母ゆかりは真緒が部屋に入ってきたのを丸っきり無視するように
「真也さ~ん、」
と隣の部屋にいる父の所に行ってしまった。
「ねえ、どうかしら。このワンピース。若作りかしら?」
父の前でくるっと回って見せた。
「いや。いいんじゃないか。パーティーだし。華やかな方が。」
真緒はそっと部屋を除いた。
父が見たこともないような優しい笑顔で母を見ている。
「ねえ、このイヤリングとネックレス。真也さんが結婚20周年の時にプレゼントしてくれたのよね。やっと日の目を見る時が来たわ、」
「ああ、」
「本格的ヘアメイクも何十年ぶりかしら。おかしくない?」
「・・とても。きれいだ、」
真緒はその場で地蔵のように固まった。
もちろん母が昔女優をやっていた頃の映像や写真は見たことがある。
正直、『演技派女優』と言われて見た目よりも存在感を世間に認められていた。
そして父と結婚した時のいきさつからなのか結婚式も挙げていない。
学校に来る時にもここまで『整えた』母を見たことがなかった。
「え~?そお?」
母がウフフと笑い
「久しぶりなのだから。楽しんでおいで、」
父がとろけそうなまなざしで彼女を見る。
・・あたしは今何を見せられているのだろうか
真緒は思わず宙を仰いだ。
とにかく父が無口で家でほとんどしゃべらないのだけれど
母のことをとても大事にしていることは子供心に感じていた。
ケンカをしているところも一度も見たことがないし、母のしょうもない話をとにかくウンウンと頷いて嬉しそうに聞いている姿を見て
仲睦まじいんだなあ
と思っていたものの。
面と向かって
きれいだ
なんてこの父が言う!!
ことが本当に驚きなのだった。
「奥様、ウキウキですね、」
キッチンに行ってお茶を飲もうとした時、料理をしていたお手伝いの美和子はクスっと笑った。
「ちょっとびっくりしたんですけど。美和子さん、あんなお母さん見たことある??」
真緒は思わず彼女に縋った。
「私がこちらに勤めるようになったのは。そうですねえ・・真尋さんがお生まれになった頃ですから。『現役』の奥様は見たことはございません、」
「でしょ?あたしもー。 いや・・女優だったんだなーって。今日初めて思った。」
「私は奥様と同年代ですが。一ノ瀬ゆかりは本当に他の女優さんにない瑞々しさや表情の豊かさ、表現の素晴らしさがありましたよ。真太郎さんが身体が弱くて、すぐに真尋さんと真緒さんもお生まれになったので奥様は真太郎さんにつきっきりで私が真尋さんと真緒さんのお世話をさせていただくためにこちらに勤めるようになって。でも小学校の中学年くらいになって真太郎さんもだんだんと丈夫になって。そうしたら奥様も芸能界に復帰なさると思ってたんですけど、」
美和子はオーブンの火加減を調節した。
今まで見たことのない『女優』な母に真緒は驚きを隠せず・・
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