ShortStory.452 夢の旅行 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 

 オールスター感謝祭。息が長いっすよね…。

 ONEPIECEも、ゆくゆくはそんな存在になっていくのかなあ。

 長寿番組・漫画は 『ナガナガの実』 を食べたんですか?(←訊いちゃった)

 

↓以下本文

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「ん……」

 

 視界が真っ白になる。

 眩しさに思わず手で目を覆った。

 途端に腕がきしむ。久しぶりに筋肉を動かした、そんな感じだった。

 ここはどこだ。病室か。自分の家ではない。

 

「お帰りなさいませ」

 

 横で聞こえた声に首傾ければ、女性が見えた。

 私はベッドの上。彼女はその傍ら。

 真っ直ぐと立つ彼女はスーツ姿で、看護師ではないようだ。

 数値は正常です。どこかからそう聞こえた。彼女が頷く。

 

「井上壮次朗様。夢旅行のご利用、ありがとうございました――」

 

 

 

 

 

 

「夢旅行?」

 

 よくわからない。そもそもここはどこだ。

 考え始めると、途端に頭が痛くなった。

 水色のスーツを着た女性が微笑んでいる。

 その胸の札には『ドリームトラベル社 浅木』とある。

 

「夢旅行“1年で10年体感”コースはいかがでしたか?」

 

 彼女が何を言っているか全くわからなかった。

 私の頭がおかしくなったのか、誰かに担がれているのか。

 胸が詰まり咳が出た。ひどく乾いた咳だった。喉に痰も絡む。

 

「あの、何が何だか……私は事故にでも遭って病院に

 連れて来られたんでしょうか。記憶があいまいで……」

「ご心配なく。皆様、“起きた”すぐは少し混乱されますが、

 しばらくすれば元の記憶も戻ってくるかと思います。

 井上様の場合は期間が長かったので、それだけ時間が――」

 

 実夏は? 想太は? 妻子の名前を口にして尋ねると、

 彼女はタブレットを操作し、画面を確認してから笑顔で答えた。

 

「実夏様、想太様は、夢内設定人物ですね」

 

「せってい? いや、私の妻と息子なんですが」

「井上様は独身でいらっしゃいます。彼女たちは事前の

 ヒアリングをもとに私どもが設定したプログラムでございます」

 

 まるで映画やドラマのような話に、私は思わず失笑した。

 プログラムも何も、はっきりと日常の記憶だってあるのだ。

 

「何を……私は結婚していますし、この前だって息子と遊園地に」

「すべて、弊社が行いました設定でございます」

 

 私は周囲を見回した。壁にも天井にも怪しいものはない。

 どこかにカメラが隠してあって、ドッキリ番組かなんかに

 なっているのだろう。こんな平々凡々な男を騙して

 何の得があるのかはわからないが。カメラはどこだ。

 

「井上様が勤務なさっている会社の名前はご存知ですか?」

「会社? 当然です。ほぼ毎日勤務していますから。

 友命工業です。勤続8年。生産ラインの管理改良を任せられて……」

 

「イノウエ製薬はご存じではないですか?」

「いのうえ? そんなの、そんな会社……」

 

 自分でもよくわからないが、口ごもってしまう。

 そんな会社知らない筈だが、聞いたことがあるような気もする。

 いのうえせいやく。井上製薬? そういう会社があったか?

 あったかもしれないが、いのうえなんてよくある名前じゃないか。

 

「イノウエ製薬元社長、井上壮次朗。それがあなたです」

 

 そんなのは知らない。そう言おうとして、頭に鋭い痛みが走った。

 イノウエ製薬。社長。いや、何を言う。私は平社員じゃないか。

 まだまだ先輩の多い会社の中堅だ。そんなわけがない。

 そこまで考えて、咳き込んだ。衝撃が全身に響いて痛い。

 

「だから、私は友命工業で……」

「それは設定です」

 

 彼女の背後から小男が現れ、何か言う。

 彼の言葉に対し、彼女は 「持ってきてくれる?」 と返した。

 こちらに向き直れば、先程までと同じ笑顔だ。

 

「そのような会社自体、現実には存在しません」

 

「嘘だ。うちの会社は昭和、平成、令和と続いている歴史の長い……」

「そういう設定です」

 

「社員だって百人超えてて、それぞれ家族だっていたし……」

「そういう設定です」

 

「景気がよくなったり、不況になったり、この国で、他の国で

 何かあったり。ほら、例年にない豊作だとか、

 家族で遊びに行った街だとか、食事に行った場所だとか、

 親戚だとか、友人だとか、そうだ去年孝之が亡くなって……」

「そういう設定です」

 

「馬鹿を言うな!」

 

 自分の声が、私たち二人しかいない部屋に反響した。

 わかりました。彼女はそういうとタブレットを操作し、

 私の目の前にかざした。動画が再生される。

 白い部屋。テーブルに向かい合って座る、二人の男。

 ひとりは、私だ。画面が小さいので細かいところまで見えないが、

 雰囲気で分かった。スピーカから、やり取りする声が聞こえてくる。

 

『わかりました。では、こちらにご署名を』

『……これで、よろしくお願いします』

 

『念のため再度確認させていただきますが、ご家族、ご友人の

 方々には確認済みということでよろしいですね』

『ええ、独り身ですし、親しい友人もいません。

 会社も引退しています。今あるのは金と時間だけ。

 早く夢の世界に行きたいものです。違う人生を歩んでみたい』

 

『夢内にこちらの記憶は再現されません。

 事前に行ったヒアリングをもとに、記憶を設定させていただいて

 おりますので。幼少期の記憶も、好き嫌いも、友人関係も思い出も、

 すべての経験はこちらのプログラムによる設定です。

 同じなのは名前だけ。まったく別の人生です。よろしいですか』

『まったく問題ありませんよ。それを望んで申し込んだのだから――』

 

 動画は続いている。

 男は会社の人間らしい。その彼に連れられて、私は別の

 部屋に行き、おぼろげに記憶に残るベッドへと横たわる。

 そう、今私のいるこのベッドに。

 

 実に巧妙な手口だ。私に見えるのは特殊メイクか。

 それこそ設定は脚本家だな。どの局だ。何の番組だ。

 嘘だ。そんなこと。私には記憶があるんだ。

 実夏や想太との記憶だって、本物だ。

 早く会いたい。いきなり行方をくらませたりして

 心配していることだろう。だから、早く――

 

「ありがとう」

 

 部屋に入ってきた小男が彼女に何かを手渡した。板状の物とケース。

 彼女はケースの中身を確認すると、小男に向かって頷いた。

 私にも少し見えた。注射器のようなもの。

 混乱している筈なのに、それは鎮静剤か何かかと

 冷静に思考が働いていた。私が取り乱して暴れ出したら

 人を襲った熊よろしく打ちこむのだろう。

 馬鹿馬鹿しい。こんなの嘘だ。ありえない。

 もう、何も聞きたくない。考えたくない。そんな私に彼女が訊く。

 

「井上様の御年齢を教えていただけますか?」

 

 うるさい。言いたくない。考えたくない。

 熱い。目の奥が熱い。馬鹿馬鹿しい。何でこんな事。

 

「さ、さんじゅう、よん……」

 

 彼女が掲げた鏡。背けたかったはずなのに、気付けば凝視していた。

 映っていたのは老人だ。皺だらけの男。髪だって白い。

 笑ってしまう。ひきつった皮で笑う。私だった。私だ。この男は、私だ。

 記憶がかき乱され、沈み、浮かび上がってくる。

 34歳。私は34歳だ。この前の誕生日だって、家族で祝って――

 

「井上様の実年齢は89歳です。少しお休みになられて結構ですので、

 落ち着いてから、終了手続きを行いましょう」

 

 微笑んだまま彼女は会釈し、部屋の外へと歩き始めた。

 私は思わず腕を上げて、彼女を呼び止めていた。

 

「あの、も、もう一度……夢を見ることはできないのでしょうか」

 

 言い終わる前に咳込んだ。喉に絡んだ痰が不快で、息苦しい。

 彼女は振り返ると、貼りついたような笑みを向けた。

 

「夢旅行サービスの費用は高額です。

 一番低額なサービスでも数億円。井上様に、2度目に必要な

 資金がおありでしたら、こちらとしてもぜひ検討させていただきます。

 ただ、本サービスは満90歳までとなっておりますので、

 お急ぎください。それでは私は、新規お客様の対応がございますので――」

 

―――――――――――――――――――――――――――――
<完>