※ 元司法試験考査委員(労働法)

 

今日の労働判例

【宮城県・県教委(県立高校教諭)事件】(最三小判R4.5.26労判1297.78)

 

 この事案は、元教員Xが同僚の歓迎会からの帰路、飲酒運転して交通事故を起こし、現行犯逮捕・略式命令(35万円)となったところ、懲戒免職のうえ、退職金不支給となった事案で、Xは懲戒免職の無効と退職金の支払いを求めました。

 1審は、懲戒免職は有効としつつ、退職金不支給の決定を違法としました。いくら支給すべきか、再度、行政機関に判断させる、という趣旨のようです。

 2審は、懲戒免職は有効としつつ、退職金については3割の支払いを命じました。1審と異なり、裁判所が自らその金額を定めた点が、特徴です。

 最高裁は、退職金に関する2審の判断を破棄し、全額不支給としました。

 

1.判断枠組みと判断の視点

 ここで特に注目されるのは、最高裁が示した判断の視点です。

 これは、❶「退職手当管理機関と同一の立場に立って」判断するのではなく、➋退職手当管理機関の判断が裁量権の範囲を逸脱・濫用した場合かどうかを判断する、というものです。

 裁量権の逸脱・濫用、という判断枠組みは従前から示されてきたもので、目新しいものではないのですが、なぜわざわざ最高裁はこのことを冒頭に示したのか、この最高裁判決だけを読んだ最初には、その意味が理解できませんでした。

 というのも、➋行政機関の人事権行使の有効性は、従前から、裁量権の逸脱・濫用の有無の観点から判断されていた(このことから、例えば民間企業の解雇の場合よりも、免職の場合のハードルが低い傾向があります)し、❶裁量権の範囲内かどうかは、行政機関ではなく裁判所が事後的に判断することが当然、と思っていたからです。

 ところが、1審・2審の判決文を読み進めて、特に❶を最高裁が言及した理由がわかりました。

 それは、2審が1審を否定して退職金の3割の支払いを命じた部分で、「裁判所が相当と認める支給制限の割合を示(す)」とし、裁判所自身が行政機関に代わって裁量権を行使することが示されていたからです。すなわち❶は、2審が示したように裁判所が裁量権を行使するのではなく、あくまでも裁量権は行政機関が行使するものである、したがって2審のように裁判所自身が退職金として合理的な金額を決定するべきでない、ということを説明しているようなのです。

 2審が、行政機関に代わって裁量権を行使したのは、行政機関による判断を待っていると時間がかかりすぎて救済に役立たない場合だから、ということです。一般的に、このような裁量権代行を広く認めてしまうと、行政裁量権が否定されることにもつながりかねませんので、最高裁判決の❶のように、これを(一般的に)否定することは、合理的であると考えます。

 けれども、常に裁判所による裁量権行使が否定される必要もないでしょう。2審が示したように、行政機関が裁量権を行使せず、あるいは、適切な判断が期待できないような異常な事態では、裁判所が裁量権を行使することがあっても良さそうに思われるからです。

 けれども、2審・最高裁いずれも、なぜ裁判所による裁量権の行使が認められ、あるいは認められないのか、という点について、「べき」論としてそれぞれが結論を強調していますが、それ以外に具体的な理由が示されていません。また、最高裁は❶の中で、一般的に裁量権行使を否定していますが、例外を一切認めない表現ではなく、かといって例外を正面から認めている表現でもありませんから、例外が認められるかどうかについてはまだ明らかでない、と言えるでしょう。

 また、損害賠償請求に関して言えば、民訴法248条によって、裁判所が「相当な損害額を認定することができる」とされており、裁判所が裁量権を行使することが期待されている場面がありますから、裁判所が退職金の金額を裁量によって決定する能力が全く無い、というわけではないでしょう。

 2審のように、裁判所が行政機関に代わって退職金の金額を裁量によって決めることができるのか、今後の裁判例の動向が注目されます。

 

2.裁量権の逸脱・濫用

 次に➋について見ると、1審・2審は共通しており、いずれも裁量権の逸脱・濫用があったとしました。

 このうち1審は、ここでの退職金制度の有する趣旨・目的のうち、特に退職金の「賃金後払い」「生活保障」の性格を強調しています。

 また2審は、これに加え退職金に関する運用基準の規定も根拠としています。すなわち、運用基準には「停職処分にとどめる余地があった非違行為」については、退職金の一部不支給にとどめる、という例外規定があり、本事案はこれに該当する、という趣旨の理由も示しています。

 これに対して最高裁は、以下のように事実を整理しています。

① Xにとって有利な事情

・ Xは管理職でない。

・ Xは約30年間誠実に勤務してきた。

・ 反省している。

② Yにとって有利な事情

・ 非違行為の態様が重大な危険を伴う悪質なものである。

 ・ 自家用車で酒席に赴いた。

 ・ 長時間、相当量飲酒した。

 ・ 自家用車で帰宅しようとした。

 ・ 実際、本件事故を起こした。

・ 公務への信頼・遂行に重大な影響・支障があった。

 ・ Xは公立学校の教諭であり、生徒への影響が相応に大きかった。

 ・ 県教委が、飲酒運転に対する厳格対応を表明していた。

 このように整理すると、1審・2審が指摘した事実以外に、目新しい事実が指摘されているわけではありませんので、1審・2審との判断の違いは、どの事実を重視するのか・どのように評価するのか、という判断方針や姿勢の違いによることが大きいように思われます。

 そこで最高裁は、1審・2審の判断の姿勢を否定します(論証の順番は、こちらが先ですが)。

 すなわち、「公務に対する信頼」など、「公務員に固有の事情を他の事情に比して重視すべきでないとする趣旨を含むものとは解されない」と示しています。回りくどい言い方ですが、「賃金後払い」「生活保障」を特に重視するべきではない、という趣旨のようです。

 このような価値判断を、最高裁の視点から見た場合、1審・2審:「賃金後払い」「生活保障」>「公務に対する信頼」であるのに対し、最高裁:「賃金後払い」「生活保障」=「公務に対する信頼」である、と考えているようです。

 価値判断の問題であり、ここで最高裁が整理したように、1審・2審と最高裁の違いを理論的に単純化できるのか、このような違いからストレートに結論の違いが生じるのか、疑問も感じます。すなわち、「賃金後払い」「生活保障」を重視する立場であっても、非違行為の態様がより酷い場合には、退職金不支給が有効となると思われるからです。

 このように見ると、本判決は、法律上の解釈や判断枠組みの在り方を示した点ではなく、事案の評価の点で、先例としての価値がある、と考えられます。

 

3.実務上のポイント

 民間企業の場合も含め、懲戒解雇(免職)に伴う退職金不支給の合理性が争われ、全部不支給を否定し、一部支給を命じる下級審裁判例が散見されます。

 本判決が、それら全てと矛盾するものではないでしょうが、今後、退職金不支給の合理性が争われる事案に、本判決がどのような影響を与えるのか、注目されます。

 また、飲酒運転に対する厳格対応を、県教委が表明し、通知していた点を、最高裁が特に重視している点も、注目されます。

 というのも、懲戒処分などの合理性に関し、過去の処分との整合性・均衡が問題になりますが、これに囚われてしまうと、従前の会社の判断を変更することができなくなってしまいます。私生活での飲酒運転に対する甘い処分が続いていたとすれば、今後も厳しい処分をできない状況が続いてしまいますが、厳格処分を表明し、通知することによって、厳しい処分が有効となる可能性が高まるのであれば、人事政策を変更できる範囲が広がります。

 この点は、本判決の主要な論点ではなく、先例としての価値があるとは言えないかもしれませんが、実務上、参考になるポイントです。

 

 

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

 

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!