※ 元司法試験考査委員(労働法)

今日の労働判例

【青森三菱ふそう自動車販売事件】(仙田高判R2.1.28労判1297.147)

 

 この事案は、整備士Kが職場で自殺した事案で、遺族(Kの両親)Xらが会社Yに損害賠償を請求したところ、1審は業務との関係を否定しましたが、2審は業務との関係を肯定し、Yに損害賠償を命じました。

 なお、1審がYの責任を否定する判断をした後に、労基署が労災該当性を認める判断をしています。2審は、この労基署の判断を参考にして、

 

1.1審と異なるポイント

 2審が1審と異なる判断をした主なポイントは、以下の3点です。

 1つ目は、業務の変化の有無です。

 この点は、労災認定基準の、業務上のストレスを判定すべきエピソードの分類表に記載されているエピソードの1つであり、1審では議論されていなかった点です。

 労基署は、Kが試用期間終了後に、独立して業務を任されるようになったことなどから、労基署の認定と同様、労災認定基準の分類表に該当し、ストレス強度「中」である、と認定しました。

 2つ目は、長時間労働です。

 1審は、Kが作成した労働時間の報告書について、すべて正しいとは言えないが、かといって長時間労働と評価できるほどの証拠もない、と判断しました。

 これに対して、労基署が、報告書記載時間以上の長さの長時間労働を認定し、2審も、この労基署の判断を否定すべき事情がない、としてその合理性を認め、長時間労働を認定しました。

 3つ目は、メンタルの障害です。

 1審は、Kの自殺直後にXらが、Kの自殺に思い当たることがないと述べていた点などを主な根拠に、うつ病の罹患を否定し、業務との因果関係を否定しました。

 これに対して、労基署が重度ストレス反応・適応障害の発症を認定し、2審もこの判断を支持しました。

 このように、1審は労基署の判断が出される前の判断であり、当事者の主張・証拠を前提にXらの請求を否定しましたが、2審は、労基署の判断を前提に、その合理性を検証する形でXらの請求を肯定しました。

 

2.実務上のポイント

 上記1つ目のポイントは、1審で問題にならなかった点であり、3つ目のポイントは、労基署の専門部会(精神科医複数名で構成される)による判断があった点です。このことから、労基署の判断を尊重することは、合理的でしょう。

 他方、2つ目のポイントは労働時間の認定、という法的な判断であり、労基署よりも裁判所の方が、判断能力が高いように思われます。これは、判断対象の性質上、証拠の評価が重要である、というだけでなく、両当事者の主張・立証を踏まえて検討する、という判断構造も、理由となります。

 けれども2審は、労基署の判断が不当ではない、という判断をしています。

 裁判所の事実認定よりも、労基署の事実認定の合理性を高く評価した、という結論なのです。

 もっとも、2審はこの点について、簡単に労基署の判断を支持しているのではなく、始業時間、就業時間それぞれについて、関連する事実や証拠を比較的詳細に吟味しています。

 したがって、単純に、裁判所の事実認定よりも労基署の事実認定を高く評価した、とは言えないと思われます。

 けれども、労基署の判断が少なからず2審の判断に影響を与えているように感じます。

 というのも、例えば、報告書記載の終業時間から相当の時間が経過した後のLINEのやり取りから推測される終業時間について、1審は、それが例外的で、LINEするまでの時間に何をしていたか分からない、等の理由で報告書記載の就業時間で認定しました。これに対して2審は、LINEの他に、Xらに報告書を書き直している旨を話したことがあること、報告書の書き直しを命じられたことがあるという元従業員の証言があること、LINE自体、家族との日常的なやり取りで、就業時間の嘘をつく理由がないこと、先輩よりも遅い時間の記載が躊躇われた可能性もあること、という理由で、長時間労働を認定しました。

 2審の判断は、一見するともっともですが、長時間労働を直接証明する事実や証拠は一切ありません。また、1審の示した理由を正面から否定する事実や証拠もありません。1審の指摘した理由と、2審の指摘した理由は、相互に矛盾するものではなく、どちらの方が合理的で信用できるのか、という相対評価の問題ですが、2審の示した理由が、1審の判断をあえてひっくり返すほど、1審の示した理由よりも優位性があると言えるかどうか、異論もありうるでしょう。

 こうしてみると、2審は、労基署の判断の影響を少なからず受けている、と考えられるのです。

 実務上、民事労災の対応に際し、労基署の判断を決して無視できないことが、改めて確認されたと言えるでしょう。

 

 

 

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今日の労働判例

【Man to Man Animo事件】(岐阜地判R4.8.30労判1297.138)

 

 この事案は、高次脳機能障害・強迫性障害を有するXが、障害者の雇用促進を前提とする会社Yで勤務していた際、配慮の欠ける処遇・対応をしたとして、損害賠償(500万円)を請求した事案です。

 裁判所は、Xの請求を否定しました。

 

1.法律構成

 Xが健常者であれば、Xの上司やYによる配慮の欠ける処遇・対応について、ハラスメントの成否が問題とされたところです。

 けれどもXは、①自らが「障害者」(障害者雇用促進法)に該当する、としたうえで、②障碍者雇用促進法36条の2~5に定める義務(裁判所はこれを、「合理的配慮義務」と表示しています)に違反する、として、数多くのエピソードを指摘しました。

 障碍者雇用促進法に関する裁判例をこれまで見たことがないので、いずれも非常に興味深い論点です。

 

2.障害者(①)

 障害者雇用促進法の規定を確認しましょう。

第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

一 障害者 身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。第六号において同じ。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者をいう。

(以下、省略)

 裁判所は、まず、Xの高次脳機能障害・強迫性障害が「身体障害、知的障害、精神障害、その他の心身の機能の障害」に該当する、と判断しました(独特な表現をしていますが)。

 次に、Xの具体的な症状、すなわち「腰を痛めている」ために「運動靴しか履けない」ことについて、以下のように判断しました。

・ 「腰を痛めている」ことは、高次脳機能障害・強迫性障害にもたらされたものとは直ちに認められない。

・ したがって、履物に関して配慮を求めることが、「合理的配慮」に該当しない。

・ しかしXは、履歴書・口頭で運動靴しか履けないことを伝えていた。Yも、これを認識してXを雇用した。

・ したがって、履物に対する配慮は、合理的配慮に準じるものとして扱う。

 このように、「障害者」に該当しないが、結果的にこれに該当する場合と同様に、「合理的配慮」が必要と判断しました。

 1つ目の段落で示された判断は、具体的な症状(腰の痛み)によって判断するのであって、その原因となるべき障害で判断するのではない、ということを意味するのでしょうか。これは、職業生活への制限や困難さが示されていることが、このような解釈の理由であるように思われます。

 3つ目の段落で示された判断は、これをさらに踏み込んだものと言えるでしょう。すなわち、原因となるべき障害が無くても、障害者の場合と同じ合理的配慮が必要になります。

 このように整理すると、一見、障害者の範囲を限定しているようです(1つ目)が、実は、障害に該当しなくても、障害者と同様の配慮が必要になる、という可能性が示したのです。何か障害者と同様の症状があり、会社がそのことを了解している場合には、障害者でなくても障害者と同様の配慮をする必要が生じうることについては、今後、より議論されるべきポイントと思われます。

 

3.合理的配慮(②)

 裁判所は、YがXに対して自立・能力向上のための支援・指導が許容されていて(同法5条)、Xも能力向上に努力すべき立場にある(同法4条)、という前提を示したうえで、「合理的配慮(義務)」について、特に、YがXの能力拡大のための提案(支援、指導)をした場合に関する具体的な判断枠組みを示しました。

 それは、形式的に配慮すべき事項と抵触する場合であっても、「事案の目的、提案内容が原告に与える影響などを総合考慮して」配慮義務違反を判断する、というものです。形式的に抵触しているかどうか、ということだけで配慮義務違反にならないのです。

 結局、総合判断、という判断枠組みに辿り着いたのであって、判断枠組みを見ただけでは、パワハラの場合の一般的なルールである「安全配慮義務」(労契法5条)と、具体的にどのように異なるのか、よくわからない判断枠組みとなりました。すなわち、健常者に対するパワハラの場合と、障害者に対する合理的配慮義務違反の違いは、判断枠組みを見ただけではよくわからない、ということになります。

 

4.具体的判断

 裁判所は、8つのエピソードについて、1つずつ「合理的配慮義務」違反があるかどうか、を検討しています。それぞれがどのような出来事なのかについては、判決文の、各エピソードに付けられた、以下のようなタイトルが端的に示しています。ここでは、各エピソードの具体的な内容の紹介は省略し、これらが合理的配慮義務違反ではないと判断した理由を整理しましょう。

(1) ブラウス着用の強要

 強要していない。ブラウス着用は、業務遂行能力の向上につながる。

(2) くしゃみの際に手を当てることの強要

 注意はしたが、当然のこと。マナーであり、手を当てることは、業務遂行能力の向上につながる。

(3) 業務指示者の突然の変更

 一時的な変更にすぎない。

(4) 業務の突然の変更

 自家用車での通勤は、予め伝えられており、通勤開始以前に3回送迎し、通勤可能であることを確認した。

(5) スーツ着用の強要

 スーツ購入を勧めたにすぎない。スーツ着用は、業務遂行能力の向上につながる。

(6) ビニール手袋装着の禁止

 汚れた手袋で食器を洗わないように注意したが、これはマナーであり、業務遂行能力の向上につながる。手袋をしてコーヒーを入れることを禁止していないし、これも業務遂行能力の向上につながる。

(7) 革靴使用の強要

 強要していない。革靴使用は、社会人としての活動範囲を広げる。

(8) バスでの移動の強制

 強制していない。

 このように整理すると、Xに対する不当な言動がそもそも認められない、という理由と、Xへの指導として合理的である、という趣旨の理由の組み合わせであることがわかります。

 ここでは特に、指導として合理的である、とする点が注目されます。

 すなわち、ブラウス・革靴・スーツの着用や、手を当てること・手袋禁止が、業務遂行能力の向上などにつながる、という評価は、随分と大げさなようにも感じますが、Xの障害により、注意障害・遂行機能障害・言語機能障害・記憶障害があり、Yでは障害者雇用の促進が図られていたのですから、極めて基本的・常識的な内容の指導であっても、Xにとって有益である、と評価できるのでしょう。

 障害者に対する会社の「合理的配慮義務」が求められ、(おそらく)会社側の義務のレベルが高くなっている一方で、配慮義務の履行として評価される範囲も広がっている、という関係にあるように思われます。

 

5.実務上のポイント

 会社の配慮義務について見ると、一面で厳しくなっているが、他面で緩やかになっており、結局変わらない、という評価ができるかもしれません。

 けれども、仮に緩いとしても、広く配慮してあげなければならない、上記のような社会復帰に役立つことまで教えてあげないといけない、逆に言うと、社会復帰に役立ちそうなことを教えてあげないと、合理的配慮義務違反になりかねない、と言えるかもしれません。つまり、配慮義務の範囲が広がった可能性もあるのです。

 障害者雇用促進法の「合理的配慮義務」に関し、裁判例が少ない状況で、今後の動向が注目される問題です。

 

 

 

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今日の労働判例

【国・むつ労基署長(検査開発)事件】(東京地判R5.1.26労判1297.136)

 

 この事案は、放射線管理業務に従事していた高齢の従業員Xが、❶うつ病に罹患したのは業務に因るとして労災申請をしたところ、❷労基署Yがこれを却下した(R2.10.26)ため、❸労災補償保険審査官にこの見直しを求める審査請求をした(R3.4.30)ところ、❹労審法8条1項の定める期間(3ケ月)を経過した後の審査請求であって不適法であるとして、これを却下しました。

 Xは、3ケ月を経過しても審査請求できる例外的な場合(同項ただし書の「正当な理由」が存在する場合)に該当し、さらに、業務に因る障害である、として、❺保険金の支払いを求める訴訟を提起しました。

 ❻裁判所は、Xの請求を否定しました。

 

1.ルール

 あまり馴染みのないルールが適用されていますので、まず、ルールを整理しましょう。

 まず、プロセスです。

 ❶ 労基署に労災保険金の給付を請求します。

 ❷ 労基署が、保険金を支払うかどうかを判断します。

 ❸ これに不満があるときは、労災補償保険審査官に審査を請求できます。

 ❹ 労災補償保険審査官が、保険金を支払うかどうかを判断します。

 ❺ これに不満があるときは、労災保険金の支払いを請求できます。

 ❻ 裁判所が、保険金を支払うかどうかを判断します。

 次に、請求期間に関するルールです。

 まず、原則ルールです。

 ❸の提起が、❷を知った時から3ケ月以内でなければなりません。これに反すれば、不適法となり却下されます(❹)。

 これには例外ルールがあります。

 すなわち、3ケ月を徒過したことに「正当な理由」があれば、適法となります。この場合、次に、労災に該当するかどうか、例えば、業務に因る障害かどうか、が検討されます。

 ここで、❹の段階で、本審査官は「正当な理由」がない、と判断したため、審査請求を却下しました。審査請求が不適法となりますから、本審査官は、労災に該当するかどうかについて判断をしていないようです。

 そこで、❻の段階で、❹の判断が適切だったかどうかを裁判官が検証することとなったため、裁判官も改めて「正当な理由」があるかどうかを、審査しました。その結果、❹と同様、「正当な理由」がない、という結論に達したため、裁判官は、❹の判断を維持し、Xの請求を否定したのです。ここでも、裁判所は、労災に該当するかどうかについて判断をしていません。

 

2.正当な理由

 問題は、「正当な理由」の有無です。

 正当な理由を裏付けるものとしてXが主張する事実は、以下のとおりです。

・ Xは、76歳という高齢である。

・ Xは、法律に疎遠な素人である。

・ Xは、処分の通知を受けたとき(❷)に弁護士などに相談しなかった。

・ Xが12月にFAXでYに対し❸の期限を問い合わせたが、Yから回答がなかった。

・ Xは、詳細を把握してから❸の審査請求しようと考えて❶の処分の理由を問い合わせたところ、Yからの回答がR3.2.19だった(3ケ月を徒過していた)。

 

 これに対して裁判所は、以下のようにXの主張を否定しました。

 まず、次のような判断枠組みを示しました。

・ 請求者の主観的事情ではなく客観的事情によって判断される。

・ その際、「審査請求しようとしてもこれが不可能」であるかどうかで判断する。

 次に、これに該当すべき事実として、次のように指摘しました。

・ ❷の通知書に、3ケ月が期限である旨が明記されていた。素人で、弁護士に相談できなくても、理解できる。

・ Yは、12.23付け文書で回答した。

・ ❸には、詳細な理由が不要であり、これがないと「適切な意義のある審査請求を行うことは困難であるとの原告の考え」は、「主観的な事情」にすぎず、「客観的な事情」ではない。

 

 特に、客観的事情に基づいて判断する、という判断枠組みは、Xのように法的な判断を的確に行うことが難しいと思われる者にとっては、しかもその期限が3ケ月しかありませんので、非常に厳しいようにも見えます。

 けれども、審査請求者が、Xと同様の主張をしたり、何らかの意味で❷の通知書の内容を誤解した、読む機会がなかった、等と主張したりした場合、これと異なる認識・意識だったことを相手方が証明することは困難です。したがって、主観的事情に基づいて判断することを認めてしまうと、法律の定めた期限が無意味になってしまう可能性があると言えるでしょう。

 3ケ月という期間が相当かどうかは、ルールの在り方の問題として議論されるべき問題であり、無理な解釈によってこれを骨抜きにすることは、ルールの在り方として合理的とは思われませんから、裁判所の判断はこれでやむを得ないものと言えるでしょう。

 

3.実務上のポイント

 裁判例としては、あまり見かけない論点への判断が示されましたが、労基署の判断に不満のある者が再審査請求を断念してしまう例は、実際には、相当数あるかもしれません。ルール自体の合理性やあり方について、考えさせる事例です。

 

 

 

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