読書記録

芸術的伏線回収!六人の嘘つきな大学生【新感覚青春ミステリ】ネタバレ有

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あらすじ

映画化決定! 圧倒的共感を集めた青春ミステリが文庫化!

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『このミステリーがすごい! 2022年版』(宝島社)国内編8位

週刊文春ミステリーベスト10(週刊文春2021年12月9日号)国内部門6位

「ミステリが読みたい! 2022年版」(ハヤカワミステリマガジン2022年1月号)国内篇8位

『2022本格ミステリ・ベスト10』(原書房)国内ランキング4位

成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。仲間だったはずの六人は、ひとつの席を奪い合うライバルになった。内定を賭けた議論が進む中、六通の封筒が発見される。個人名が書かれた封筒を空けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。彼ら六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。

怒濤の伏線回収に驚嘆の声続出! 青春ミステリの傑作が、ついに文庫化!

Amazonより

書籍情報

作 者:浅倉 秋成

出版社:KADOKAWA

発売日:2021年3月2日

【2024年11月公開】実写映画化

主要キャストが発表されました。

キャスト(映画)

  • 嶌 衣織・・・・浜辺 美波
  • 波多野 祥吾・・赤楚 衛二
  • 九賀 蒼太・・・佐野 勇斗
  • 矢代 つばさ・・山下 美月
  • 森久保 公彦・・倉 悠貴
  • 袴田 亮・・・・西垣 匠

追加情報が発表されたら更新します。

漫画化

角川コミックス・エースから全2巻で発売されています。漫画は大沢形画さん、キャラクター原案は杉基イクラさんが担当。

六人の嘘つきな大学生【プラス1】

出版社 ‏ : ‎ KADOKAWA 

発売日 ‏ : ‎ 1巻・・・2022/12/2、2巻・・・2023/8/4

登場人物

波多野 祥吾(はたの しょうご)
立教大学経済学専攻。散歩サークルに所属。朝霞市在住で妹がいる。

嶌 衣織(しま いおり)
早稲田大学社会科学部。飲食店でアルバイトしているが下戸(酒が飲めない)。洞察力が高い。二次面接で波多野と一緒だった。

九賀 蒼太(くが そうた)
慶應義塾大学総合政策学部。一緒にスピラを受けた友達は二次面接で落とされた。

袴田 亮(はかまだ りょう)
明治大学国際日本学部。宮城県出身で元高校球児。快活なムードメーカー気質。

矢代つばさ(やしろ つばさ)
お茶の水女子大学国際文化専攻。海外旅行好き。

森久保 公彦(もりくぼ きみひこ)
一橋大学社会部。一浪しているため他5人より年上。

鴻上 達章(こうがみ たつあき)
スピラリンクス人事部長。

話の構成とあらすじ

本書は”Employment examination-就職試験-”と”And then-それから-”の2章構成です。

また、就職試験の中では「それから」の時期に関係者へ行ったインタビューが入っており、就職試験当時の告発内容などの裏付けを取るかたちになっている。第2章の「それから」は就職試験から8年後の話となっています。第1章と第2章は同じぐらいのページ量です。

Employment examination-就職試験-

渋谷駅前の大型商業に入居のスピラリンクスでの最終面接で、人事部長から1ヶ月後の4月27日にグループディスカッション実施を告げられた。内容によっては6人全員の内定もありえると言われ、直後にファミレスに6人で集まり自己紹介。その後も何度か集まり対策を練っていたところ、人事部長から、選考方法と採用者数を1人に変更すると各々にメール通知が来る。

最終選考は「6人の中で誰が一番内定者にふさわしいか」をグループディスカッションするというものでした。話し合いの結果、選定方法は「30分ごとに計6回の投票を行い一番票数が多かった者を内定者とする。※自分以外の人に投票する」となりました。1回目の投票が終わった後、部屋に不審な封筒があるのを発見し、最初に九賀が開けたところ、中から各々宛に別な人物の過去を告発する内容の紙が出てきました。

告発内容

袴 田:高校時代の部活でいじめをする

九 賀:交際相手を妊娠させ中絶させる

矢 代:本当のバイト先はキャバクラ

森久保:高齢者詐欺の片棒かつぐ

波多野:未成年飲酒

 嶌 :最終選考では明かされず

告発文の開封→投票→告発文の開封→投票…と繰り返されていきます。告発をされた人物は直後の投票で当然票を獲得できません。

波多野九賀袴田矢代森久保
1回目112200
袴田の告発文
2回目1(2)1(2)3(5)0(2)1(1)0(0)
九賀の告発文
3回目2(4)2(4)1(6)0(2)1(2)0(0)
矢代の告発文
4回目2(6)2(6)1(7)0(2)1(3)0(0)
()内は累計

4回目の投票後、森久保は封筒を置いたことを自供するが、用意したことは否定。そして残りの封筒を処分するしないの議論が起こります。告発を受けた者と受けていない者がいてFairじゃないとなりますが、波多野の必死の説得もあり残りの封筒は開封しないこととなる。

波多野が思い当たる悪事として小学生の時に借りたゲームソフトをそのまま返しそびれたというエピソードを披露。

波多野九賀袴田矢代森久保
5回目2(7)5(11)0(7)0(2)0(3)0(0)
森久保の告発文
波多野の告発文
6回目5(12)0(11)1(8)0(2)0(3)0(0)
()内は累計

そして5回目の投票が終了した後、九賀が写真の妙な点に気づいてこれらの写真がいつ撮られたのか絞り込んでいきます。すると、その日アリバイがなかったのは波多野だけでした。

さらに、波多野の告発文が未成年の時にサークルの飲み会で飲酒をしたという他と比較して罪の小さいものであったから波多野は言い逃れができない状況になってしまいました。

波多野は真犯人が誰だか気づきますが、そこから打開することができないと感じ、自分が犯人だったと言ってその場を立ち去ります。またその際に、嶌への告発文の封筒は空だったと言い残していきます。

波多野九賀袴田矢代森久保
最終結果12118230

こうして嶌衣織が内定を得るのでした。

インタビューの中で森久保は嶌が犯人だったのだろうと言います。

封筒を置いた人物は森久保と判明しましたが、封筒を用意した人物は最後までわからずじまい。舞台は就職試験から8年後へ。「第2章And then-それから-」において、嶌衣織が就職試験で起こった事件の真相を突き止めます。

And then-それから-

就職試験から8年経ったある日、衣織宛にある人物から連絡があります。その人物の名前は波多野芳恵、そう波多野祥吾の妹です。そして波多野祥吾が病気で亡くなったことを知らされます。芳恵は衣織に見てもらいたいものがあるから会えないかと言います。

クリアファイルとUSBメモリ

芳恵から渡されたのは『犯人、嶌衣織さんへ』とラベリングされたクリアファイルとUSBメモリでした。クリアファイルには得票数の推移が書かれたメモとスピラリンクスの新卒採用案内のパンフレットも挟まれていました。USBメモリにはタイトルが『無題』と書かれたテキストファイルと『犯人、島衣織さんへ』と書かれたZIPファイルがありました。

ZIPファイルの方は鍵がかかっていて3回誤ったパスワードを入力するとデータが破損する細工がされていました。パスワードのヒントには”犯人が愛したもの”と表示されていた。テキストファイルは本書冒頭に出てきた文章だった。ちなみにパスワードは芳恵が誤って入力してしまい【入力制限あり:残り2/3回】となっています。

犯人は波多野祥吾ではなかった

芳恵は兄が就職活動で何かしらの事件に巻き込まれていたのでは?と考えて衣織に接触してきたのだった。衣織は当時の就職試験で起こった事件のあらましを芳恵に説明する。衣織の説明ぶりから嘘偽りがないことを悟った芳恵はクリアファイルとUSBメモリを衣織へ渡す。そして何かわかったら教えてほしいと衣織にお願いするのであった。それらを受け取った衣織は就職試験で起こった事件の真相究明と自身の告発文を探すべく行動を起こす。

最終選考の映像

最終選考の映像、インタビュー、エントリーシート、3つの情報を統合しても真犯人に近づける新事実は明らかにならなかった。完全な手詰まりで調査を諦めようかと思った矢先、芳恵から連絡がある。最終選考の映像を見せてほしいといってきたのだ。当然社外秘なのだが、最終的に衣織が折れて見せることになります。

アリバイ崩しのワンピース

動画を見終えた衣織と芳恵は写真が撮られたとされる20日のアリバイが焦点になると考える。

14時16時17時
波多野
九 賀授業授業本返却
袴 田面接バイト
矢 代面接バイト
森久保大学面接本受取
授業バイト
太文字・背景色オレンジは写真を撮られた時間

すると、何気なしに目に入ったエントリーシートを見た芳恵があることに気づきます。それは九賀は総合政策学部だからキャンパスが三田ではなく、神奈川の湘南藤沢キャンパスではないかということでした。

そう、国立・三田・錦糸町の狭いエリアと思われていたのが実は国立・湘南藤沢・錦糸町という広範囲だったのです。いろいろ試算した結果、3枚の写真は3人が証言する通りのスケジュールでは撮れないので誰かが嘘をついていたことが判明します。

封筒の中に隠されていた2枚目の紙

九賀、矢代、森久保の3人は犯人に脅されていたのではと仮説を立てて再度映像を見返す。すると、九賀はうまく映像に映っていなかったが、矢代と森久保はみんなにバレないように2枚目の紙を確認している姿が映像に残っていました。嘘のスケジュールが判明したことで波多野祥吾の無実が証明されたのです。

波多野祥吾の写真の出どころ

衣織が波多野祥吾を検索すると学生時代に入っていたサークルのHPが見つかります。過去の写真も閲覧できたので彼の告発が未成年飲酒だったのこともあり写真を調べることに。飲酒をしている写真を見つけますが、何か違和感を覚える衣織。気になって最終選考の映像を確認すると構図が微妙に違う点に気づきます。さらに、手に持っている酒が最終選考の映像ではキリンラガービールだったが、HPではスミノフ。キリンラガービールを持っているピンボケ写真はボツコーナーにある大量の写真の中から見つかります。

犯人との対峙

犯人と対峙した衣織は犯人にスミノフを持った波多野の写真を見せる。

「よく似た写真だけど、あの日、封筒の中から出てきたものとは違うでしょ」 

邪気のない顔で、 「持ってるのがお酒じゃないし」

浅倉 秋成. 六人の嘘つきな大学生 (角川文庫) (p.210). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版. 

そう犯人はスミノフが酒ではないと思っていた。つまり、

犯人がわかった上で動画を見返すと気付けることはたくさんあります。突如として出現した謎の封筒。九賀なら内線で電話をして引き取ってもらうくらいのことをしてもよさそうなのに誰よりも早く封を切った。そう封筒には開くべき順番があったのです。

犯人の動機

九賀の動機は、自分よりも遥かに優秀な友人がスピラリンクスの二次試験で落とされたこと。そして、就職試験はきちんと機能しているのか、嘘で固められた学生を企業側は正しく評価などできていないのだという復讐心からなるものでした。

嶌衣織の封筒の中身とは

九賀に自分の封筒の中身がデータとしてまだ残っているのなら返してほしいと衣織は懇願するが九賀は拒否して去っていく。芳恵に九賀が犯人だったことを伝えます。そして、封筒の中身が何だったのか心当たりがないから怖くて仕方がないと芳恵に打ち明けます。

ZIPファイルのパスワード

九賀に口を割らせることができないとわかったことからあの封筒の中身に迫る方法はただ一つ。ZIPファイルのパスワードを突破することである。メモ帳にストックした単語は100を超えるまでになっている。

そして、決心して入力した単語は

「jasmiine tea/ジャスミンティー」

だが、ファイルは開かない。【入力制限あり:残り1/3回】

このパスワードに自信を持っていた衣織はお手上げ状態になってしまいます。そんな中、後輩社員から送られてきたメールを見て波多野が残したクリアファイルに書かれたラベリングの本当の意味にたどり着く。

それは犯人、嶌衣織さんへ」は「犯人である嶌衣織さんへ」ではなく「犯人と、嶌衣織さんへ」なのではないかということ。波多野祥吾は嶌衣織が犯人ではなく九賀蒼太が犯人と看破していた。その仮説をもとに衣織が導き出したパスワード(犯人が愛したもの)

「fair/フェア」

見事突破!開かれたZIPファイルにはテキストファイルと3つの音声ファイルが保存されていた。

テキストファイル

テキストファイルには自分の告発写真が明らかになった瞬間、犯人がわかってしまったことが書かれていた。やはり、衣織が推理したのと同様にお酒に詳しくない人物が写真を用意したとわかったのだ。衣織はプロントで働いているため有名なウォッカの瓶を知らないとは考えられない。そうなるともうひとりの下戸である(酒が飲めない)九賀が犯人だと。

最終選考のメンバーで飲み会をした時にトイレに連れ出した九賀が波多野に酒を飲めない衣織にワインを飲ませるなんてどうかしていると詰め寄ったこと、ウェルチを酒だと勘違いしていたこと、そこでちょっとした口論になってそれが宣戦布告だったのだと後に思ったことが綴られていた。

この時衣織が飲んでいたのはグレープジュースのウェルチ。飲み会に遅れてやってきた九賀は酒が飲めない衣織にワインを無理矢理飲ませていると勘違いしたのでした。

さらに九賀の彼女にもインタビューをしてきて子供を堕ろさなければならなかったやむにやまれず事情があったんじゃないかと言葉を残していた。

最後に衣織へ宛てた言葉は封筒の中身を空だと言い張ることが衣織を守る最善の振る舞いだったこと、封筒騒動に飲み込まれていく中にあってただ一人、涙ながらに正しい道を示した衣織が内定者にふさわしいということ、そして封筒は開封せずにレンタル倉庫に保管していることを綴っていた。

最後にあなたのことがとても、とても、好きでした。という言葉で締めくくられていた。

嶌衣織の真実と告発文

嶌衣織はなんと足に障害を抱えていたのでした。大学二年生の時に兄の運転する車の助手席で事故に遭い骨盤骨折の重症となる。リバビリを頑張り歩行機能はなんとか取り戻したが走ることはできず、歩き方は健常者のそれとは明らかに異なる。

これについてはいくつも伏線が張り巡らされています。詳細は後述。

そして、告発文の内容は嶌衣織の兄は薬物依存症。嶌衣織の兄は歌手の『相楽ハルキ』。二人は現在同居しているというものだった。同居してるというフレーズを入れたのは衣織も薬物を使っていたと印象操作をしたかったのかもしれません。

相楽ハルキは衣織の後輩である鈴江が好きだと言っていた歌手です。鈴江が相楽ハルキのことを話しているとやけに感情的になっていた衣織が印象的でした。その理由は実兄だったからですね。だから、なんでも知っている風に話す鈴江のことが我慢ならなかったのでしょう。

3つの音声ファイル

音声ファイルには袴田と矢代と森久保の関係者に話を聞いたときの内容が録音されていた。

袴田の後輩は野球部で自殺者が出てしまったのは間違いない。しかし、自殺したのはいじめの被害者じゃなくて、いじめの加害者だったと証言をした。その加害者は地獄のノックと称して5メートルくらいの距離から思いっきりボールを打ってきて中には眼窩底骨折をした部員もいたそうだ。それを知った袴田はいじめ加害者を常識の範囲内でしごいたが、加害者はその翌日に首を吊って自殺した。

矢代の同級生は矢代は習い事を4つぐらい掛け持ちしていて時間以上に足りないのがお金で割のいいバイトとしてキャバクラのバイトを始めたと証言をした。また、高校の同級生と交際しておりその彼氏からプレゼントされたエルメスのカバンを修理しながら大切に使っていること、海外旅行によく行っているが観光もそこそこに、現地でボランティア活動や井戸掘ったり泥臭いことをしていると話していた。

森久保の大学の同級生はお金に苦労していた森久保を日給3万円のオーナー商法の説明員に自分が誘ったと証言した。1日目の終わりに森久保がおかしいと言い始める。2日目もバイトに行ったがそこで辞めたいと言って逃げ出しバイト代も結局受け取らなかった。詐欺バイトに気づいた森久保には本当に感謝をしていると話していた。

レンタル倉庫から出てきた封筒

衣織と芳恵は波多野祥吾のレンタル倉庫へとやってきた。中を物色するとバッグやら書籍やら返しそびれたカセットやら様々なものが出てくる。

そんな中、衣織は1枚の白いA4サイズの封筒を発見する。封筒の表面には『株式会社スピラリンクス人事部 鴻上達章様』と書かれてた。切手は貼ってあるが消印は押されておらず封もなされていない。中には1枚の紙面が入っておりそれを見つめると、衣織は静かに時が止まった。

封筒の紙面要約

●最終選考のやり直しをお願いしたいこと

◯他の候補者を妨害するような工作は行っておらず濡れ衣だということ

●真犯人は九賀蒼太でそれを証明できること

◯嶌衣織の告発文を同封するので内定にふさわしくないと判断された場合は再度選考を実施してほしい

封筒に日付は書かれておらず、いつ書いたのか、いつ送付を断念したのか、USBを残したのが先か、後か。最終選考メンバーの知人にインタビューをしたのが先か、後か。それはわからぬままとなった。

そして最後に「本当にありがとう。波多野祥吾。最終選考をともに戦った戦友にして、泣いていた私にブランケットをかけてくれた好青年のふりをした腹黒大魔王さん」と衣織は心の中で言うのであった。

縦横無尽に張られた伏線と鮮やかな回収

嶌衣織の足の障害

実は嶌衣織が足に障害を抱えているという事実が伏せられたまま物語は展開されていました。その結果、読者は登場人物たちの人間性を誤解させられていたのです。

車内は混雑こそしていなかったが、空いているのは優先席だけであった。仕方なくつり革に手をかけたところで、矢代さんが三席ある優先席の真ん中に腰かけた。「二人も座んなよ。どうせ空いてるんだし問題ない問題ない」  堂々とした振る舞いに少々面食らいつつ、互いに伺いを立てるように嶌さんと苦笑いを浮かべ合う。別の誰かに席をとられることを危惧したのか、矢代さんは綺麗な足を滑らかな動作で組むと、空いている座席に自らの鞄を置いた。

浅倉 秋成. 六人の嘘つきな大学生 (角川文庫) (p.41). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版. 

位置? そんなの、もちろんわかってるよ。これだけ大きく車椅子マークが描いてあれば嫌でも気づくよ。あ、障害者用の駐車エリアなんだな、って。でもまあ、駐車場自体は比較的空いてたし、ここならエレベーターからも近くて便利だし、一番いいかなって思ったんだけど、何か、問題ある?

浅倉 秋成. 六人の嘘つきな大学生 (角川文庫) (pp.92-93). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版. 

優先席に堂々と座る矢代や障害者の駐車スペースに堂々と車を停める九賀、一見するとこの2人のクズさを際立たせる描写のように見えます。しかし、実際には足に障害を抱えている衣織を思いやっての行動だったのです。作中ではこういう描写が散りばめられていて真実が回収される爽快感がたまりません。

また、九賀が待ち合わせ場所を変えたこのシーン

「急に場所変えて申しわけないね。うちのオフィス二十八階だから、上がってもらうのが申しわけなくて。ちょっと飲み物を買ってくるよ」

浅倉 秋成. 六人の嘘つきな大学生 (角川文庫) (p.208). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版. 

この九賀とのシーンも衣織の足のことを思いやってのことだったのです。

嶌衣織のインタビューは二度読み必須

袴田へのインタビュー

いずれにしても──あっぶな! おいコラ、いい加減にしろクソガキども、並べ! 逃げるな! この野郎……もしもボールが当たってたらどうするつもりだったんだ? オイ、何とか言えよ。オイ! 怪我させてたらどうするつもりだったんだ、あぁ? 骨だって簡単に折れるんだぞ? 試しに折ってやろうか? おぉ? 泣いてねぇでちゃんと聞けよ、コラ。ちょっとそこのお前、最初に逃げ出した二人か三人、すぐに連れ戻してこい。そのまま逃げようなんて思うなよ? お前が逃げたら、ここに残ったやつら全員地獄のような目に遭わせてやるから、きっちり覚悟しとけよ。わかったら、ほら、行け! すぐ行くんだよ!

浅倉 秋成. 六人の嘘つきな大学生 (角川文庫) (p.73). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版. 

初見だと袴田の乱暴な性格、まさにいじめっ子っぽいと思わせる描写ですがこちらも反転します。狭い公園に多くの人々がいる中で平然と野球をやり始めた子どもたちを多くの大人は見て見ぬふりをしてやり過ごそうとしていた。しかしボールが隣のベンチに腰掛けていたおばあさんの横をかすめていった時、袴田は敢然と立ち上がって子供たちを𠮟りつけたシーンだったのです。

森久保へのインタビュー

騙されるほうが悪いでしょ。  え? 何って、オーナー商法の話。さっき話した、俺が大学時代に参加してた詐欺の。何事もお金につられてほいほいと甘い話に飛びつくほうが悪い。救いようがない。楽してお金が手に入るようなことなんてこの世界にあるわけがないのに、間抜け面でうまい話に考えなしに吸い寄せられる。同情の余地なんて微塵もないでしょ。自業自得。騙されて当然だね。

浅倉 秋成. 六人の嘘つきな大学生 (角川文庫) (pp.141-142). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版. 

こちらも初見だと「騙されるお年寄りが悪い」と言っているように思えて森久保のクズ人間っぷりを描写する場面のように見えます。しかし、実際は「騙される自分(森久保自身)が悪い」と自分のことを罵っている描写だったのです。さらによく読むと自分のことを「極悪人」といい、「罵ってよ」と自嘲気味に言っていることから、かなり後悔していることがわかります。また、森久保の家が貧乏でお金を大切にしているというのが割引券を衣織から貰おうとしている点で描写されているのも秀逸です。

波多野が見つめる人物は…嶌衣織か?

なるほど、そうか、そうだったのか。僕はなんて愚かだったのだろう。  ゆっくりと顔を上げて、犯人の顔を覗き見る。僕は目で告発をしたつもりだった。君が犯人だったのか、君が僕を陥れたのか。酷いじゃないか、僕は君のことを心から信じていて、そして君のことが本当に、本当に大好きだったのに──と。しかし犯人の演技は芸術的と言っていいほどに完成されていた。僕の瞳をそのまま鏡に映したように、犯人は僕に対してまったく同じ表情を見せつける。まるで、君こそが裏切ったのだ、心から君のことを信じていたのに──そんなことを言いたげに、儚げに瞳を潤ませる。

僕を陥れるためだけに、あらゆる仕掛けが巧みに作用していた。今思えば、あのときのあれは僕に対する宣戦布告だったのだ。

浅倉 秋成. 六人の嘘つきな大学生 (角川文庫) (pp.149-150). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版. 

こちらは封筒の中から波多野の飲酒写真が出てきたシーンです。波多野は犯人が酒が飲めない九賀であることに気づきます。最後まで読めば当然ながら波多野は九賀の方を見ているとわかるのです。

しかし、しかしですよ、みなさん

巧い、巧すぎる。これこそ浅倉秋成。さすが伏線の狙撃手。

あと「あのときのあれ」は先述した最終選考のメンバーで飲み会をした時にトイレに連れ出した九賀が波多野に酒を飲めない衣織にワインを飲ませるなんてどうかしていると詰め寄ってちょっとした口論になったシーンのことをさしています。

嶌衣織が好きだったのは……波多野?

嶌衣織が好きだったのは、波多野祥吾ではなく九賀蒼太だったのだろうと思います。根拠はこちらのシーン。波多野祥吾のレンタル倉庫についた時の嶌衣織と波多野芳恵の会話です。

「でも私はあの動画を観たときから、兄は嶌さんのこと好きだったんだろうなって、何となく気づいてましたよ」 

「……本当に?」

 「嶌さんに向ける視線だけ、少しだけ格好つけた感じだったんですよ」

 「そうだったかな」

 「間違いないです。それにずっと嶌さんに票入れてたじゃないですか」

 「それが?」

 「あんなのほとんど好きな人投票みたいなものじゃないですか。好きだから票を入れちゃうんですよ。『あなたは優秀だと思う』と『あなたが好きです』の境界って結構曖昧ですよ」  

なかなか鋭い考察だなと感心しながら当該のロッカーまで案内し、私は鞄にしまっておいた鍵を彼女に差し出す。いやはや、本当に鋭い考察だ。

浅倉 秋成. 六人の嘘つきな大学生 (角川文庫) (pp.284-285). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版. 

「好きな人だからこそ兄は票を衣織に入れ続けたんですよ」と語る芳恵に「いやはや、本当に鋭い考察だ」と思う衣織。芳恵の考察に同意していると見てよいでしょう。

そうすると衣織は誰に投票したのでしょうか。

衣織は6回のうち5回九賀に投票しているのです

だからこそ、九賀は衣織のインタビューの時にこう語るのです。

しばらく見てたでしょ、僕のこと。  いつって、あのときだよ。僕の「写真」が明らかになってからしばらく。  もちろん気づいてたよ。侮蔑と失望と疑念とあとなんだろうね。いろいろなものが混ざり合った混沌とした視線を君は向けていた。意外にわかるもんだよ、そういうの。

浅倉 秋成. 六人の嘘つきな大学生 (角川文庫) (p.87). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版. 

衣織が九賀に対して特別な感情を抱いていたからこそ失望だけでなくいろいろな感情と視線を九賀に向けていたのではないでしょうか。

5回目の投票で九賀は0票だったのでその時だけ衣織は波多野へ入れたのです。その理由は4回目〜5回目の投票にかけて何があったか整理するとわかると思います。

この場面では全ての封筒を開封する雰囲気になっていたのを、波多野が懸命に説得して開封を止める方向に戻しました。それに対する感謝的な意味で5回目だけ波多野に投票したのかなと思いました。

最後に

大学生の就活を舞台とした新感覚青春ミステリ。『伏線の狙撃手』という浅倉先生の異名通り縦横無尽に張り巡らされた伏線と芸術的な回収の数々に惚れ惚れしました。

また、登場人物の人間性を誤解させる錯覚もすばらしかったです。波多野祥吾が「腹黒大魔王」とサークルの紹介文に書かれていたことも、最後の送られなかった告発文で回収されてよかったです。これがあることで波多野も善と悪の両面を持つ人間だったことがわかります。

登場人物たちのクズエピソードは波多野祥吾が残したファイルにより見え方が移り変わり、6人の印象が2転3転するので読んでいてとても楽しかったです。就活においては誰もが大なり小なり嘘をつきます。それは学生だけでなく企業側も同じで、より良いイメージを持ってもらうために脚色してしまう。だからこそ6人がグループディスカッションで次々と過去の醜態を暴露されていくと、これがその人の本性なのだと思わされます。しかし、それもまた単なる一面に過ぎなかったのです。人には誰しも多面性があると改めて思わされた小説でした。

また、私は浅倉秋成さんと同年代で就活の様子がかなりリアルだなと感じました。あーそうだよねって思うところが多かったです。就活なんかで人の本質は見抜けませんよと就活のあり方にも一隻投じているような気もしました。序盤、中盤、終盤で登場人物の印象がどんどん変わるので、読んでいてハラハラドキドキが止まりませんでした。

映像化困難な場面もあるかもしれませんが、映画公開が待ちきれません。

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