一五一会の音色に乗せて

登録ID
709992
サイト名称
一五一会の音色に乗せて
URL
http://94325890.at.webry.info
紹介文
一五一会を片手に、旅に、散歩に、グルメに
カテゴリ
  • 旅行・観光(全般) (100%) - 30 / 197人中
  • ※表示されている順位は重複を含まないため実際の順位より低くなる場合があります。

※最新の記事

  • 1492、薔薇景色2
    私たちの住まいからごく近い場所に「太陽ローズガーデン」という民間のバラ園がある。毎年この時期になるとそのバラ園を訪ねる。ことしも先日このバラ園に訪れた。05月25日 10時20分
  • 1491、薔薇景色1
    バラに季節である。我が家でも垣根にバラが咲く季節となった。散歩に歩く街にも気を付けていると、バラが美しい。05月24日 16時18分
  • 1490、お茶と映画と
    今日は5月19日だ。緑が美しい季節で、いつになく我が家も葉が茂り、緑に包まれている。そんなある日、映画に行く。人生フルーツ、という映画が良いと聞きつけ、見に行く気になったのだ。05月19日 10時29分
  • 1489、道頓堀、美津の
    いつになく人出の多い街に戸惑いながら、法善寺の横から道頓堀通りへ出る。そして美津のへ。05月14日 09時27分
  • 1488、黒門市場・日進堂
    黒門市場に初めて行く。江坂から御堂筋線の難波乗り換えで、千日前線日本橋で下車、道路を渡って到着した。05月13日 09時21分
  • 1487、天保山散策
    大阪港に天保山という築山がある。日本一低い山といわれる山で、標高4、53メートルだ。私たちはその天保山にも足を延ばし、大阪港の景色も楽しんだ。05月12日 09時13分
  • 1486、羽曳野、葛井寺
    藤井寺、どこか懐かしい地名である。野球場があったと記憶する。その藤井寺に葛井寺という古刹がある。05月11日 08時24分
  • 1485、道明寺天満宮
    阿倍野橋から近鉄南大阪線で道明寺へ向かう。道明寺天満宮が午後一番の目的地であった。道真が大宰府へ赴くときこの寺に詣でたという梅の名所だ。05月10日 08時54分
  • 1484、づぼらや、てっさのお昼
    新世界、店の前に大きなどらフグの提灯が泳いでいる。かに道楽の蟹と食い倒れビルのくいだおれ太郎と共に、大阪に著名な看板だ。そう、そのづぼらやに行く。05月09日 17時05分
  • 1483、夕陽ケ丘、四天王寺
    総本山四天王寺、593年聖徳太子によって建立された日本仏法最初の官寺である。山号は荒陵山、本尊は救世観音菩薩、金光明四天王大護国寺ともいうそうだ。05月08日 08時10分
  • 1482、菜の花忌のころ
    菜の花忌、司馬遼太郎の命日をこう呼ぶ。司馬の名作、菜の花の沖から、こう呼ぶのだという。ふと高田屋嘉兵衛の物語を思い浮かべる。05月07日 07時42分
  • 1481、八戸ノ里へ
    八戸の里、聞いたことのない地名であった。調べると難波から出る近鉄奈良線にある町だった。司馬遼太郎記念館があるというその町を訪ねた。05月06日 08時18分
  • 1480、日本大通り、花フェア
    関内から中華街の方に行き、お昼を食べた。中華街は大変な人手で、そうそうに日本大通りを目指す。それにしても、どうしてこんなに人が出ていたのだろうかと、思う。連休前日5月2日である。05月05日 08時20分
  • 1479、里山ガーデン・花フェア
    五月である。連休を前にした二日、全国都市緑化よこはまフェアを覗きに里山ガーデンに行く。そこには横浜市では最大級の大花壇が造られていた。05月04日 08時09分
  • 1478、ジャンジャン横丁、八重カツ
    ジャンジャン横丁へ行き、串カツを食べたい。目指すは八重カツだ。05月03日 11時05分
  • 1477、住吉さんへ
    阪堺電車、大阪唯一の路面電車、いわゆるちんちん電車で難波から住吉へ向かう。まず、すみよっさんへ、といったところだ。05月02日 08時42分
  • 1476、浪花へ
    大阪へ行く。ポルトガル力の間持ち歩いた南蛮のみちという本があった。街道をゆくシリーズの一冊である。家内にも勧められた、その著者司馬遼太郎の記念館を訪ねる大阪行だった。05月01日 08時34分
  • 1475、ハナミズキのころ
    司馬遼太郎の南蛮のみちが今、私の手の中にある。今回もお世話になった。そろそろ私の南蛮紀行も最後の夜が明け、帰国の時間が迫っている。04月30日 09時22分
  • 1474、リスボン、バカリャのパテ
    ポルトガルでは鰯や鯵、蛸も海老も日本のように食べる。干鱈も食べる。でも日本のように焼いてちぎって食べるのではない。水に戻して主菜にする。バカリャという。04月29日 09時15分
  • 1473、リスボン、アルファマ散歩
    テージョ川の川沿いの道を歩き、アルファマの街に近づく。トラムの走る街並みを歩き、旧市街地を垣間見る。04月28日 08時48分
  • 1472、リスボン、アルカンタラ展望台の眺望
    サン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台という小さな公園にある展望台から旧市街を見下ろす。サン・ジョルジュ城からテージョ川、そして赤レンガの屋根が連なる街並みが美しい。04月27日 07時48分
  • 1471、リスボン、バイシャ散歩
    ロシオ広場から金の道に入る。右手に高くエレベーターが見える。長い行列ができている。サンジェスタのエレベーターだ。04月26日 08時10分
  • 1470、ファドの夕べ
    リスボン最後の夜、私たちはテージョ川に近い店でファドを聴きながらの食事を楽しんだ。その店は昼間歩いたくちばしの家やカテドラルも近い辺りで、バイシャ地区の一角だった。04月25日 08時35分
  • 1469、コルメシオ広場、残照
    ロシオ広場からコルメシオ広場を目指して歩く。テージョ川に面したリスボンの玄関口、勝利のアーチを潜り抜ければジョゼ1世の騎馬像が立つ広場が広がる。04月24日 08時56分
  • 1468、パスティス・デ・ベレン
    パシュテル・デ・ナタ、日本ではエッグタルトという洋菓子の名店がある。ジェロニモス修道院に近いバレン地区のあるパスティス・デ・バレンという名の洋菓子店である。04月23日 08時13分
  • 1467、アルファマ、カテドラル
    アルファマ地区を歩いている。路面電車の線路があり、その線路はやや右曲がりに坂道を登ってゆく。リスボン大聖堂が線路の向こうに荘厳な姿を見せていた。04月22日 07時57分
  • 1466、ケーブルライン、グロリア線
    ロシオ広場の辺りを捜し歩いたケーブルカーのグロリア線はサン・ロケ教会の近くに下り線の乗り場があった。予定の通りにケーブルで山を下りることにする。見ていると下りは歩いて降りてゆく人もある。成程である。04月21日 08時52分
  • 1465、イエスズ会、サン・ロケ教会
    サン・ロケ教会はイエスズ会の教会である。そして、天正遣欧少年使節が滞在した教会である。ということで、ぜひ行きたいリスボンの観光地であった。自由な時間があり、まずのこの教会を目指した。04月20日 07時34分
  • 1464、アルファマはトラム12で
    リスボンの下町といわれるアルファマ地区をトラム12番で巡る。狭い石畳の道をがたごと音をたてて進むトラム、急な坂道にもめげずにヒーコラ登り、転がり落ちる。04月19日 08時09分
  • 1463、サンタ・マリア教会
    ジェロニモス修道院には付属する教会がある。サンタ・マリア教会だ。身廊と二つの側廊からなる三廊式の造りになっている贅を尽くした教会だった。04月18日 08時54分
  • 1462、ジェロニモスの回廊
    ジェロニモス修道院の回廊を進んでいる。そこに修道院最大の見どころがあるという。中庭を取り囲むようにある、55メートル四方の回廊がそれだ。04月17日 08時39分
  • 1461、ジェロニモス修道院に想う
    ベレン地区にいる。世界遺産が並ぶ風光明媚な場所である。その一角にあるジェロニモス修道院、その大きな素晴らしい建築物を見上げる。すべてあのガマが持ち帰った富で造られたという。04月16日 07時49分
  • 1460、発見のモニュメント
    ベレン地区にある大航海時代を記念して造られた記念碑がある。発見のモニュメント。記念碑はキャンベル船の船首に似せて作られており、33名の大航海時代の偉人像が居並ぶものだ。04月15日 08時42分
  • 1459、べレンの搭
    司馬遼太郎は南蛮のみちの中で、司馬はその塔を「テージョ川の貴婦人」と呼んだ。ベレンの搭である。貴婦人がドレスの裾を広げている姿に似ているというのだ。04月14日 08時45分
  • 1458、リスボアという街
    リスボンに来た。正確には、リスボンに戻って来た。ところでリスボンは英語読み、ポルトガル語ではリスボアというそうだ。何故だか、今更のように、そのリスボアという町を考えてみる。04月13日 08時53分
  • 1457、ロカ岬、白い波濤絶景
    リスボンの西約20キロにロカ岬がある。ユーラシア大陸最西端に位置する岬である。いわば最果ての岬である。04月12日 08時44分
  • 1456、シントラの王宮その3
    シントラ王宮、後はアラブの間と斬新な厨房が残っている。覗きたい症候群の私は先を急ぐ。まずはアラブの間だ。04月11日 08時44分
  • 1455、シントラの王宮その2
    シントラの王宮、次の部屋に入る。階段を上った先のようだ。アズレージョが壁を飾り、トンネルのような廊下が続く。04月10日 08時34分
  • 1454、シントラの王宮その1
    イスラム教徒が残した建物をポルトガルの王が代々改築を重ね居城とした。したがって年代によりさまざまな様式の建築日が楽しめる王宮となっている。04月09日 10時02分
  • 1453、花まつりのころ
    やっと桜咲く。東京は3月23日頃には開花宣言したのだけれど低温の日が続き、一向に花は咲かず。満開の宣言はやっと数日前に出された。やっと、桜咲く、である。04月08日 08時56分
  • 1452、世界遺産シントラの街並み
    イギリスの詩人バイロンが書いた。シントラはこの世のエデンだ、と。風光明媚な王家の避暑地は今世界遺産に登録されている。04月07日 08時50分
  • 1451、サンチャゴ、カテドラル
    エルサレム、ローマと並ぶキリスト教三大聖地であるサンチャゴ・デ・コンポステラにいる。聖ヤコブを祀るカテドラルに来ている。世界遺産スペイン巡礼路の終着地である。04月06日 08時15分
  • 1450、サンチャゴ街歩き、キンターナ広場へ
    カテドラルの近くまで戻る。そしてキンターナ広場へと向かう。カテドラルの裏手で、修道院があり、銀細工の店が並ぶ静かな場所だ。04月05日 09時00分
  • 1449、サンチャゴ街歩き、フェラドゥーラまで
    オブラドイロ広場を抜けフェラドゥーラ公園を目指す。巡礼者を持成すバルなどのほか土産物屋が立ち並ぶ門前町のような場所が続いている。04月04日 09時07分
  • 1448、サンチャゴ・デ・コンポステラへ
    巡礼の道を行く。現在の聖地、ファテイマに行き、でも一層、昔ながらの巡礼の道を行きたいと思う。サンチャゴ・デ・コンポステラへの道、カミノー・ド・サンチャゴをポルトガルから辿る。04月03日 09時43分
  • 1447、ポルト歴史地区を歩く
    ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアにいる。広場があり前は車道、ひっきりなしに車が流れている。その少し先にドン・ルイス1世橋がある。この橋と橋向こうの歴史地区がポルトの世界遺産である。私たちはその世界遺産の街に向かう。04月02日 09時22分
  • 1446、ポルト、ポートワインの味
    ポートワイン、ドウロ川上流のできたブドウで造られたワインである。樽熟成されたワインで、アルコール度数は20度前後、独特の甘みとコク特徴という。04月01日 09時14分