【ゲーセンパトロール】SPACE1スペースワン(2019年10月) | 80'sアーケーダー

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80年代アーケードゲームの記憶を後世に残すのがライフスタイルの一つ

今月もスペースワンのパトロールをしてきました。

 

 

土曜日の午後1時ごろでしたが、車も数台停まっていました。

 

 

写真には写っていませんが、お客さんが10人ほどいました。

 

 

 

こちらは、定期的に入れ替わるシューティングコーナーです。

 

 

 

向かい側にも2台追加されています。

 

雷電Ⅱとバトルガレッガです。

 

雷電Ⅱをプレイしましたが、この高難易度でのバランスの良さは、最高です。

(3面までしかいきませんでしたがw)

 

 

飛翔鮫とバラデュークとグラディウスのポスターです。

 

このポスターも定期的に入れ替わります。

 

 

 

パロディウスと極パロが並んで稼働していました。

 

 

 

 

 

それでは、いつものようにM基板コーナーで、いくつかプレイしてみる事にします。

 

 

 

最初になんとなく目に入った、プレアデス(1981年テーカン)をプレイしてみます。

 

これは、当時割と出回っていて複数のゲームコーナー(駄菓子屋含む)で、

プレイしていたのを思い出します。

 

 

レーダーがある宇宙基地とタコ足の宇宙人というチープな世界観が、今でもそそられますw

なんとか1周できました。

 

 

 

 

次に、これまで見たことが無い、洋物のレトロゲーをプレイしてみる事にします。

 

 

 

 

まずは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロフェッサーパックマン。

 

パチもんかと思いきやミッドウェイの製品です。

 

国内流通は、全くしていないと思われます。

 

 

 

いったいどんなゲームなのかと言うと、

 

右に表示されているハサミの鏡画像(反転画像)は、どっちですか?

 

と言うように、正しい画像を選ぶのですが、

 

これがパッと見わかりづらいのなんのw

 

 

 

この問題なんか、4つのイメージを記憶して次の画面で出てくる画像が、

この中にあったかどうか答えるというような問題で、

 

イライラしてやってられませんw

 

 

こんなのまで出しているとは、アメリカでのパックマン人気を垣間見た思いです。

 

 

 

 

次に、Boggy’84というゲームをやってみました。

 

 

 

 

EDDIS GAMEというメーカーから1983年に出たようです。

 

日本で稼働していたかどうかは、不明です。

(出てないでしょう)

 

 

ゲーム内容は、ボギーというキャラクターを操作して、敵をよけながらスプリングでジャンプして移動しつつ、

ターゲットを回収するというありがちな内容ですが、

 

ジャンプ台に乗り難いは、操作性は悪いはで、すぐに死亡・・・。

 

 

見た目もごちゃごちゃして、何をやればいいのか一目では解り難いのも難点です。

 

名作ゲームは、デモ画面を見るだけでだいたいどんな事をするのか解るものですが、

このわかり難さでは、とうていヒットはしなかったでしょう。

 

でもアチラ(海外)では、わかり難い理不尽なゲームほど燃える・・

 

みたいなゲーマーがいるようなので、そんな一部のゲーマーには、ウケたかも?

 

 
 
次に、BONGOというアクションゲームをやってみました。
 

 

JETSOFTと言うメーカーから1983年に出たゲームのようです。

 

ゲーム内容は、帽子をかぶったキャラを操作して敵(動物とか)を避けながら、

洞窟を進んで行って、ゴールを目指すというような物ですが、

 

ボタンでジャンプするのではなく、レバーの上がジャンプと言う操作がやり難くて、

連続ジャンプ失敗ですぐに死亡・・・・。

 

 

これをクリアするのは、相当な苦行だと思われますw

 

 

そして次にプレイしたのは・・・・

 

 

 

 

 

 

 

ANTEATERアントイーター

 

というゲームの欧州版(たぶんドイツ版)

ゲームを選ぶ時に、なぜか欧州版を選んでしまったようです。

 

メーカーは、この画面に表示されていませんが、1982~1983年頃のゲームだと思われます。

 

ゲーム内容は、アリクイの舌を操作して、地中のドットを回収するドットイートの一種です。

迷路内を歩いている蟻は、食べる事が出来るものの他の虫?が長い舌の一部でも触れるとアウトという、

非常に理不尽な仕様となっています。

 

 

当然すぐに舌の一部に虫?が触れて、あっという間に死亡・・・・。

 

ゲームバランスも何もあったもんじゃありません。

 

 

80年代前半ごろは、日本でも様々なヘンなゲームが多数リリースされていました。

 

当時は、ハードの性能が低かったのでアイデア勝負みたいなところがあったと思います。

 

これらのゲームを作っていた人たちも頭をひねってアイデアを絞りだして完成させたのだと思うと、

愛おしさすら感じてしまいますw

 

 

名作ゲームを作るのがいかに難しかったのか?

 

あらためて、当時のナムコのゲームのすばらしさを思い知らされた気分でした。