捌拾捌(八十八) | タイトルのないミステリー

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「君が朱音ちゃん。鳴海からしょっちゅう話、聞いているよ。初めまして、兄の大祐(だいすけ)です」

鳴海の兄は鳴海と同じような人懐こい笑みを浮かべて朱音を見た。笑顔が鳴海とよく似ていて何となく安心した。

「は、初めまして」

「君も公立中学から凰琳に行ったんだって?」

「はい」

「頑張ったんだね、俺、鳴海は絶対落ちると思っていたのに受かったりして、ちょっと心配していたんだ。凰琳には公立中学出の子は殆どいないって話だし、こいつ上手くやっていけるのかなって。でも君みたいな友達が出来てホッとしたんだ」

「もう、何、兄貴ぶった事言っているのよ」

大祐の言葉に鳴海が少し照れたように言う。その様子が兄弟のいない朱音には羨ましく見える。

「朱音ちゃんって随分小柄だね、全然高校生に見えない」

横から岳が朱音をじっと見ながら口を挟む。精悍な顔立ちで一見、爽やかそうな笑顔を向けているがその目が朱音には突き刺さるように感じられた。

「山下君はもう彼女出来た?」

鳴海は何度も会っているのだろう、親し気に話し掛ける。

「いいや、そういうの興味ないからね」

「相変わらず、サッカー一筋?もてるのに勿体無い」

「じゃ、鳴海ちゃん、彼女になってくれる?」

「やあだよ。第一、山下君の取り巻きに殺される」

「あんなの」

鳴海の言葉に岳はちょっと眉を顰める。

「こいつは硬派なの、俺と一緒で女なんかに興味ない」

大祐が岳の肩に手を回して代弁する。

「お兄ちゃんは単にモテないだけじゃん。山下君みたいに女の人が応援に来ているの見た事ない」

「勝手に来ているだけだよ、キャアキャア煩いだけだ」

岳は吐き捨てるようにそう言った。

「あー、俺もそんなセリフ言ってみたい」

大祐が本音なのか冗談なの分からない口調でそう言う。

「山下君ってどんな女の人が好きなの?」

鳴海がそう聞くとその視線が一瞬、朱音を捉える。

「そうだな…熟れる前の果実、とか」

「何だ、それ。おまえ時々意味不明な事言うなあ」

岳の言葉に大祐は首を捻る。

「何でもないさ、特にタイプなんてないって事だよ」

朱音はその岳の視線が妙に絡みつくような感じがして居心地の悪さを覚える。

「あ、もう、行かなきゃ。俺達学校に帰ってまだミーテイングあるから。鳴海、応援ありがとな」

そう言うと大祐達は他の部員達の元へと足を向けた。二人が遠ざかって朱音はホッと息を吐く。

「どうしたの、朱音」

「ううん、何でもない」

「あ、さては山下君の事が気になるとか?彼、格好良いからすっごくモテるんだよ。競争率高いよ」

「そんなんじゃない。それに私、男の人ってなんか、苦手…」

「え、まさか女が好きとか?」

鳴海が自分の身体を抱くようにして朱音を見る。

「もう、鳴海ちゃんったら、なんでそうなるのよ」

「アハハ、冗談冗談。でも、私も今は全然そういうの興味ない。クラスの子達はそういう話で盛り上がってるけど、何か、ぴんと来ない。それよりももっと学校の成績あげたいし、コンクールにも出たい。期末では朱音に負けちゃったし、二学期の試験では負けないように頑張らなきゃって思う」

「じゃ、私、もっと頑張る。鳴海ちゃんみたいにクラブ入ってないし、負けるわけにはいかないもん」

「朱音のそういうところ好き。男の子の話しばっかりする子ってついていけない。凰琳入って朱音の隣の席に座れたのはホント、ラッキーだったって思ってる」

「私もだよ。鳴海ちゃんが隣で良かった」

朱音は心からそう思っている。鳴海は良き友でもあり、良きライバルでもある。父がそういう友達に巡り合えるのはとても素敵な事なのだと言っていた。朱音自身そう感じている。凰琳に行って一番良かった事は鳴海の様な友達に恵まれた事だと。

 二学期に入って朱音は今まで以上に頑張って勉強した。その甲斐あって成績は徐々に上がった。中間試験では三十五位になった。鳴海は四十一位、彼女も確実にアップしている。あんなにクラブの練習も頑張っているのに凄いと思う。もし鳴海がクラブに入っていなかったら確実に負けていたのではないかという焦りにも似た思いが沸く。そんな焦りを母が感じ取ったのか学習塾のパンフレットを持ってきた。

「塾?」

「ええ、凰琳の子達も通っているそうよ。とても良い先生が揃っていらっしゃるそうだし。無理にとは言わないけど、もしも朱音が行きたいならと思って」

「考えた事なかった」

「あら、そうなの?」

「うん、でも考えてみる」

「なんか、見学も出来るそうよ。もしなんなら一緒に行ってみる?」

「ありがと、でも一人で大丈夫。一度見に行ってみる」

その三日後に朱音はその学習塾を見に行った。受付で見学希望と言うと「では、一度体験授業受けてみますか」と言われて頷いた。ただ、案内された教室は女子より圧倒的に男子が多かった。みんな朱音には無関心で授業に専念していたし、先生の授業も分かり易かった。とても良い塾だとは思ったがやはり男子が多い事が引っ掛かった。折角男子のいない高校に行って伸び伸び勉強出来るようになったのに、わざわざ男子の多い塾へ行く事に抵抗があった。クラスに沢山の男子がいるというだけで息苦しい気がした。

「どうだった?」

「うーん、やっぱりやめとく」

母の問いに朱音はそう答えた。しかしその後の期末試験で朱音は鳴海に追い越されてしまった。鳴海の事を心から凄いと思う反面、どうして?そんな思いが朱音の中で渦を巻く。やはり塾へ行かなければダメなのだろうか、朱音の学習の仕方がどこか間違っていたのだろうかと自問自答する。悶々としたまま冬休みを過ごし三学期を迎えて暫くした頃、家に帰ると見知らぬ靴が玄関に脱いであった。どう見ても男物だ。誰だろうと首を傾げながらリビングに入るとそこで若い男性と母が話をしていた。

「お帰り、朱音」

朱音はその男性の方に視線を向ける。大学生のようだ、母の知り合いにこんな人がいるなんて知らなかった。

「君が朱音ちゃん。初めまして、紫園公洋です」

朱音は小さくお辞儀をして母を見る。

「お母さんが頼んだの。あなたの家庭教師にと思って」

「家庭教師?」

「前にあなたが見に行った学習塾で家庭教師の派遣もしてくれるという事だったので聞いてみたの」

母はきっと冬休みの間ずっと朱音が塞いでいた事に気付いていたのだ、そしてその原因も。でも家庭教師なんて、と思った。しかも男の先生だ。

 

 

     <捌拾玖(八十九)へ続く>