真緒はスプーンを握っていた手にグッと力を入れた。
「母は大女優と呼ばれた人ではあったけれど。素顔は本当に普通の人です。そんな人がホクトグループの総帥の妻になるって。悩まなかったのかなあって。子供ができちゃったとはいえ。」
初音に自分の親の疑問をぶつけても仕方がないのだが。
何となく力を込めて彼に言ってしまった。
「それは。全て北都会長が盾になって奥様を守ったから・・今もずっと仲睦まじく暮らしておられるんじゃないんですか。まあホクトという大きな後ろ盾があったとはいえ並大抵なことではなかったと思うんです。」
初音は自分でそう言って自分の両親のことを思う。
大人になって
あの時本当に両親が離婚をする必要はあったのだろうか
と何度も考えた。
母の病が良くなればまた家族で暮らせたのではないだろうか。
母が離婚をして東京に戻り、数年は何もできない状況だったと聞いたが徐々に良くなり仕事もできるようにもなった。
母とはたまに連絡を取っていたので父には経過を伝えていた。
少しずつ良くなってゆく母の状況を聞いて、いつも父は本当に嬉しそうに頷いていた。
もう一度やり直せないのか
と
何度ものどまで出てそれをひっこめた。
その父の表情を見るとどうしても言えなかった。
まだ若かった自分には父の気持ちが理解できなかった。
駆け落ちするほど惹かれ合った二人でも
ほんのちょっとのことで関係は崩れてゆく。
諦めることで父は母を助けた。
母にはもう田舎で暮らす気力は一滴も残っていないこともわかっていた。
母を守れなかったのではなく
別れることで守った。
ほんの少しだけ心の中の冷たい欠片が溶けた気がした。
「どうしたんですか?」
急に黙ってしまった初音に真緒は問いかけた。
「いえ。愛の形って。決まっていないものなのだなあって。こうじゃなきゃいけないという形はない・・」
彼の言う意味が理解できずに少し首を傾げた。
そしてその時、真緒はハッとしてそこにあった自分のバッグから小さな紙袋を差し出した。
「これ・・」
そこから取り出しだのは
「今日の小樽のガラス工房はもともと漁業の浮き玉っていうガラス玉を作っていて。それを模したチャームです。かわいくて・・買ってしまいました。 初音さんに、」
ミニ浮き玉のかわいらしいチャームだった。
「ぼくに・・?」
「あたし、漁業でこういうの使うの初めて知ったんで。あそこに写真がたくさん飾ってあったでしょう。ほらブルーとかアーバンとか色んな色があって。ミニチュアでかわいいの、」
「あ、ありがとうございます・・」
その前の彼女にあげたあのガラスのピアスのことで気まずくなってしまったのでやや驚きながら受け取った。
「こういう所もなかなか来ませんから。記念、」
真緒はクスっと笑った。
記念
・・そんな語彙があの時自分の中になかったことを悟った。
初音は何だか可笑しくなってふふっと笑ってしまった。
そして、エビのしんじょの入った器をコトっと置いて
「・・あの、」
やや意を決したように真緒を見た。
「は・・はい、」
なんだか空気が張り詰めて思わず姿勢を正した。
初音は今も自分が導いた結論が正しかったかどうか自信を持てません・・
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