ShortStory.441 勝利の女神 | 小説のへや(※新世界航海中)

小説のへや(※新世界航海中)

 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 

 最近、不規則な更新となっております。すみません。

 時間は自分でつくるもの。そんな言葉もありますが、日々忙しさに

 押し流されております。なるほど、1年をあっという間に感じるはずだ…w

 

↓以下本文

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 雨が降っていた。

 校舎は濡れ、空と同じように暗い色をしている。

 いくつもの傘が列になって校門へと向かう中、

 校庭を走る姿があった。

 彼以外に雨の校庭を走る者はいない。

 濡れた地面を蹴る音も、下校の喧騒に紛れて

 今は聞こえない。足元に散る水滴だけが

 彼の走る速さを物語っていた。

 脇目も振らずに駆ける彼は、

 誰の指示を受けるわけでもなく、

 誰と競争するわけでもなく、ただただ

 練習に励んでいる。近い大会はないが、

 数か月先の大会を目指して走り続ける。

 

 校舎の脇のベンチに、彼女は座っていた。

 彼と同じく傘を差さずに、静かに座って校庭を眺めている。

 長い髪も白い服もまったく雨には濡れていなかった。

 記録を取るわけでもなく、声をかけるわけでもなく。

 走り続ける彼を黙って見つめている。

 眺めることが目的なのだと言わんばかりの様子で、

 その表情にはどんな感情も見出すことは出来なかった。

 

 嬉しそうでも悲しそうでもなく、楽しそうでも

 退屈そうでもない。無心とも一心とも取れるような

 まっすぐなまなざしが、走る彼に向けられていた――

 

 

 

 

勝利女神

 

 

 

 

 晴天だった。

 雲一つない空から日差しが降り注ぐ。

 競技場には大勢の人が集まり、大会の規模を

 表していた。学校ごとの塊が広いベンチを

 埋めていて、つぎはぎのパッチワークのようになっている。

 トラックには競技を進行する係りや、 参加する選手たちが

 集まっていた。本番に向けて体を動かす者もいる。

 スタートの電子音が鳴れば、どこかで競技が始まった。

 応援の声が沸き起こり、会場内に響いた。

 

 競技場を上からぐるりと囲むようになっている観客席。

 その一部は立ち入り禁止区域になっていて、

 応援の学生や一般の人が出入りできなくなっていた。

 歓声の中にあっても、その場所だけは切り取られたかのように

 静かである。そんな場所に、彼女は座っていた。

 無風の時も、長い髪は風に揺れているように見える。

 その瞳の眺める先には、以前と同じく彼がいた。

 出番が近いらしく、彼は招集場所にいる。

 彼女はひとりではなく、両隣に少女が座っていた。

 彼を見つめる彼女の表情とは異なり、

 少女たちの顔には豊かな感情が浮かんでいる。

 

「そろそろですね」

 

 一方の少女が楽しそうに言った。

 招集場所にいた選手たちがトラックへと向かっていく。

 もちろんその中に彼の姿もあった。

 彼は練習の時と変わらない真剣な表情で歩いていく。

 

「いよいよですね」

 

 他方の少女が嬉しそうに言った。

 スタート場所に並んだ選手たちは、着々と

 準備を進めていく。体勢を整え、

 後は合図を待つだけである。一瞬、喧騒が潜む。

 

 そして合図の音と共に、その声が再開した。

 大勢の集まる競技場の中だというのに、

 彼らが蹴る地面の音まで、耳へ届くようだった。

 

 駆ける選手の中に、彼もいる。

 

「私たちも応援しますか」

「追い風でも吹かせましょうか」

 

 彼女の表情を窺うようにしながら、

 少女たちは訊いた。しかし、彼女が頷くことはなく、

 その視線は彼の方へ向けられているだけである。

 返事や反応がないのは

 いつものことだと言わんばかりの様子で、

 少女たちはお互いの顔を見合わせて笑った。

 

 結局何もせずに彼女と同じように

 選手たちを眺める。

 

 ふと、彼女が微笑んだ。

 

「あ、笑った」

 

 表情の変化に気付いた少女たちが、声を合わせていった。

 青空のもと、声が沸き上がる。

 

 先頭でゴールしたのは、彼だった――

 

―――――――――――――――――――――――――――――
<完>