温泉博物館 名誉館長の 温泉ブログ

  温泉の科学や温泉現象について、わかりやすく解説します

温泉は何故「適応症」なのか

「効能」ではなく「適応症」

「○○に効く温泉はどこですか」と尋ねられることがよくあります。尋ねてくださる方にとっては、処方されている薬ではなかなか症状が改善されないので、「温泉の力でなんとかならないだろうか」という切実な願いがあるに違いありません。

効果がありそうな温泉を紹介してお役に立ちたいのはやまやまですが、湯治のように特化したスタイルで療養ができない場合は、一時的に痛みが緩和することぐらいは期待できても、疾患に対する根本的な療養効果を期待することは難しいというのが正直なところです。

「効能伝説」が記された温泉施設の看板

「この湯で病気を治した」と記す看板

飲用一時間後に快方した?と記す温泉の看板

温泉は薬機法(旧薬事法2014年改訂)で承認された医薬品ではありませんので、浴槽に満たされた温泉に対して「効能」や「効果」を謳うことができません。温泉(療養泉に限る)では、「効能」ではなく「適応症」という言葉が使われているのはご存知の通りです。皮肉なもので、「入浴剤」は薬機法の「医薬部外品」または「入浴用化粧品」に分類され扱われているため、規定内で効能を表示することができます。

温泉の「適応症」とは

温泉の「適応症」とは、入ろうとする温泉において温泉療養を行うのにふさわしい病気や症状のことを言います。温泉旅館や温泉施設において、「適応症」を「効能」と表記して掲示しているところが少なくありませんが、適応症とは「この温泉で○○という病気や症状の温泉療養を行おうとしている方向性は正しいですよ」というぐらいのもので、薬と同じような「効能」を得ることができるよ、というものではありませんね。

「適応症」が記された看板

温泉で療養するということ

温泉入浴によって効能が得られるとしたら、それは温度や含有成分による「温泉の泉質」だけによるものではなく、温泉地の気候や環境や非日常であることによる天地効果、期待感がもたらすプラシーボ効果、入浴時間や頻度や日数といった利用法など、さまざまな要因が考えられます。薬のように特定の病状の改善を目的に作られたものと異なり、温泉は、温泉という自然現象を療養に利用しているにすぎず、そういった意味では、気候の良い土地で療養生活を送ることや、都会を離れた自然の中で療養生活を送るようなことと、それほど大差がないように思います。

 

温泉入浴で病気や症状に「効能がある」と謳うことは、利用者が過剰な期待を抱くことにつながりません。一回やそこら入浴して「少しでも症状が緩和されたような気分」になれば、万々歳といった所でしょうか。

 

今、求められるのは、旅館や温泉施設がありきたりの適応症を誇張するのではなく、それぞれの施設において、「どのような温泉だから、どのようにどれくらいの期間入浴すると適応症に効果があり、症状の改善が期待できるのか」、具体的な処方をわかりやすく提示することではないかと思います。

 

具体的な飲泉方法が記された塚野鉱泉の看板

このような時代にあって、ただただ「この温泉に入れば○○に効きます」なんて平気で主張する温泉施設では、ちょっと情けない気がします。

 

なお、温泉の「適応症」や「禁忌症」の考え方については、前田眞治氏の論文『新しく改定された「温泉の禁忌症・適応症および注意事項」について』(温泉科学第65巻,2015)に詳しく記されています。インターネット上で検索して閲覧することができます。

 

給湯口の飛沫が心配です!

温泉とレジオネラ属菌

「温泉浴槽から基準値を大幅に上回るレジオネラ属菌が検出された」といったニュースが後を絶ちません。

平成14年に起きた宮崎県の日向サンパーク温泉の事故は大変ショッキングで、記憶に新しいところです。6月の体験入浴を経て7月1日 に正式開業し、わずか7月23日 までの間に入浴者19,773名のうち295名がレジオネラ症を発症し、7名が亡くなりました。

レジオネラ属菌は、土壌や河川などの自然界に存在している細菌ですが、温泉の温度はレジオネラ属菌が増殖するのにとっても適した温度ですので、こまめな換水や清掃などの基本的な衛生管理を怠るとすぐに増殖します。特に循環式浴槽などの水回りの中に発生するアメーバー状のバイオフィルムの中に潜伏して増殖することが知られています。

レジオネラ属菌が肺の中に取り込まれると、感染してレジオネラ肺炎を発症し、ひどい場合は上述したように死に至ることもあります。

「打たせ湯」や「給湯口」に注意!

循環している温泉水が肺の中に取り込まれる状況とはどんな時かを想像してみると、「打たせ湯」や「お湯が浴槽に注がれる給湯口」などが特に心配です。

温泉浴槽の給湯口の例

写真は、給湯口から湯が注がれる様子を写したものです。動画ではないのでわかりにくいのですが、飛沫がかなり飛んでいるのを確認しました。

温泉施設の中には、本当はいけないのですが循環湯を打たせ湯として落としている場合が少なくありません。そのような打たせ湯を頭からかぶりながら「息をしている」訳ですので、鼻や口から「レジオネラ属菌を含んだ飛沫」を取り込んでしまう可能性が大いにあります。給湯口の近くに陣取って入浴していても同様で、飛沫が口から肺の中に入るかもしれません。入浴中の浴槽が循環式の浴槽ならば、給湯口から逃げるべきです

 

健康のために温泉に行って、病気になってはいけません。

 

温泉博物学「外国の温泉土産・入浴剤」

台湾北投温泉のお土産「湯の華」

台湾の北投(ぺいとう)温泉には「地熱谷」と呼ばれる温泉の自然湧出地帯があります。沼のような底から高温の酸性硫黄泉がボコボコと湧き出していて、北投温泉の泉源となっています。日本で特別天然記念物に指定されている「北投石」の、もう一つの産地としても知られています(下呂発温泉博物館でも、許可を得て研究用に採取された台湾北投温泉産の北投石を複数展示しております)。

かなり前のことですが、北投温泉を訪れて地熱谷付近の土産物店を物色していた時に、「天然温泉塊」と書かれた土産物を見つけました。ちょうど日本全国の「天然湯の華」を収集していた時でしたので、思いがけない発見に胸がときめきました。もちろん購入して持ち帰りました。

台湾・北投温泉「地熱谷」のお土産屋さんで売られていた「湯の華」

小さな容器から中身を取り出すと、何と、温泉で沈殿して固まった硫黄(硫黄華)の塊が2つ、そのまま袋の中に入っていました。浴槽に入れてもなかなか溶けきらない感じの、随分雑な「入浴用天然湯の華」でした。

容器の裏面に漢字で何か書いてあるのですが、よくわからないので「グーグル レンズ」で翻訳してみました。

裏面に記載された説明の翻訳(グーグル レンズによる)

「塊をそのまま浴槽に投入する」、「全身入浴を1回15分以上しない」、「慢性皮膚病の改善に適しています」などと書かれていました。

それにしても、私のような変わり者以外に、「温泉沈殿物のかけら」を結構なお金を出して買う人がいるとすれば「ぼろ儲け」です!

台湾・北投温泉の「地熱谷」 2000年撮影

「地熱谷」の底から温泉が湧き出す様子 2000年撮影

「地熱谷」下流の天然の足湯 2000年当時

下呂発温泉博物館の北投石展示コーナー

カナダの「温泉ミネラルソルト」

こちらもだいぶ前のことですが、カナダのブリティシュコロンビア州にあるエインズワースホットスプリングを訪れた時、売店に当温泉のご当地土産として「入浴剤(ミネラルソルト)」が売られていました。カナダの温泉巡りをしていて初めて見たので、すぐに購入しました。

エインズワース温泉で売られていた入浴剤

袋の前面に大きく「ORIGINAL HOT SPRINGS MINERAI SALTS」と書かれ、その上に販売されていた温泉名「AINSWORTH HOT SPRINGS BRITISH COLUMBIA」が書かれています。

日本に帰って詳しく見てみると、袋全体が緑と茶色の2色刷りなのに、その温泉地名だけが少しインクの乗りの悪い黒色で印刷されていました。袋の一番下には、虫めがねで見ないと読めないような小さな字で、土産の販売会社の住所が書かれていましたが、別の温泉地(ラジウムホットスプリング)のビルの一画でした。日本の土産物でもよくある、「日本中に流通している製品に後でその観光地名のシールだけを貼った」ようなたぐいの物でした。

成分は、塩化ナトリウムや硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム硝酸カリウムなどと記載されていました。日本でいう「日本の名湯シリーズ」や「旅の宿シリーズ」のような重曹系の「人工入浴剤」とは異なり、食塩系の人工入浴剤でした。

カナダあたりでもバスタブに湯を張って入浴剤を入れて入るような文化があるのでしょうか。

カナダ・エインズワース温泉

カナダ・エインズワース温泉

入浴剤の発売元の住所のカナダ・ラジウム温泉

 

温泉博物学「温泉軟膏」

なんか効きそう!「血の池軟膏」

別府鉄輪温泉の名勝「地獄めぐり」の一つに、赤い色をした「血の池地獄」があります。池の見学場所の傍らには、「血の池軟膏」などの販売コーナーがあります。

別府地獄めぐりの一つ「血の池地獄

「血の池軟膏」とは、血の池地獄に堆積した鉱泥に、イオウ、モクタール、ワセリンを混ぜて作られた軟膏で、れっきとした第3類医薬品です。

血の池地獄で販売されている「血の池軟膏」

「医薬品」ですので、温泉とは違って効能を謳うことができます。レトロ感満載のパッケージには、田虫、水虫、しらくも、疥癬(かいせん)、がんがさ、はたけ、霜やけ、火傷、肛門ただれ、ひび、あかぎれなどが効能として記されています。

袋のデザインと言い、「ここでしか売られていない」という販売コーナーの雰囲気と言い、この軟膏が何かしらわからないけど効きそうな気がしてくるから不思議です。私が購入したのはもう何年も前になりますが、血の池地獄のホームページによると、内容量22gで、現在の価格は1500円となっています。

何か効きそう!「煉り湯華」

これに似たような「温泉軟膏」に、秋田県玉川温泉売店で売られている「煉り湯華」があります。「湯花含有量18%の甲」と「湯花含有量4%の乙」の二つのタイプがありました。こちらは医薬品ではないため、効能を謳うことはできません。でも、天下の玉川温泉の温泉成分から作られていると聞けば、ものすごく効きそうな気がして、神にもすがる思いで、ついつい買ってしまいそうです。いや、買いました。何年も前に買った時は、1000円ぐらいでした。

玉川温泉で販売されている「煉り湯華」

玉川温泉の湯の華採集場所

日本一の湧出量を誇る玉川温泉「大噴」泉源

「血の池軟膏」も「練り湯華」も両方とも購入しましたが、自分の肌に使用はしていませんので、効能についてはよくわかりませが、温泉博物館の展示資料として重宝しています。

 

日本の「各温泉地」の「温泉科学情報」をまとめて紹介する本があります!

『図説 日本の温泉 170温泉のサイエンス』

今から4年前に、『図説 日本の温泉 170温泉のサイエンス』(日本温泉科学会監修)という本が、朝倉書店から出版されました。わが国の数多くの温泉の中から、温泉科学的に重要であると思われる温泉地170を取りあげ、日本温泉科学会の会員が「各温泉地の自然科学的な側面」について執筆しました。

これまでに実に多くの温泉に関する書籍が出版されていますが、温泉地ごとにまとめられたタイプのものとしては、観光ガイドブック的な内容であったり、文化および自然遺産的な紹介であったり、健康増進的な観点から書かれたものであったりと、温泉地を訪ねることを前提としたものがほとんどだと思われるのですが、本書はそういった書籍とは一線を画すもので、研究成果に基づいた温泉地ごとの自然科学的な温泉情報がまとめられています。

『図説 日本の温泉 170温泉のサイエンス』日本温泉科学会監修 朝倉書店

内容は、温泉地によって多少異なりますが、泉質や湧出量などの他、温泉が湧出する場所の地質、温泉が湧出するメカニズムなどについて図や写真を用いながら、わかりやすく簡潔にまとめられています。また、それらの根拠となる学術論文等も参考文献として一覧にして記載されているので、研究や、発展的な理解のためにも役立てることができます。

私も、編集委員として携わりながら、「中部地方の温泉の概要」や、下呂温泉岐阜県)、奥飛騨温泉郷岐阜県)、湯屋温泉(岐阜県)、地獄谷温泉(長野県)、松代温泉(長野県)、花山温泉和歌山県)について執筆いたしました。

「温泉を深く理解したい方」の情報源として、あるいは温泉科学の入門書として役立てていただければ幸いです。4700円+税と、ちょっと値段が高いので、まずは図書館等で手に取ってみて見てくださいね。 

 

飲酒後の入浴は、かえって「酒が抜けにくい!」

飲んだ後に「ひとっ風呂浴びて酒を抜く」?

以前は、飲み屋街のような所に深夜営業のサウナがあり、酩酊に近いような人たちで賑わっていました。みんな「酔いをさますために」風呂やサウナに入っていました。

「風呂やサウナで汗をいっぱいかけば、アルコールも抜けていく」と思っていました。

飲酒後の入浴に関する研究

「飲酒後の入浴が体にどのような影響を与えるのか」といった研究は古くから行われています。その中で、特に「飲酒後の入浴によってアルコールが代謝(分解)しやすくなるのか」という内容を扱った論文を見つけました。

 

日本温泉気候学会雑誌第25巻第3号(1961年発行)より引用

残念ながら、飲酒後の入浴は「かえって酔いがさめるのが遅くなる(アルコールが抜けにくくなる)」という結論でした。特に、熱いお湯への入浴において顕著だということです。

飲酒後のサウナについては、アルコールの利尿作用で血管内が脱水状態になっているところへ、大量の汗をかくことでさらに脱水が進んで血液がドロドロになるため、脳梗塞心筋梗塞のリスクが大きくなります。

ふらふら徘徊した後は、いさぎよく寝る。入浴は危険ですから。

ちなみに、二日酔いで気持ち悪くなったり頭が痛くなったりするのは、アルコールの分解が不十分で、アセトアルデヒドという物質が残ってしまうことによるものだそうです。

 

飲酒後は、「入浴」ではなく、アルコールを分解させるために「水分をたくさん摂る」ことが肝心です‥‥と、本日もまた二日酔いで苦しい自分に言い聞かせています。

 

 

紀伊半島の旅「橋杭岩」

橋杭岩

橋杭岩(はしぐいいわ)は、和歌山県串本町にある、奇岩が一列に長く並んだ景勝地で、国の天然記念物に指定されています。

和歌山県串本町景勝地橋杭岩」 国指定天然記念物

橋杭岩はどのようにしてできたのか

橋杭岩」の景観がどのようにしてできたのか、大いに気になるところです。

今から1500万年~1400万年前の火成活動によって、地下のマグマが、辺り一帯に分布している泥岩層の割れ目から貫入して石英斑岩の岩脈を形成しました(下の地質図の茶色い部分)岩脈のまわりの泥岩(地質図の水色の部分)は軟らかいために侵食されやすいのに対して、岩脈をつくる石英斑岩は硬くて侵食されにくい差別侵食)ため、薄い板状の岩脈が直線状に露出して残されました。やがて、細長く露出した石英斑岩は、風化によって所々で崩れ、現在のようにいくつかの岩が直線上に立ち並ぶ景観ができ上りました。

橋杭岩周辺の地質 岩脈が直線上に分布している(産総研地質図ナビより引用)

橋杭岩付近に設置されていた南紀熊野ジオパークによる説明看板

紀伊熊野ジオパークの説明看板によると、立ち並ぶ岩の周辺に転がっている岩の数々は、過去の大きな地震による津波によって移動したものだそうです。

橋杭岩近くの弘法湯

橋杭岩のすぐ近くの国道沿いには、「弘法湯」という小さな温泉があります。空海による発見伝説から名づけられているようですね。現在は一棟貸しの施設として運営されているそうです。入りたかったのですが、家族からひんしゅくを浴びそうで‥‥断念しました。

民間ロケット「カイロス」の初打ち上げ

橋杭岩」を訪れたのは、3月7日でした。国道42号を大地町から串本に向かう途中、山沿いに大きなロケットのような看板があるのを見ました。何の看板なのかよくわかりませんでしたが、やがて、行く先々で「ロケット打ち上げ」のポスターがあり、翌々日の9日に串本町の先ほど通過した辺りでロケットの打ち上げがあることを知りました。そして、地元が大いに盛り上がっていることに気づきました。

橋杭岩からロケットの打ち上げを見ようとする人たち 期待が高まる(毎日放送画像より)

岐阜へ帰り、ロケットの打ち上げが延期され、13日になったことを知りました。

13日にネットでロケット打ち上げのライブ映像を見て、大変ショックを受けました。最先端の技術開発の難しさを知ることになりました。

打ち上げ失敗を報じる新聞記事 (岐阜新聞3月14日朝刊より)

美しい串本の海を背景にしたロケット打ち上げ。失敗はしましたが、南紀の歴史に大きな足跡を刻みました。そして、日本の未来に大きな一歩を踏み出しました!