その日は、八月に入ったばかりでうだるような暑さ。

東京の街のコンクリートには陽炎が踊っていた。

 

ボンヤリしていたら、雑踏の中に呑み込まれてしまいそうである。

地下鉄を降りるとタクシーで、

約束の五時過ぎに東京都立豊島病院に着いた。

 

病院は時間外で少し照明が落とされており、

薄暗い廊下に私たちの靴音が響いた。

 

 

守衛所で聞いた先生の部屋の前に着くと、

二人とも額の汗を拭いてドアをノックした。

 

「どうぞ」と、細身の白井先生は椅子から立ち上がって迎えてくれた。

「すぐ分りましたか、疲れたでしょう」

 

「五実さんの容態はいかがですか。

大変ですね。送ってもらった書類で、五実さんの病気について検討してみました。

結論から申せばワクチンとの因果関係は否定されないと思いました」

 

先生の言葉に私たちは思わず頭を下げた。

 

「お役に立つかどうか分りませんが、これは外国の文献を翻訳したものです」

 

 

 

先生はテーブルの上の書類を、私たちの方に向けて説明された。

 

西ドイツ

※論文【ポリオ生ワクチンによって多発性硬化症は発生するか】

※論文【ジフテリア予防注射またはジフテリアトキソイドを含む混合予防接種による神経合症について】