北アルプス縦走登山に必要な体力

はじめに

今回の記事は登山に関する記事です。
一般の方に読んでいただくことを想定して書いています。

低山のハイキングから初めて,そろそろ北アルプスでの縦走にチャレンジしたいと思い始めたとき,自分の体力で大丈夫だろうかと不安になる方は多いかと思います。
夏の北アルプス縦走登山に必要な体力やトレーニングについて理学療法士としての私の考えをまとめてみました。

体力に注目し,知識や技術はほとんど無視しています。
北アルプスでの縦走といっても,様々なレベルがありますが,1 日の行動時間が 5 〜 8 時間くらい,2 泊 3 日の行程で山小屋利用というイメージです。

私自身は高校生から 20 歳代にかけて夏の北アルプスにはよく行っていましたが,現在は低山ハイクのみです。

目次

最低限クリアしておきたい体力レベル

北アルプス縦走登山において最低限クリアしておきたい体力レベルについてまとめてみます。
どれも,簡単にできる体力テストです。

高さ 20 cm の台から片足で立ち上がる

片足立ち上がりテストと呼ばれるもので,下肢筋力の目安となります。

高さ 20 cm の椅子や台に座り,片方の足を浮かし,もう片方の足だけで反動をつけずに立ち上がります。
転ける可能性がありますので,いざという時につかめるものがあった方がいいです。
痛みがあればやめておきましょう。

レクレーションスポーツを行える目安は 20 cm の台から片足で立ち上がれることです1)
また,私自身が一時期 20 cm の台から立ち上がれなくなったことがありますが,そのときは山に登れる感じはしませんでした。

プランク 2 分

プランクは腹筋を中心とした体幹のトレーニングとしてよく行われるものです。

図 1 のような姿勢を 2 分間保てるのが正常で,90 秒未満は正常な筋力ではありません2)

プランク
図 1: プランク

体幹が弱いと,荷物を担いだ状態でバランスを崩したときに,荷物に引っ張られて転けてしまいやすくなります。

ランニング 20 km

長距離のランニングができない身体だと,登山は辛くて楽しめないかもしれません。

私の経験上,日常的に 20 km のランニングができているときは調子がいいです。
最低でも 10 km は走れるようになっておきたいものです。
5 km しか走れないようだと日常生活でも疲れを感じることが増えてくるかもしれません。

体力は問題ないといえるレベル

北アルプス縦走登山を行うにあたって,「これくらいの体力があれば充分である」という基準を決めることはできるでしょうか?
結論からいうと,簡単には決めることができません。
以下の 3 つのことを考慮して考えてみます。

  • 歩ききる体力
  • 遭難しない体力
  • 遭難しても生還できる体力

まず,歩ききる体力があるかどうかを判定するのは比較的簡単で,行こうとしているコースと同じ程度の距離と累積標高差のコースを,同じくらいの荷物を担いで歩いてみます。
2 泊 3 日とかになるのですから,翌日に疲れがあまり残らずに,余力を残して歩くことができれば,歩ききる体力はありそうです。

ただ,この余力については,「遭難しない」あるいは「遭難しても生還できる」ということを考慮して考えると,とても難しい問題になります。
例えば,体力がない人ほど転倒するリスクは高くなりますし,山で行動不能になったときに耐えられる時間は短くなっていきます。
仮に転倒する確率を算出できたとして,転倒する確率が 3% だとしたら,それは無謀な登山でしょうか?
稜線上でビバークすることになった場合,一泊は耐えられるけど,二泊は自信がないという人は充分な体力があるとはいえないのでしょうか?
全ての人が納得できる基準は決められないと思います。

いろいろと難しいのですが,あえて私なりの基準を一つに絞るとなれば,こうなります。

「頑張ったらいけるだろうと思っているのならやめたほういい」

頑張ることが前提となっていれば,いざというときの余力があるとはいえません。
「いつも通りにしていればいけるはず」と思えるようになってからチャレンジするのが理想です。

おすすめのトレーニング

登山に向けて意識的にトレーニングしておきたいところや,簡単にできて効果のあるトレーニングを紹介したいと思います(以下のものがトレーニングの全てではありません)。

大殿筋

大殿筋は「お尻の筋肉」です。
股関節を後ろに伸ばす筋肉で,登りで身体を持ち上げたり,着地の衝撃を吸収したりする主要な筋肉の一つです。
大殿筋は筋力低下を起こしやすい筋肉です。
なぜかというと,大殿筋が弱いと大殿筋をあまり使わない動きを自然と覚えてしまうからです。
ですので,意識的にトレーニングする必要があります。
大殿筋のトレーニングといえばスクワットなのですが,これも正しいフォームで行わないと大殿筋をあまり使わないスクワットになってしまいますので注意が必要です。

足首より下にある筋肉

専門用語で足の内在筋と呼ばれる筋肉で,足首より下にある骨についています。
足の裏にある筋肉と思っていればだいたいあっています。
この筋肉が弱いと転けやすくなります(その理由は難しい話になるので省きます)。
そして,一般的な登山靴で歩いていると,靴に守られることで使わなくなり,弱くなりがちが筋肉です。
地下足袋やベアフットシューズなど,靴底が薄くて柔らかい靴を履いて山を歩くと鍛えることができるのですが,ケガのリスクもあるため誰にでもおすすめできる方法ではありません。

ランニング or ウォーキング or 自転車?

持久力トレーニングの中心はランニングがいいと思います。
おおまかには登山とランニングは同じ程度の強さの運動です。
ランニングコースに坂道や階段をいれるとより効果的です。

ウォーキングは負荷が軽すぎて,登山のトレーニングにはなりません。
50 km 歩行とか,12 時間歩行くらいになると,登山のトレーニングになります。

自転車は大殿筋などの筋力トレーニングにもなりますし,ランニングよりも楽しいと感じる人も多いと思います。
自転車のデメリットは,膝より下にある筋肉をあまり使わないことです。
前述の足首より下にある筋肉はほとんど使いません。
自転車がメインというのはおすすめしません。

日常生活でこまめに動く

普段動いていないと,体力はどんどん落ちていきます。
体力が落ちすぎると,「トレーニングができる身体を作るためのトレーニング」が必要になってきます。

日常生活でこまめに様々な動きを行っていることで最低限の体力を維持することができます。

現代の都市での生活では,様々な動きをせずに生活できてしまいます。
例えば,階段の登り降り,しゃがんでそこから立ち上がること,転けそうになって踏ん張ること,重たいものを持ち上げること,力一杯握ることなど,これらのことをする機会が全くないということが起こりえます。

家事動作は様々な動きが求められますので,できるだけ省力化しないのがおすすめです。
また,エレベーターやエスカレーターは使わない,電車では座らないといった地味な努力の積み重ねが大切です。

注意点ですが,強い負荷がかかった運動の後には休息が必要です。

スポンサーリンク

おわりに

登山は自分の体力に合わせて楽しめるスポーツですし,体力不足は知識と経験で補うことができます。
でも,命の危険を伴うスポーツでもあります。
まずは自分の体力を把握することが大切だと思います。

これまでに大きな病気や怪我をしたことがある方は,トレーニングをするうえで様々な配慮が必要です。
専門家に直接指導してもらうことをおすすめします。

さて,今回の記事は,これまでに何度か専門家としてのアドバイスを求められたことを思い出して書いてみましたが,充分な科学的根拠に基づいたものにはなりませんでした。
今後の課題になりそうです。

参考文献

1)村永信吾, 東拓弥, 他: ロコモティブシンドロームの診断と評価 運動機能(歩行能力)と筋力評価. Prog Med. 2010; 30: 3055-3060.
2)津山直一, 中村耕三(訳): 新・徒手筋力検査法(原著第10版). 協同医書出版社, 2022, pp70.

2024年5月16日

コメント

タイトルとURLをコピーしました