ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

あなたのため

2024年04月20日 | 文学

 今日は小説を読みました。
 「毒母ですが、なにか」です。

 女子高生が毒母になり、娘を思い通りに育て上げようとする長い物語が紡がれます。

 毒母が70を超えて要介護3になっても、娘は子供の頃の記憶から逃れることが出来ず、絶縁状態を続けます。
 娘は幸せな結婚をし、毒母から逃れるわけですが、自らは妊娠しても堕胎し、母になることを拒絶します。
 自分が実母のような母親になって子供を支配しようとするのではないかと心配だからです。

 文章は少々雑ですが、内容の面白さから、一気に読みました。

 母と娘というのは難しいようです。

 実は同居人も、実母との関係性に苦しんだ一人です。
 言葉の暴力をシャワーのように浴びせ続け、わずか10歳にして自殺未遂を起こします。
 しかしそれは実母の怒りを倍加させるだけでした。
 その後も同居人の存在そのもを否定するかのごとき発言を繰り返します。
 それは社会人になっても続きます。
 社会人になったのだからとっとと家を出れば良いのにと思いますが、毒親は結婚以外で家を出ることを許しません。

 私と一緒になることで堂々と家を出ることが出来たわけです。
 同居人は後に、私を評して、実家からの呪縛を解いてくれた王子様だったと述懐するにいたります。

 しかし私との結婚は、純粋な両性の合意のみに基づいて結ばれた、純粋な愛だったと私は信じています。
 実家を出るための打算的なものだとは思っていません。

 毒親が必ず繰り出すフレーズはあなたのためを思って、です。
 これこそ呪いの言葉です。
 これによってどれほど多くの子供が傷ついているかしれません。

 子供の頃の話だけではありません。
 毒親が生きている限り、毒親との戦いは40年でも50年でも続くのです。

 今の同居人、介護をしているのに、母親から感謝の一言もなく、もっぱら罵倒されているそうです。
 せっかく実家を出ることが出来たのに。

 呪いはまだ続くようです。

 私は両親から愛されて育ちましたから、そのような親子関係は想像すらできませんが、きっと世の中にはたくさんいるんでしょうね。
 自分の子供を信じてください、と言いたいですね。


 


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ある男

2024年04月14日 | 文学

 昨日は同居人が休日出勤であったため、一人の土曜日となりました。
 世間の中年男は奥さんがたまに留守をすると、一人を満喫できるので喜ぶと聞いたことがあります。
 私はそんなことはありません。
 深く同居人に依存していますので、もし同居人に先立たれでもしたら、孤独に耐えられないのではないかと考えただけで怖ろしくなります。

 で、気晴らしに小説を読みました。
 平野啓一郎の「ある男」です。
 映画化もされているようです。

 

 林業に携わる夫が事故死して、残された妻子は嘆き悲しみます。
 しかし、奇妙なことが起こります。
 ほとんど絶縁状態だった夫の実兄が焼香にくるのですが、遺影を見て、これは弟ではないと断言します。
 では、夫は何者だったのか、知り合いの弁護士が探偵ごっこを始めます。
 そして明かされていく真実。
 それはとても怖ろしいものでした。

 ネタバレになるのでこれ以上は紹介しませんが、純文学作品でありながら、謎解きの要素を含んだスリリングな物語に仕上がっています。
 同居人のいない土曜日を慰めてくれた秀作だと思います。
 


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花見

2024年04月07日 | 散歩・旅行

 今日は昨日とは打って変わって好天に恵まれました。
 そこで、酒と主に乾き物のつまみにおにぎり弁当を仕込んで千葉県立青葉の森公園に出かけました。




 

 

 多くの老若男女、善男全女がシートを広げて花見に高じていました。
 ここはなにしろ県立公園なので、的屋もおらず、広々してしかも静か。
 花見は騒々しいのも良いですが、年を取ると静かな花見が良くなるようです。



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花冷え

2024年04月06日 | 散歩・旅行

 今日は小雨がぱらつき気温が上がらない、しかし桜は満開の花冷えでした。
 こんな日に飲食を伴う花見は行うのは無理なので、千葉県立青葉の森公園で花を観ながら散策しました。
 明日、天気が良かったら酒肴を仕込んで花見を行いたいと思っています。











 桜だけではありません。
 花の公園なのです。






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マチネの終わりに

2024年03月31日 | 文学

 平野啓一郎の「マチネの終わりに」を読了しました。
 知りませんでしたが、映画化もされているようです。



 恋愛小説というくくりになるのでしょうが、それだけではありません。
 天才クラシックギター奏者である蒔野とジャーナリストの洋子の関係性を軸に物語は構築されています。
 そこには天才音楽家であるための恍惚と苦悩が語られ、ジャーナリスト故の世界の出来事に対する一種の憤りみたいなものが色濃く描かれます。

 恋愛小説と言っても、若い人のそれではなく、38歳の男と40歳の女、中年同士の恋愛です。
 ただし、二人とも独身なので不倫というわけではありません。
 もっとも、洋子はアメリカ人の男と婚約していますが。

 二人はたった3回会っただけで、互いに激しく魅かれあいます。
 しかし、蒔野を慕うマネージャーの女の偶然が招いた策略により、二人はボタンの掛け違いから、相手から疎まれるようになったと感じ、4度目の逢瀬はおあずけとなります。

 その間、二人はそれぞれに恋をして別の相手と結婚し、子供をもうけます。
 そのままなら、昔の恋の思い出として終わったのでしょうが、マネージャーの女は罪の意識に耐えられず、夫にも洋子にも何年も前の策略を告白してしまいます。
 しかし蒔野も洋子も、それぞれに忙しく、また家庭を持つ身になっています。
 洋子はアメリカ人の夫と離婚していますが、二人の間の息子とは定期的に会っています。

 現在は現在であり、過去は変えられません。
 二人はたった3回の逢瀬を胸に、熾火のように恋心を持ち続けているわけです。

 私は今過去は変えられない、と書きました。
 しかし蒔野と洋子は出会ったばかりの頃、以下のように語り合います。

 人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えているんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか。

 含蓄に富んだ言葉だと思います。
 私たちは常に過去を変えながら生きているのだとしたら、過去に囚われる必要はないし、囚われてはいけないと思います。

 二人が出会って5年半。
 逢うことが無くなって何年も経っています。
 しかしその長い時間の後、蒔野がニューヨークで行った演奏会に洋子は客として密かに聞きに行き、舞台上から蒔野は洋子が客席にいることを気づいてしまいます。
 コンサートが終わるにあたって、蒔野は、マチネ(昼の演奏会)の後、セントラルパークの池の辺りでも散歩したいと思います、と語ります。
 それは当然、洋子に向かって語られた言葉です。

 そしてセントラルパークの池のベンチで、二人はついに再会を果たすのです。
 物語はここで終わります。

 二人の間に再び恋の炎が燃え上がるのか、互いの今の生活を守るために、懐かしい旧友として短い会話の後にそれぞれの道を歩むのか、語られることはありません。

 中年男女の長くて切ない恋を描いて秀逸です。
 ただし、平野啓一郎という小説家、あまり恋愛小説は向かないような気がしました。

 

 


 

 


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時計

2024年03月30日 | 散歩・旅行

 年度の終わりの土日。
 新年度に襲い来る怒涛の忙しさに恐怖して打ち震えています。
 
 千葉市の気温は24度まであがり、不安を少しでも軽減するため、お出かけしました。
 桜が開花したばかりで花見は無理だと分かり切っていましたが、千葉城桜祭りの様子を見に行きました。
 ほんのわずか、咲いていました。

 
 それでもたくさんの人が花が無いのに野外で宴会を繰り広げ、静寂を破っていました。
 的屋もたくさん出ていて、すっかり気分はお花見です。

 来週末はきっと満開でしょうから、酒肴取り揃えてお花見に出かけたいと思っています。

 帰りにそごう千葉店に寄りました。
 色々見ているうちに、木工細工の掛け時計を発見、置時計にもなります。
 今リビングに置いている置時計、私が25歳で独り暮らしを始めるときに使い始めた物で、もう30年も使ってしまいました。
 リフォームをした時から新しい置時計が欲しいと思っていたのですが、なかなか気に入るものが無くてそのままにしていたのですが、良い出会いで時計を見つけ、購入したしだいです。


  ↑これが古い時計です。

 こちらが新しい時計。

 素朴な感じが気に入りました。

 その後デパ地下で和食のお弁当を購入して帰宅しました。
 今日はこれから風呂に入って週末恒例の二人だけの小宴です。
 ほんのひと時、酒の力で不安を吹き飛ばそうと思います。

 


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依存症

2024年03月23日 | 精神障害

 大谷選手の専属通訳の水原氏が解雇されました。
 ギャンブル依存症で、使ってはいけない大金を使ってしまったようです。

 依存症というのは種類がたくさんあって、アルコール依存症、薬物依存症(合法薬も含む)、ギャンブル依存症、買い物依存症、セックス依存症、などなど。
 私は良くお酒を呑むし、抗精神病薬、抗不安薬を飲み続けているので、アルコール依存症や薬物依存症(ただし合法薬)になるリスクを常に持っています。
 いや、あるいはすでにどちらかもしくは両方の依存症になっているのかもしれません。
 抗精神病薬や抗不安薬を飲まないとまともに働けませんし、毎晩の晩酌はすっかり習慣になっています。
 自分は酒と薬で死ぬんだろうなと、ぼんやり思ったりします。

 3つ上の先輩で、肝臓がんで亡くなった人がいます。
 48歳でした。
 アルコール性肝炎から肝硬変になり、肝臓がんになるという、酒で死ぬ典型のような推移をたどりました。

 この人、20代の頃から破滅的な酒飲みでした。
 毎晩ウィスキーのボトルを1本開け、泥酔して眠り、出勤しても頭がぼうっとするらしく、トイレでこっそりウィスキーを呷る、いわゆる迎え酒を毎朝していたようです。
 本人いわく、迎え酒をすると二日酔いが治るのだとか。
 一瞬脳をごまかしているだけだとは思いますが、私は特に注意することもなく聞き流していました。
 迎え酒をしないと脂汗がだらだら流れ、手が震えるのだそうです。

 この先輩とは何度か痛飲しましたがとにかく飲み始めたら終わらないのが苦痛でした。
 20代半ばの頃から「俺は酒が原因で50歳までは生きられないと思う。だけどやめられない」と言っていました。
 結果は予言どおりになってしまいました。

 しかし先輩の呑みっぷりを知っている身としては、よく48歳まで生きたな、というのが偽らざる心境です。
 アルコール性肝炎というのは進行が遅いんでしょうか。

 アルコールはもちろんですが、精神病薬の中では特に抗不安薬が依存性が高いと言われています。
 しかし私は抗不安薬を36歳でうつ病を発症した時からずうっと飲んでいます。
 根が真面目なので処方された薬は必ず飲んでいます。

 最近厚生労働省から抗不安薬を漫然と処方することはリスクが高いので止めるようにとのお達しが出たと精神科医が言っていました。
 しかし今更抗不安薬を飲むなと言われても困ります。
 きっと離脱症状が出ると思います。

 推測ですが、厚生労働省の偉い医務官が代わったのではないかと思います。
 組織というもの、上が代わるとガラリと変化していきますから。

 他の薬はともかく、抗不安薬は適量を続けたいと思っています。
 もちろん、酒はほどほどにして。


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鏡の中は日曜日

2024年03月20日 | 文学

 先般読んで非常な感銘を受けた「ハサミ男」の作者、殊能将之の本格ミステリ「鏡の中は日曜日」を読みました。

 これを読んで、私は懐かしい気分になりました。
 小学校高学年の頃、学校の図書室にあったシャーロック・ホームズシリーズや、エラリー・クイーン、アガサ・クリスティのミステリを熱心に読んでいたからです。
 その後私は本格ミステリに興味を失い、読むことがなくなりました。
 「ハサミ男」はどちらかというとホラー・サスペンスの趣があり、興味深く読んだので、同じ作者の小説を読んだわけです。

 

 フランスの詩や本邦の短歌、考古学に知識が豊富なことがよく分かる、教養のある作家です。
 それだけに文章にも品があってしかも読みやすい。
 夢中で読んで、文庫本560ページの長編を一気に読んでしまいました。

 しかし、私はやはり本格ミステリに興味を失っているようです。
 要するに、面白いだけなのです。
 明日には内容をわすれてしまいそうです。


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本心

2024年03月19日 | 文学

 かねて読み進めていた平野啓一郎の「本心」を昨夜読了しました。
 平野啓一郎と言えば、大学在学中に「日蝕」でデビューし、同作で当時史上最年少で芥川賞を受賞しました。

 その流麗でやや難解な文章から三島由紀夫の再来とまで言われました。
 私もその作品を読んで、とんでもないやつが出てきたと思った記憶があります。

 しばらく平野作品を読まないでいたのですが、数年前「ドーン」という作品を読んで、違和感を覚えました。
 擬古典的で美的な作品が、近未来SFみたいになっていたからです。
 作家の興味関心は大きく変わり、人類はどこへ行くのか、ということをテーマにしているように思いました。

 で、今回読んだ「本心」
 これも近未来を描いた作品です。
 最愛の母を事故で喪った29歳の青年。
 深い喪失感から、VF(ヴァーチャル・フィギア)を作成する会社に頼んでVFの母親を作り、毎日ゴーグルを付けて母と会話します。
 VFの母親は会話を通して学習し、本物の母親に近づいていきます。

 母親は事故で亡くなっていますが、自由死という制度を使った自殺を考え続けてきました。
 安楽死ではありません。
 尊厳を守るため、自らの意志で、医師の了承の元、静かに死んでいくのです。
 母親が自由死を望んだ理由はたった一つ。
 もう十分、だからです。
 もう十分という言葉、小説のなかで繰り返し出てきます。

 自由死を迎えるにあたっては、死の一瞬前に、最愛の人に手を握られて死を共有することが出来るとか。

 また、仏教的と言うか、宇宙物理学的というか、あまりにも長い宇宙の歴史の小さな点でしかない人は、死後、宇宙そのものになるという縁起が語られます。

 主人公は貧しい暮らしをしているわけですが、ふとしたことから大金持ちの年下の友人を持ち、彼に雇われる形で裕福な生活を始めます。
 こちら側からあちら側に移るのです。
 その時、元風俗嬢とルームシェアをしているのですが、彼女も年下の友人と仲良くなります。

 この3人の微妙な関係性、主人公の出生の秘密、母親のVFとの会話、それによって知られる母親の過去。  

 それぞれに忙しく、ほろ苦い毎日を送っているのですが、誰の本心も語られません。
 そもそも本心という物が存在するのか疑わしいと思わせます。

 格調高い文体で、死、宇宙といった哲学的な主題が、主人公たちの切ない生活を通して描かれ、読者は自然と厳粛な気持ちになっていきます。

 文庫本で475ページほどの長編ですが、読みながら、終わらないでくれ、と思いました。
 永遠にこの物語の中にいたい、と。
 こういうことは滅多にありません。

 三島由紀夫の「鏡子の家」、小林恭二の「電話男」、恒川光太郎の作品群でそう感じた程度です。

 

 食わず嫌いをしていた平野啓一郎の最近の作品にも親しんでみたいと思います。


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消えない月

2024年03月16日 | 文学

 昨日、人事異動の内示がありました。
 私は動きませんでしたが、私が信頼する部下が異動することになり、ショックを受けています。
 東大卒で記憶力が良く、気が利く人でした。
 そろそろ30歳になろうかという女性です。
 後任はなんと54歳で、職場でも有名なヒステリックなおばさんです。
 ヒステリックなだけではなく、仕事が杜撰でミスが多い人です。
 私と同期で、大ベテランですが、就職したばかりの頃とあまり変わっていません。
 年度末はただでさえ憂鬱なのに、優秀な部下が去り、ミスだらけのおばさんが来ると言うことで、立ち直れません。

 午前中は憂鬱を吹き飛ばそうと近所をひたすら歩き回りました。
 少しは気が晴れたかというとそうでもなくて、来年度一緒に働いてみなければ何とも言えません。

 午後は気楽に読めるミステリを読みました。
 「消えない月」という本を読みました。
 ストーカーを扱った小説で、ストーリーはそこそこ面白いのですが、文章が稚拙です。
 ラノベみたいな感じです。

 世の中にはおよそ面白くない内容なのに、うっとりして生理的快感を覚えるほどの名文を書く人がいます。
 そうかと思えば物語を作ることには長けているのにイライラするほど文章が下手な人もいます。
 この小説の作者は後者でした。
 それでもストーリーの面白さで読了しました。
 この作家の作品はもう読むことは無い気がします。

 


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憂愁

2024年03月11日 | 精神障害

 年度末のこの時季、毎年そうですが、意味不明な焦燥感に駆られ、気持ちが落ち込みます。
 まして今度の4月に頼りにしていた直属の上司が異動するとあって、例年に無く憂愁濃い日々を送っています。

 若い頃は50代にもなると全て達観して仕事関連で落ち込むことなど無くなるのだと思っていました。
 しかしそれは当然ながら大嘘でした。
 人間100歳まで元気で生きたとしても、その時々の問題を抱えて落ち込んだりするのだろうと思います。
 まして双極性障害を抱えた私ならなおさらです。

 昨日の日曜日は少しでも気を晴らそうと、千葉公園のあたりを2時間も歩き回りました。
 しかし肉体的疲労が精神を鈍麻させ、鈍麻するがゆえに頭がぼうっとして落ち込みが少々緩和されるだけで、それは酒に酔ってひと時落ち込みを忘れるのと変わりありません。
 要するに年度末に集中する仕事を一つ一つ片づけて、更な状態で4月を迎える他ありません。

 それにしても50代も半ばになって何を細かいことを気にしているのでしょうね。
 我ながら情けなくなります。

 それでも、私は突き進むしかありません。

 最後の病気休職からもう15年も経っています。
 15年間、紆余曲折があり、気持ちが沈むことも多かったとは言うものの、とにかく出勤を続けました。
 若い職員は私がかつて病気休職を繰り返していたことなど知りません。
 むしろ傲岸不遜な事務大王と見られているような気がします。
 それならそれで、私は大王の仮面をかぶったまま、やり過ごしていこうと思います。 

 


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荻窪メリーゴーランド

2024年03月10日 | 文学

 昨夜は歌集「荻窪メリーゴーランド」を読みました。

 35年くらい前になるでしょうか、俵万智が「サラダ記念日」という口語の歌集を出して論争が巻き起こりました。
 新しい短歌だ、とか、なぜ自由詩で書かず、三十一文字に載せるのか、だとか。
 当時大学生で国文学を学んでいたのですが、高名な歌人でもある岡野弘彦先生という方から源氏物語を勉強していました。
 岡野先生、古い歌人の代表として俵万智と比較されて激怒していました。

 懐かしい思い出です。

 そんな論争が嘘のように、今では口語短歌なんて当たり前の物になっているようです。

 「荻窪メリーゴーランド」は男女の歌人が歌を詠みあう相聞歌のような体裁を取っています。
 男の歌人が木下龍也という人で女は鈴木春香という人。
 初めて目にする名前です。

 相聞歌によって、一組の男女の恋の始まりから悲劇的な終わりまでを描いて、まるで短編小説のような趣を醸し出しています。
 もちろん短歌ですから、細部は分かりませんが。

 財布を無くした女が交番を訪れたのと同じタイミングで、財布を拾った男が交番に届けにきて出会うのが最初。

 もしここで出会えなければもう一度わたしは財布を無くしただろう
 「恋人はいますか?」なんて言えなくて代わりに聞いた「また会えますか?」

 といった短歌。
 そして二人の仲は深まり、

 手袋を外してから手を繋いでも皮膚の分だけ遠いと思う
 ねぇスーモ、毛づくろいしてあげるから同棲にいい部屋を教えて

 に至ります。

 しかし何があったかは分かりませんが、

 刃をわたるひかりが君と君を結び刺すことは刺されることだった
 脇腹が鋭利に熱いままの夜そうか退場するのはぼくか

 という悲惨な結末を迎えます。

 なかなかに面白い趣向の歌集だとは思いましたが、どうしても口語短歌には違和感を感じます。
 私の言語感覚が古いのでしょうか。
 この歌集、様々な意見があると思いますが多分二人の歌人、どちらももう読まないと思います。

 


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死の時間

2024年03月09日 | 文学

 昨夜は江藤淳による愛妻を看取った手記「妻と私」と自分史的な「幼年時代」それに福田和也、吉本隆明、石原慎太郎、3氏による江藤淳への追悼文が所収された文庫本を読みました。
 200ページ足らずということですぐに読み終わりました。

 江藤淳という高名な文芸評論家の名前くらいは知っていましたが、敬して遠ざけ、ついぞ読んだことがありませんでした。
 文芸評論を読むくらいなら、文芸作品を読んだほうが良いと思っていたからです。

 このたびその著作を読むことになったのは、書店で見つけてなんとなく、というのが実態です。

 「妻と私」は末期がんに侵された妻を看病し、看取り、さらには妻亡き後著者自らが大病して闘病する様子を描いたものです。
 その筆には鬼が宿ったがごとき迫力があって、読む者を圧倒します。
 江藤夫妻には子供がおらず、二人だけで、夫婦と言うより同志愛のようなもので結ばれて生きてきたような印象を受けます。
 妻を看病しながら、時間は日常的な時間と生死の時間という分類ができ、しかも生死の時間は死の時間にならざるを得ないと言うことに気付いたことが語られます。
 しかも死の時間はとても甘美なものである、とも。
 著者は死に行く妻とともに甘美な死の時間を過ごすわけですが、その死後、日常的な時間に戻ることが大変困難になります。
 江藤淳は妻の死後わずか8カ月で自殺しています。
 脳梗塞から生還した後の自分は形骸に過ぎず、その形骸を自ら処分するだけだ、という意味の短い遺書を残して。
 もちろん肉体の痛みや衰えが激しかったのでしょうが、妻を恋うるあまりの後追い自殺、もしくは時間がずれた心中とも解釈できます。

 二人の絆がどれほどのものであったのか、他人には推測すらできません。
 二人だけで楽しく暮らし、その挙句、心中のような最期を迎えるのは切ないことです。

 私たち夫婦にも子供がおらず、いずれはどちらかが独り生き残るはずです。
 二人一緒に死ぬのだとしたら、それは不幸な事故に巻き込まれたはずで、そのような最期を望むはずがありません。

 私は自分が独り生き残ることが想像すらできず、そのようなことになったら江藤淳のように同居人の後を追ってしまうかもしれません。

 私たち夫婦にとっては他人事ではありません。
 生死の時間を生きざるを得なかった強烈な読書体験で、それはとても怖ろしいものでした。

 その時が来るのが怖くてなりません。
 


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ハサミ男

2024年03月08日 | 文学

 三日ほどかけて、ミステリの傑作と呼ばれる「ハサミ男」を昨夜読み終わりました。
 以前、もう15年ほど前に映画版を観たことがあるのですが、その時の印象はまぁまぁ面白かったかな、という程度のものでした。
 改めて原作を読んでみて、物語の重層性やミステリでありながら高い文学性を持った文章に深い感銘を受けました。
 タイトルは陳腐と言ってもよいくらいですが、中身はまったく違います。
 先日本屋を訪れた際、帯に、「古典にして大傑作! えっまだ読んだことが無い!?」という煽情的な言葉が並び、つい、買ってしまいました。
 結果、大当たりだったというわけです。

 

 女子高生を絞殺し、その後喉にハサミを突き立てる、という殺人が2件発生。
 警察の捜査も虚しく3人目の犠牲者が出てしまいます。
 警察は当然同一犯の犯行と見て捜査を始めますが、どこか奇妙です。
 3人目の殺害現場には喉に突き立てたハサミと同じ物がもう一つ落ちていたり、ハサミの先を鋭角に研磨していたのが、荒かったり。
 そして3人に共通しているのが、全く性的暴行の跡が見られないことです。

 この物語は犯人と医師と呼ばれる二人の対話と捜査する警察との2つの視点からのエピソードが交互に語られるのですが、ラストに至って、読者は大いに騙されていたことに気付きます。
 騙されていたことが快感に感じるほど見事なものです。

 この作品は作者である殊能将之という人のデビュー作で1999年に発表されたとのことですので、少々古いことは古いですが、古典と呼ぶには新しいと思います。
 しかし古典と呼ばれるほどの衝撃と高い文学性を併せ持っているということかと思います。
 作家は2013年に49歳の若さで亡くなっているとのことで、もう新作は出ないのかと思うと寂しいかぎりですが、私がまだ読んでいない作品が10以上あります。
 それらを読むのが今から楽しみです。

 「ハサミ男」、是非ご一読ください。


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13回忌

2024年03月04日 | その他

 昨日は実家の寺で亡父の13回忌。
 首都圏に住む親族のみで執り行われました。
 父が亡くなってから12年経ちます。

 雪がぱらつく寒い日、浅草寺病院にお見舞に行って、その翌日の未明、帰らぬ人となりました。
 最後のお見舞いから葬儀、私が激やせしたことなど、父の死をめぐる日々のことは鮮明に覚えています。
 私にとっては世界の終わりが来たような、衝撃的な出来事でした。

 でも変ですね。
 40を過ぎたおっさんが父親の死をそこまで嘆くなんて。
 順番だから仕方の無いことなのに。
 
 昨日の法事で久しぶりに顔をあわせた叔父や叔母は当たり前ですが衰えていました。

 足が弱くなった者、人工透析になった者、様々です。
 私が54歳ですから、みなさん後期高齢者です。

 頼るべき子供がいない私たち夫婦の老後がどうなるのか、不安を感じました。

 そのなかで一人元気そのものだったのが、87歳を迎える家政婦です。
 この人、私が高校1年生の頃から勤めているので、もう38年になります。
 長く続ける家政婦が少ないなか、極めて異例です。

 学童疎開を経験した戦中派で、しかも実家のお寺の檀家でもあります。
 檀家仲間が来れば当然昔話に花を咲かせます。

 極めて多い来客の応対、適度な運動になる家事をこなし続けていることが元気の源なのかもしれません。

 定命は天の知るところ。
 人が知ることではありません。

 嘆こうが叫ぼうが亡くなった人が生き返ることはありません。
 それでも、私自身が死の床に着くまで、私は亡父がこの世にいないことを嘆き続けるのだろうという予感を捨てきれずにいます。 


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