ShortStory.427 嘘の狼 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 

 花火は多くの人の心を惹きつけますね。

 ええ…だからあの混雑っぷりにも納得できますw

 

↓以下本文

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「おい、何で遠回りするんだ」

 

 子豚の一郎が言うと、弟の二郎が眉をひそめた。

 

「兄ちゃん知らないのかい。この先の家には、

 狼が住んでいるんだ。見つかったら食われちまうよ」

 

 彼の言葉に、隣を歩く三郎も頷いた。

 一郎が目を凝らして見ると、確かに道の向こうには

 三角屋根の家が見えた。

 

「僕、知らずに家の前を通ったやつが食われたって、聞いた」

 

 三郎が身震いしながら言う。

 その言葉を聞いて、他の二匹も同じように震えた。

 

「ここに居るのも危ないじゃないか」

 

 一郎がそう言うと、全員は一様に顔を青ざめさせて

 逃げるようにわっと駆け出した――

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 鍬(くわ)を担いで歩く二郎が、後ろを振り返った。

 先ほどまでいた分岐路は、すでに遠く離れている。

 

「ああ、怖かった。寿命が縮まったよ」

 

 まだ三郎は息を切らしている。

 一郎は道端の枯草を蹴って、ため息をついた。

 

「実際に出くわしたら、縮まるどころじゃないさ」

 

 彼が言うと、二郎が跳び上がった。

 

「恐ろしいこと言うなよ。兄ちゃん」

 

 一郎もからかったつもりはないようだった。

 狼への恐怖からか、想像が止まないらしい。

 

「一体どんな狼が住んでいるんだろうな。

 子どもかな。それとも、大人かな。一匹とは限らないぞ」

 

 声を低くしてつぶやく一郎に、隣を歩く二郎は首を振った。

 想像を打ち消そうとしている彼の横で、三郎が言う。

 

「僕、大きな大きな大人の狼だって、聞いた」

 

 三匹は同じように大人狼を頭に思い浮かべて、

 その大きな口、口に並んだ牙、牙の鋭さに震えあがった。

 

「優しい狼だっているよな。きっと」

 

 一郎が言うと、きっとそうだと二郎も頷いた。

 しかし、三郎だけは目をきょろきょろさせていて落ち着かない。

 

「僕、獰猛で残忍な狼だって、聞いた」

 

 性格によらず狼は豚を襲って食べるというのに、

 その上、救いようのない気性の持ち主だと知れば、他の二匹は

 冷や汗をかく他ない。曲がった尻尾の先まで冷たくしながら

 三匹は足早に道を進む。振り返れば、分岐路も

 三角屋根も、すでに遠く離れて見えなくなっていた。

 

「三郎は、見たのか? その狼を」

「いや、僕は聞いただけ。村の皆がそう言うんだ」

 

 三郎が首を振る。

 

「本当は誰も居ないとか、そういうことはないかな。

 噂だけが独り歩きしてさ。本当は狼なんていない、とか」

「疑っているなら確かめればいいじゃないか。自分の目で」

 

 彼の言葉に、一郎は目を丸くして震えた。

 本当に狼が住んでいたら、間違いなく食われてしまうだろう。

 

「冗談じゃない。そんな事出来るわけないだろう。なあ二郎」

「そうだそうだ。そんな恐ろしいこと誰も出来ないよ。

 賢豚危うきに近寄らず。昔からそう言うじゃないか」

 

 三匹の子豚は身を縮ませて帰ると、それ以降

 三角屋根に至る道に近づかなくて済むように、地図を広げ、

 明日から通る道をすぐに調べたのだった――

 

 

 

 

 三角屋根の家に数匹の動物たちが集まっていた。

 その全員が、村では禁止されている酒を飲んでいる。

 兎の正男は、白い顔を赤くしながら笑っていた。

 

「せっかくの酒を飲むのに、豚が混じってちゃ台無しだろう」

 

 彼が集団の長らしく、その言葉に全員が笑った。

 誰かが酒を飲み干して、景気の良い息を吐いた。

 

「ばれたらどうする? あいつらの親は山羊の村長とも仲がいいんだぜ」

「ばれることはないさ。弱虫の三郎に、ここにはでかい狼が住んでる、

 そう吹き込んであるんだ。怖くて家に近づけもしないさ」

 

「三郎のやつ、俺にも言ってきたんだぜ。あそこには狼が

 住んでいるから気を付けた方がいいよってな。

 そんな事知ってまーす。本当は隠れて皆で酒飲んでまーすってな」

 

「おいおい、人の親切心を馬鹿にするなよ。あいつは本当に

 気のいいやつなんだ。村で、狼がいると嘘の情報を広めて、

 結果的に狼少年になったとしてもな。いや、この場合は狼“子豚”か」

 

 一同が笑う。

 誰かが酒の樽を叩いた。

 

「もし万が一、あいつらがここへ確かめにきたら……」

「その時はこう言ってやる。その勇気に、その見事な豚鼻に、乾杯」

 

 正男がおどけて杯を掲げると、再びどっと場が沸いた。

 

 その瞬間だった。突然扉が開き、大きな影――狼が入ってきた。

 その場にいた全員が口を開けたまま、目を見開き、

 声も出せぬまま固まっていた。狼はそんな様子に

 全く反応することなく、確かめるように室内を見渡した。

 

「獰猛で残忍で、態度の大きな狼がいると聞いたんだが」

 

 低い声は喋るだけでも唸りを帯びている。

 強い肉食獣のにおいが、酒の匂いに混じり広がる。

 狼の彼は大きな体を部屋の中に入れて、

 周囲の動物たちを見た。杯や樽、匂い、動物たちの

 蒼白な赤ら顔を見て、状況を察したようだった。

 

「偉そうな奴がいるなら懲らしめてやろうと思ったんだが、

 そういうことか。くだらねえ」

 

 感情の薄い口調でそれだけ言うと、

 足元でがたがたと震えている兎を見下ろした。

 彼は杯をもった手を掲げながら、声も出せずにいる。

 酒の匂いをとがった鼻先で嗅ぐと、狼の彼はふんと笑った。

 

「うまそうだな――」

 

 その言葉を聞いた瞬間、誰かがひいっと声を上げた。

 しかし、誰も動けない。逃げ出せない。唯一の扉の前には

 狼が立ちふさがっているのだ。狼の彼は兎の正男に

 顔を近づけると、鋭い牙をのぞかせた。

 

「その酒。まだあるんだろ。それで許してやる」

 

 相変わらず感情の籠らない声だったが、

 その言葉に正男は震えながらも、なんとか頬を緩ませた。

 

「あ、あります。まだ、こっちに樽が」

 

 彼が背を向けたその瞬間、狼は後ろからその首に

 食らいついた。断末魔の叫びが室内に響き渡る。

 他の動物たちはすでに生きた心地もせぬまま、

 呆然としていて、失神する者もいた。数分もしないうちに

 声も音も止み、狼は再び平然と立ち上がった。

 

「お前ら嘘が好きなんだろ」

 

 口角を上げると、彼はそこで初めて笑みを浮かべた。

 顎の先から何かがしたたり落ちる。

 

「俺もだよ――」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

<完>