ShortStory.455 初夏の客 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 

 皆さん、GWいかがお過ごしでしょうか?

 そういえば、ミスGWっていましたね。CTなごみの緑。なつかしいw

 ※ONEPIECEを知らない方はスミマセン(CT謝罪の紺)

 

↓以下本文

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「暑いな」

 

 夏木(なつき)は、店先のベンチに座っていた。

 コンビニの半分ほどしかない大きさの店には、いつも

 コンビニの半分ほどの客もやってこない。

 昼食になるようなものも売っているが、

 ほとんどが飲み物や日持ちする商品ばかりだった。

 空を見上げれば、雲ひとつない青色が広がっている。

 緩い風では涼しさを感じるにはもの足りず、

 彼は手を団扇にして、その顔を何度かあおいだ――

 

 

 

 

初夏の客

 

 

 

 

 この店は、山近くにある休憩所だった。

 隣にはアスファルトで固めた広い駐車場がある。

 今停まっているのは、彼の小型トラック一台だけだ。

 白地に土や錆の茶色い線がいくつも入っている。

 最近はバイクや自転車でやって来る客が多く

 駐車場の需要は減る一方だった。

 黙っていれば、昔はこうじゃなかったと

 語り出しそうなその駐車場に、夏木は時折苦笑する。

 

 店の前を横に走る道が一本。バイクが横切った。

 登山道にも、向こうの道路にもつながっている。

 道を挟んで店の向こう側には、山のふもとを覆う

 深い森が広がっていた。人はこの森を樹海と呼んでいる。

 山にも森にも珍しいものはあるようで、

 カメラを携え、森へ向かう観光客もたまにいる。

 熊は出ないが、鹿は出る。食べ物見せれば猿が来る。

 忠告か解説かわからないような案内を、夏木はよくしていた。

 

 風が吹くと、森の木々がざわめいた。

 新緑などと呼べば、表現が些か可愛すぎるだろう。

 目の前に広がる森は、海そのものだった。

 手近なところには花が咲き、蝶が舞っている。

 しかし、少し奥の方を見やれば、そこには影が差し、

 何かを飲み込もうとするような“深み”があった。

 その先に山があることはわかっているのに、

 どこまで森が続くのかわからない。そう感じさせる。

 

「いらっしゃい」

 

 ここまで歩いてきたらしい客が店に向かってきた。

 若くはないが、歳をとってもいない。ひとりだ。

 夏木はベンチから腰を上げることなく、そのまま会釈した。

 相手もまた、楽しんでも疲れてもいない顔を彼に向けた。

 そう思ったのも、晴れの日差しが地面から照り返し

 客の表情をまぶしく曖昧に隠していたからだ。

 水はありますか、と訊く相手に、夏木は頷いた。

 お茶もコーヒーもありますよ。そう付け加えた。

 これといって意味のない、惰性のような台詞だった。

 

 水のペットボトルは冷えていた。

 ちょうどお金を受け取ると、テープも貼らず、

 袋にも包まず、レシートの類も渡さずに、商品だけを

 手渡した。客が会釈したので、彼も頭を傾けた。

 ろくな接客もなく、結局ベンチに腰かけたまま

 夏木はやり取りを終えた。

 自分が何故そんな対応をしたのか、彼には

 何となく心当たりがあった。多分そうなのだ。きっと。

 

 客は道の向こうへと歩いていった。

 軽さを感じさせる服装。背中のリュックが見える。

 荷物を見ながら、夏木は片方の手を肩にやって

 念入りに揉んだ。目は相手を見ている。

 他に見るべきものも、客もいないのだ。

 つまり、この観察さえ惰性にすぎなかった。

 その客は地図を見なかった、携帯も見なかった。

 左右を見なかった。足元を見なかった。

 

 目的地が明確なのだと結論付けるのは間違いだ。

 相手に目的の場所などないのだ。彼は、そう思った。

 迷いなく進むのはなぜか、夏木は知っていた。

 この店を長く続けるうちに、彼は気付いた。

 目標も目的もなく、人は何かを決めることがあるのだと。

 だから、彼らは目を閉じていても道に迷うことはない。

 何かを決めかねている人間は、道を渡らない。だから、

 店主に話しかけたり、立ち止まったり、荷物を確認したりするのだ。

 

 いらっしゃい。

 そう口にした時から、夏木はわかっていた。

 時折、彼の方から客に話を切り出すこともあるが、

 相手にはその必要がないのだとわかった。

 案の定、客は喉の渇きを忘れていなかった。

 それを我慢することもなかった。簡単な話である。

 渇きを癒すための準備を、何ひとつしてこなかっただけだ。

 今日はことのほか暑く、喉が渇いた。店があり、水があった。

 

 水を売った。

 それだけをして、夏木は再びベンチに座っている。

 相手の姿はもう見えなかった。

 風が吹くと、森の木々がざわめいた。

 声が聞こえるので向こうを見ると、自転車が4台

 こちらに向かって走ってくるところだった。

 シャープでカラフルな自転車に乗り、若者たちは

 荷物で一杯に膨らんだリュックを背にしていた。

 

「いらっしゃい」

 

 彼らが駐車場の端に自転車を停めるのを見て、

 彼は立ち上がった。腰を叩きながら、

 今度はその腕を真上に伸ばして思い切り息を吸う。

 店の小ささに不安を覚えたのか、若者のひとりが

 夏木に向かって飲み物は売っているかと尋ねた。

 水でもお茶でもあると答えると、冷たいコーラが欲しいと言う。

 日差しに目を細め、少ないがアイスもあると彼が教える。

 すると、彼らは顔を見合わせ、嬉しそうに笑った――

 

―――――――――――――――――――――――――――――
<完>