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 幼馴染で血縁関係のない従兄妹同士であるエリノアとロディーは、ある時「このままでは資産家の叔母ローラ・ウエルトンの遺産を手に入れられなくなるので気をつけろ」という匿名の警告文を受け取る。気になった二人は、自分たちの婚約報告も兼ねて叔母の家を訪問するが、そこで再会した門番の娘メアリイにロディーが一目ぼれしてしまい、婚約は破談に。そして病床にあった叔母も亡くなってしまう。その後、メアリイが毒殺され、エリノアは彼女を殺害した容疑で逮捕されてしまうが・・・という話。

 

 周囲の人々の疑いの目に晒されながら、一人気丈に法廷に立つ、若く美しい娘エリノア──という印象的な冒頭から始まります。ポアロ・シリーズでは珍しく、法廷シーンがくわしく描かれた作品。

 

 ミステリとしてだけではなく、恋愛小説としても素晴らしい出来だと思います。特に主人公であるエリノアの心情が読んでいて心に訴えてくるんですよね。

 エリノアは幼馴染で従兄であるロディーという青年に恋していて、非常に深い情熱を持って彼を愛しているのですが、相手に重くとられないように、わざと何でもない振りをしてクールに振舞っているんですね。

 それでロディーがメアリイに一目ぼれしてしまったことを察すると自分から婚約破棄を提案し、「仕方がないわ」と何でもないような態度をとる。そしてロディーには「君って物分かりのいい、頭の良い女性だね」と感謝されるのですが、実は彼女の心は嫉妬で狂っている。

 次第に壊れていく彼女の心。

 そして、その嫉妬という最大の動機を犯人に利用され、恋敵メアリイ殺害の濡れ衣をきせられてしまいます。

 そしてここからがポイントなのですが、誰もが彼女には動機があるゆえに彼女の有罪を疑う中、自分にメアリイ殺しの大きな動機があることを誰よりも知っているのは彼女自身なのですよ。「私がメアリイを殺したいと思っていたことは、誰よりも私が知っているわ!」という感じですね。

 そのために他でもなく彼女自身が自分が無罪であることを積極的に主張する気持ちを失ってしまう・・・。

 もうなんていうかですね、エリノアのこの心の動きが非常にせつないのです。もう長々と熱くエリノアについて語ってしまうほどせつない!

 

 ミステリとしては、犯行現場の状況とか行動の怪しさなどで犯人は比較的簡単に想像がついてしまうのですが、三角関係を描いた恋愛小説としての魅力がそれ以上にあって、とてもおもしろかったです。

 もうほんと、最後エリノア、ハッピーエンドで良かったね! という感じですよ。ちょっととってつけたような、あらかじめ準備されたカップリングだけど、この際いいよ、クリスティーあるあるだよ!

 

 あ、そうそう、この作品『杉の柩』というタイトルなんですけど、作中まったく杉の柩が出てこなくて、登場人物のセリフにもちらっとも登場しなかったので、なんでこのタイトルなんだろう・・・と思ったら、「杉の柩」というのは邦題で、原題はちょっと違うんですね。

 原題は「Sad Cypress」でシェイクスピア作品からの引用らしいです。