝時代にはバクダッドに代わる都としても…09月27日 05時00分
  • 上杉謙信を女性説に基づき語る(8)〜信濃と「風林火山」〜
    甲斐・武田と北信濃の関わりは、長尾景虎が越後守護職を拝命された年(天文19年:1550年)よりもずっとずっと古い天文4年頃から始まった。 因みに、その頃までの武田氏は、守護職とは言ってもまだ甲斐一国の完全掌握には至っていなかった。尤も、武田…09月26日 10時48分
  • シュメール文明を怪説(12)END〜シュメールの断末魔〜
    シュメール文化圏のコムギ作を壊滅状態へ追いやってしまった「塩害」とは何か?塩害とは「土壌中や空中の塩分によって、農作物や建造物、施設などが被害を受けること」ですが、その要因は二つに大別されます。 ●土壌中の塩分の濃度が高くなるために生ずる塩…09月25日 05時28分
  • ユヴァル・ノア・ハラリ
    歴史とは何を意味するのか。この「歴史」という言葉の意味付けを過去何度も行ったのですが、「これだ!」と確信出来るようなしっくり来るものはまだ無かった。けれども自分で考えるのはもう止めにした方が良い。これ以上の意味付けはない文章に出会ったのだか…09月24日 13時32分
  • シュメール文明を怪説(11)〜シュメールの窮状〜
    15世紀の終わり頃から16世紀にかけての地理上の大発見時代直前までの世界は、さまざまな地域が独特の社会を形成し、それぞれの社会が独自の文化を発達させていて、しかも相互の接触は比較的薄く、直接的な接触や交流は隣接社会の間で行われることが多かっ…09月24日 05時40分
  • 上杉謙信を女性説に基づき語る(7)〜坂戸城の戦と長尾政景に関する認識修正〜
    越後と佐渡の編年史料集である、いわゆる「越佐資料」に因ると、坂戸城の戦(天文19年12月〜天文20年8月)が起こる前年、天文18年6月5日。越後上田坂戸城主長尾政景に対して、甲斐の武田晴信(後の信玄)から(文か使者か)誘いが入ったという説が…09月23日 16時21分
  • シュメール文明を怪説(10)〜ウルの秘宝がタネを明かす〜
    シュメールの人びとが活躍した文化圏に元から備わっていた地の資源は、(二つの大河から齎された)肥沃な泥、水、太陽、そして瀝青(天然アスファルト、コールタール、石油アスファルト、ビッチなど)だけである。その他のものは、全て人知によって得られたも…09月23日 06時23分
  • シュメール文明を怪説(9)〜農業革命(食料確保革命)こそが文明の礎〜
    南イラクの広範な平原。とは言え、そこは灼熱の大地。ムギの種子を蒔いたからって、ただ蒔いただけでムギが育つわけはない。が、「何でも出来る」と思ってそこへやって来た人たちは、大河から運河を引く、つまり灌漑工事をやってのけた。ニップールで見つかっ…09月22日 06時18分
  • シュメール文明を怪説(8)〜ムギ〜
    紀元前数千年期の古代遺跡には似合わない夥しい数の弾丸(と言うより砲弾ですが)痕を受けたのは、何もウルに限ったわけではない。湾岸戦争で「ウルを攻撃したらならない」という声明を発表した人の数は圧倒的に欧米側に多かったが、湾岸戦争時のミサイルはし…09月21日 06時35分
  • シュメール文明を怪説(7)〜ウル・ナンム〜
    ニップールは、バクダッドの南東約160キロに位置する、紀元前6千年期末頃から居住が始まり、パルティア時代までの神殿建築物が連なる古代宗教都市遺跡です。都市全体が遺跡(放棄地)となったのは西暦800年頃。町が放棄された理由は、イスラム教の興り…09月20日 11時22分
  • シュメール文明を怪説(6)〜国家の興亡〜
    自分たちの考え方(文化・規律)とは違う者達に対して、力を行使して自分たちの考え方を受け入れることを強要する。その考え方に従えるなら自分たちの"仲間"として同化させるが、従えないなら差別化して最終的には排除する。この場合の排除とは、自分たちの…09月19日 12時00分
  • メソポタミアとキリスト教
    旧約聖書には、パレスチナ及びイスラエルだけが描かれているわけではなく、ウルク、ウル、カルデア、バビロン、シュシャン(=スーサ)、カラハ、ニネヴェといった古代都市(都市国家)の名が登場する。また、ノアの箱舟やバベルの塔、カナン、ソドムとゴモラ…09月18日 06時17分
  • ローマ建国怪説(20)END〜アイネイアス〜
    アルカディア人のバラスは、老いによる足手まといを理由にこの戦に参加出来ない族長エヴァンデルの息子としてよく戦った。が、最後は相手が悪かった。アルカディア人にとっても仇敵であるルトゥリアの王トゥルヌス自身がバラスの目の前に立ちはだかった。バラ…09月17日 05時26分
  • ローマ建国怪説(19)〜アルバ山〜
    「学ぶ」という行為は、人類、いや生き物が誕生したその瞬間から全ての生き物にとって最も必要なこととなる。経験したことから学び、経験していないこと、一生経験出来ないことでも学ぶことによって経験出来ているような気にもなれる。特に本能以外の心が発達…09月16日 13時18分
  • 上杉謙信を女性説に基づき語る(6)〜防衛には長けていた、だけど・・・〜
    防衛ラインの拡大による負担増こそが国を経済的に弱体化させる元凶である。ということが政治的に理解されている現代では、大半の国家の政治リーダー達は自国民に対して「知らない他国を手に入れる事から生じる不安定さよりも、自国を強くして安定させる方が大…09月14日 16時35分
  • ローマ建国怪説(18)〜暴君メゼンティウスの最期〜
    アイネイアスが留守をしているトロイア陣営は、アイネイアスの幼い息子ユールスとその側近達が仕切っていたが、アイネイアスが言い残した「帰って来るまでは何があっても応戦するな。」という言葉を守り続ける。いよいよトゥルヌス軍が迫り、幾度か挑発を繰り…09月13日 10時06分
  • ローマ建国怪説(17)〜良いエトルリアの新王〜
    アルカディアの族長エヴァンデルの嫡男バラスは、アイネイアス一行に声高く問い掛ける。お前たちはいったい何処のの何者で、何の用があって此処へ来たのかと。 アイネイアスは、オリーブの枝を差し出し答える。「我らは、あなた達と同じくルトゥリア人を仇敵…09月12日 20時36分
  • ローマ建国怪説(16 )〜アルカディア〜
    相当な大軍となったトゥルヌス陣営に、また強力な援軍が参陣します。それは、アルテミスに服従するアマゾネス(女猟師隊)たち。それを統率するのは処女武者カミラ。駿馬揃いのアマゾネスの騎馬隊はあらゆる戦場を疾走し敵は蹴散らされ、誰も追いつけない。と…09月11日 06時31分
  • ローマ建国怪説(15)〜ヤヌスの門は開いた〜
    トロイア戦争は、ヘラの嫉妬が引き金ともなっている。トロイア人を根絶やしにすることを望むヘラは、アイネイアスの一行が生き延び、 アルバ王ラティヌスの庇護を受けようとしていることに対しそれをさせまいと様々な仕掛けを行います。そして、このギリシャ…09月10日 20時32分
  • 上杉謙信を女性説に基づき語る(番外編)〜剛将景家の年齢推察と名刀貞光〜
    享楽3年(1530年)の生まれとされる謙信(当時・長尾景虎)と、謙信の姉婿である上田長尾家の長尾政景(大永6年:1526年生)は4歳差。二人が越後国主の座を争った坂戸城の戦が起きたのは天文19年(1550年)12月。二人の生年が正しければ、…09月09日 20時51分
  • ローマ建国怪説(14)〜別れと出会い〜
    死人の世界を旅した時、アイネイアスの傍にいて常に的確な道先案内人であったシビルは、人間界に戻る間際のアイネイアスの問い掛けに対して下記のように答えています。 「私は、(貴方が思うような)女神ではなくただの人間です。でもアポロンの恋を受け入れ…09月09日 09時50分
  • ローマ建国怪説(13)〜地獄と極楽〜
    ギリシャ神話と、ギリシャ神話を模倣したローマ神話は似て非なる。トロイア戦争を勝者目線で書かれたギリシャ神話に対して、ローマは、建国神話に欠かせないアイネイアスの旅を付け足した。更に、アルバ王ラティヌスの話(ラティヌス神話)を書いて、ラテン人…09月08日 21時33分
  • 上杉謙信を女性説に基づき語る(5)〜景家と景虎〜
    全国津々浦々で調略が繰り返され、昨日の友は今日の敵という日替わりの目まぐるしい戦が繰り広げられていた足利幕政期。越後も例に漏れない。謙信の父・長尾為景は、越後守護代の地位にありながら守護職上杉家から実権を奪い、更に長尾氏族同士が抗争を繰り返…09月07日 21時16分
  • ローマ建国怪説(12)〜アイネイアスとディードー〜
    デロス島は、アポロンが誕生した島と云われます。うん?アポロンの双生児である女神アルテミスもでしょう?と思った人もいるでしょうけど、アルテミスはオルテュギア島(=まだデロス島になる前のシチリア島シュラクーサ付近に"浮いていた島")で生まれまし…09月06日 16時52分
  • ローマ建国怪説(11)〜王妃ヘカベから始まる話〜
    アイネイアスが、はぐれてしまった妻クレウーンを探し求めていた頃、財宝と共に一部の兵たちは消えていた。殺されてしまっていたクレウーンとの対面となり悲しみにくれたアイネイアスだったが、霊となったクレウーンの囁きに導かれトラキア(現トルコのバルカ…09月05日 06時23分
  • 上杉謙信を女性説に基づき語る(4)〜謙信の経済政策〜
    多くの武将が「領土拡張」を大国・強国への道筋と考えていた戦乱の世にあって、上杉謙信は「交易拡張」して民を富ませる事こそが国を富ませ、強い兵力を維持出来ると考える"経済大名"でした(あくまでも自説)。 武将や権力者に対する評価は、領土拡張とい…09月04日 16時14分
  • ローマ建国怪説(10)〜カルタゴの女王〜
    アイネイアスが放浪しなければならなくなった理由(トロイア戦争)を怪説すると、『ギリシア・ローマ神話』の冒頭から全て触れていく羽目になります。なので、それは別の機会とさせて頂きます。が、全ては女性達(女神たち)が「私こそが最も美しい」と要らざ…09月03日 06時22分
  • ローマ建国怪説(9)〜古代ギリシャ人(ローマ人)の世界観〜
    トマス・ブルフィンチが著した『ギリシア・ローマ神話』は、『ギリシア・ローマ神話』と名付けられたその通りに、神々とその他に纏わる話が、ギリシャ=≫古代ローマ=≫その他という順序で構成されています。それは、古代ギリシャ人の持っていた世界(この世…09月02日 13時11分
  • ローマ建国怪説(番外編)〜艶っぽい話は面白い〜
    ギリシア神話(ローマ神話)は世界中で数多出版されている。此方の手元にも数冊ありますが、最も愛読しているのは岩波文庫版の『ギリシア・ローマ神話』。著述者であるトマス・ブルフィンチは、アメリカ合衆国が独立宣言した年(1776年)から20年後の1…09月01日 06時18分