弐百参拾伍(二百三十五) | タイトルのないミステリー

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その表情にやはり寧々はあの秘密を知っているのだと思った。

「…やっぱり、知っているのね」

和は視線を落として自分自身に呟くように言った。もう避けられない、そう思った。

「…知っていたわけじゃない、でも、もしかしたらそうじゃないかって思っていた…」

そうじゃないかとは――やはりその先を聞くのは怖い。でもそれが和の秘密を指しているのなら、寧々がどうして知っているのかも知りたい。そして寧々は和の秘密を知っていてどうするつもりなのだろうか。まさか脅すわけでもないとは思うが、あの事を誰かに知られていると思うだけでも吐き気がしそうな気分になる。

「…なんで、なんで紫園さんが…!」

胸が詰まりそうな感覚の中、和は声を絞り出す。

「…それは…私が、山下岳という男がどういう男か知っているから」

「だから…なんで…いつから知っているの?アメリカにいる時から?どうして…!」

「アメリカに渡る前から…向こうに行ってあの男の顔は忘れたつもりだった…きっとどこかで会ってももう分からないって…でも日本に帰ってきてあの男が殺されたニュースを見て、あの男だと思った。たったの一度しか会っていないのに、私はあの男の顔を覚えていた」

寧々は苦しそうな顔をしてそう言った。それは寧々にとっても山下岳は決して良い思い出の中にいるわけではないという事なのだと和は感じた。

「…どういう事?」

和の問いに寧々は唇を噛むようにする。その両の拳に力が入っているのが見て取れる。それはきっと寧々の言っていった秘密に関する事なのだと思った。それを話すのには覚悟がいると言っていた。寧々にとってもそれは決して軽くない秘密なのだという事が感じられた。寧々は気持ちを落ち着かせるためか目を閉じて深呼吸をする。

「…ねえ、あの男、山下岳が殺されたと分かった時、どう思った?」

寧々はまるで本題をはぐらかすかのように聞いてきた。その秘密はよほど口にしたくない事なのだと思った。

「どうって…」

「ホッとした?」

「…ええ、ホッとしたわ」

「やっと、死んでくれたって?」

「そうよ。悪い?」

「全然。あんな男殺されて当然だもん」

少し間を開けて寧々は言葉を続ける。

「ねえ、まさか和じゃないわよね?」

「何が?」

「あの男を殺したのって」

「…違うわ、残念ながら。でも、もし私が殺したとしても私、きっと後悔しない」

「秘密を知る者が死んでくれた方が都合が良いから」

寧々は和に問うでもない口調でそう言い放つ。

「そうよ」

そして和は寧々の言葉に頷く。

「…私も、同じ」

「同じ?」

和は寧々の言葉を聞き返す。

「それはあの男が紫園さんの秘密を知っていたという事なのね」

「ええ…あの男は……」

寧々は拳を握り合わすようにして和を見る。

「あの男は私の母と妹を殺した……」

「え……?」

予想外の言葉に和は頭の中が混乱する。寧々の母親と妹が殺された事件の事は聞いていた。それを聞いて和はその事件の事をネットで調べた。読んだ筈の事件の記憶を辿る。確かその事件が起こったのは寧々が小学校一年生の時。寧々が在宅中の白昼の事件だったと記憶している。小学校から帰宅した寧々は妹と隠れん坊をしていて二階の押し入れだったかクローゼットかに隠れていてそのまま眠ってしまった。事件はその間に起きた。寧々が起きて階下に降りた時にはもう事件が起こった後だった。母親と妹の無残な姿を発見したのは寧々だった。でもその時には犯人はすでにそこにはいなかったと記事には出ていた。寧々は犯人を見ていない、だから助かった。確かそう記憶している。

「…どういう事?」

「言った通りよ。あの男、山下岳が私の母と妹を殺した」

「で、でもあなたは犯人を見ていないのでしょう。どうしてそれを知っているの?何故、分かったの?」

「見た…のよ」

「見たって…?」

「私が階下に降りた時、犯人はまだそこにいた。あの男は凶刃に倒れた母と妹を見下ろすようにしてそこに立っていた」

寧々はまるで物語か何かを話すかのように淡々とそう語る。それともそれは無理に感情を抑えようとしているからなのか。

「そこに…いた?」

寧々は殺人現場に出くわしたという事なのか。でもそれならば寧々は何故その事を警察に話さなかったのか。それに犯人である岳は何故、寧々だけ殺さなかったのだろう。もしかして寧々は脅されたのだろうか、見た事を話すと殺すとか、何とか。でも二人もの人間を殺した男が、寧々だけ脅して殺さなかったのは何故なのだろう。まだ小学生の寧々を殺す事を躊躇したとか、なんてありそうもない。犯人は寧々よりも幼い子を手に掛けているのだ。

「そう、私が階下に降りるとあの男は血の滴る包丁を握ったまま振り返って私を見て笑った。私は何が起こったのか分からなかった…でもあの男の肩越しに血まみれで床に横たわっていた母と妹の姿が見えた」

そう言いながら寧々は両手をその胸に重ねるようにして握りしめる。

「そうして言ったの…あの、呪いの言葉を……」

「呪いの言葉?」

「おまえは…おまえは、俺の娘だ……」

「……え…?」

 

 

      <弐百参拾陸(二百三十六)へ続く>

 

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