ShortStory.464 決まった未来 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 

 もう8月が終わってしまった…そんな風に思ったあなた。

 ご心配無用。8月の暑さ、まだしばらく続きますよ (←続かなくていい)

 と、こんな作者が書いた文章ですが、それでもよろしかったら、ぜひご一読を。

 

↓以下本文

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 少女は電車のホームにいた。

 いつも通りだった。

 

 だから、休みの前のいつも通りを思い出していた。

 思いを巡らせる必要もなく、ただ自然に。

 

 朝の駅は混雑する。

 声や音が混ざり、大きな流れになる。

 

 少なくともここに、留まるという選択肢はない。

 来た電車に乗る。行先も決まっている。

 

 そう、行先で起こることも。

 この先も未来も、きっと――

 

 

 

 

った未来

 

 

 

 

 ホームから駅前の風景が見える。

 建物が並び、車が走り、人が歩いている。

 

 フェンスの向こうもいつも通りだった。

 人は前を向いて歩ける。後ろ向きな気持でも。

 

 アナウンスが何かを言った。

 しばらくして電車がやってきた。

 

 少女が立つ側と、反対の電車だった。

 風、音、流れ込んでいく人。扉は閉まった。

 

 バッグをかけた右肩に、殆ど重さはなかった。

 バッグの中には何も入っていなかった。

 

 先頭に立つ少女の後ろに列ができていく。

 すぐ後ろの少年たちは、楽しそうに笑っていた。

 

 教室で周りの子が笑っていると、無性に気になった。

 外を歩いていても同じだった。

 

 親しい人がいるわけでもないのに。

 誰が彼女の話をしているわけでもないのに。

 

 いつも通りとはそういうことだった。

 同じ場所に行けば同じことがある。当然だった。

 

 もちろん、同じ電車に乗れば、その先に

 同じ道、同じ学校、同じ教室、同じ人、同じ――

 

 だから少女は、同じ電車に乗ることをやめた。

 来た電車に乗れば、行先は決まっている。

 

 アナウンスが聞こえた。

 そんなものが無くても彼女は気付いただろう。

 

 敏感だった。風に、空気に。その気配に。

 毎日、毎日思っていたのだ。ああ、来る。ああ、来た、と。

 

 周囲から浮いたその列の先頭で、

 彼女は前を向いていた。

 

 人は前を向いていられる。

 前を向いている。後悔は見えない。

 

 電車の風が近づいてくる。

 いつもが近づいてくる。

 

 口の渇きも、何も感じていなかった。

 足が引っ張られるように進んだ。

 

 それはまるで、抵抗も何もなく、

 吸い込まれるようだった。

 

 それが少女の見た未来だった――

 

 

 

 

 

 

 音が鳴る。風が過ぎる。電車が通る。

 いつも通りだった。

 

 足は止まっていた。

 後ろを振り向くと、同級生の姿があった。

 

 たまに話す程度の大人しい少女だった。

 おはよう。それだけ言うと、眼鏡の彼女は前を指さした。

 

 乗らないの? そう訊いてくる。

 前を見れば、扉の開いた電車があった。

 

 乗るよ。少女はそう答えた。

 何の感情もない、そっけない言葉だった。

 

 気づけば彼女の周りはいつも通りになっていた。

 空気も人込みも、全部全部生きていた。

 

 電車の中で、横の人にぶつかりながらも、

 二人は近くに立っていた。

 

 ぎゅうぎゅうと押されながら、少女は軽いバッグを

 胸に抱いた。何も入っていないのに、なぜか温かく感じた。

 

 隙間から、眼鏡の少女が見ている。

 どうしたの、大丈夫? 正面から言われ、彼女は頷いた。

 

 目の奥が熱かった。足が震えていた。

 それがわかって、胸が急に苦しくなった。

 

 先ほどの光景を思い出していた。

 吸い込まれるようにして、前に進めた足。

 

 留まったのは、羽交い絞めにされたわけでも、

 肩を掴まれたわけでもない。

 

 腕をつつかれただけだった。

 腕を少しつつかれただけで、足は止まった。

 

 濡れた目を擦って、前を見た。

 前を見れば何もない、そう思っていたところに、彼女がいる。

 

 どこか痛いの? 心配そうに訊いてくる相手に、

 彼女は、ううん、大丈夫と答えた。

 

 電車が次の駅に留まる。

 人が流れて体が持っていかれそうになる。

 

 しかし、目的の駅はもっと先だ。

 そこには、人込みに押されながら足を踏ん張っている彼女がいた。

 

 その近くに、同じように踏ん張っている誰かがいる。

 二人は顔を見合わせると、互いに乱れた髪を見て吹き出した。

 

 行先は決まっている。

 そこは同じ場所で、同じ人がいて、同じことをするだけかもしれない。

 

 いつも通り、楽しいかもしれないし、苦しいかもしれない。

 でも、その行先は誰にもわからない。

 

 

 未来は、そう決まっている――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――
<完>