昭和時代「ユースホステル」なんて言うのが、
結構ブームになっていました。
もちろん会員でしたよ。
こちらもボーイスカウト同様で現在は、会員(ホステラー)が減少中のようで・・・
1951年JYH設立以後。
1970年代には最高で63万人。
1980年代以降から減少が始まり、
2013年で37,800人まで減少しちゃっているそうな。
それに伴いユースホステルの開業も、
1974年の最盛期には587施設。
2000年332施設、2010年249施設、2013年222施設まで減少。
1970年代前後に建てた物件が多いのかな
と言う事は老朽化
と言う事は契約(民営)ユースホステルのペアレントも高齢
で、チャンスかも
日本のユースホステルHPの「募集」ページを見ると、
・直営ユースホステル
・公営ユースホステル
・契約ユースホステル
3種類に分類されていてる。
個人なので「契約(民営)ユースホステル」が対象。
運営する施設の紹介もしてくれるらしい。
しかし、勝手にやってくれと言う感じ。
「開設と運営に係る経費」(申請料、契約料、・推進会費等)
を読んでも余分な経費がかさむだけでメリットが無さそう。
詳細は、
を読めって感じですが、21年前の1996年に発行。
もちろん改訂されているでしょうが、価格15,000円は高い。
私 、迷いも無くユースホステル開設は パス 致します。
公営や直営ユースホステルは避け、
契約(民営)ユースホステルをうろつくパターン。
沢山の制約が煩わしくもそれが魅力的だった昭和時代。
・3連泊まで。
・男女別相部屋(ドミトリースタイル)。
・食事の配膳、食器洗い等の後片付け、寝具の準備、清掃に至るまでセルフサービス。
・午後10時には消灯、そしてホステラーは寝室に引き上げる。
・夜間外出は正当な理由がなければ不可。
・禁酒。
・ミーティング(ティータイム)。
・ユースホステル協会指定の「スリーピングシーツ」を持参。
etc.
当時は「ユース」と言う通り年齢制限(26歳まで)が有りました。
今は年齢の上限も撤廃。
「ホステルシーツ」も要らないし、お酒も飲める。
良いのか?悪いのか?は判りませんんが、
国民宿舎、国民休暇村、民宿、ペンションとの垣根は低くなってしまったようです。名物だった宿泊施設の経営者が、JYHとの契約を終了して、同一の建物で民宿またはペンションを営業しだしたのもそんな理由からかも中には「プライベートホステル協会」と別の団体の設立も見受けられる。
四つの誓い(JYH)
1.私たちは、簡素な旅行により、未知の世界をたずね見聞を広めよう。
2.私たちは、規律を守り、良い習慣を身につけよう。
3.私たちは、共に助け合い、祖国の繁栄に努めよう。
4.私たちは、国際人としての教養を高め、明るい社会を建設しよう。
徒歩や自転車で行きたいとこは?
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