ShortStory.495 彼女の仕返し | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 

 いじめは絶対にいけません無論、犯罪もです。

 

↓以下本文

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 他人(ひと)は皆言うだろう。

 何もそこまでしなくても、と。でも、理屈ではないのだ。

 許せなかった。ただただ、許せなかった。

 あんな仕返しでは全然足りない。

 同じ苦しみなど、味わえるはずもない。

 泣いたって許さない。謝罪も言い訳も聞きたくない。

 あの時の私の気持ちを、彼女はわからない。

 

 これは仕返し。

 彼女は、当然の報いを受けただけ。

 

 仕事の悩みが原因だったとか、私生活がどうこうだったとか

 周りは勝手に結論付けるだろう。

 何もわからないくせに。何も知らないくせに。

 野次馬なんて、昔からずっとそうだ。

 誰も助けてくれない。

 

 でも、ほら

 

 やっとだ

 

 ふふ

 

 ざまあみろ――

 

 

 

 

の仕返し

 

 

 

 

 私は彼女にいじめられていた。

 

 同期の中で一番仕事のできた彼女からしたら、

 どんくさい私は格好の獲物だったのかもしれない。

 容姿端麗、機転が利き優秀。人とのつながりを

 つくるのもうまかった。だから、入社当時から

 彼女の周りには自然と人が集まった。私とは正反対だった。

 

 私は、わからないことがあってもすぐに人に訊けなかった。

 頼んだり、お願いしたりするのが下手だった。

 その結果、作業を間違えてしまったり、

 不十分な書類しかつくれなかったりした。

 当然のことながら仕事は私のもとで滞り、上司から

 叱責を受ける毎日だった。そんな私を“助けて”くれたのは

 同期の彼女だけだった。

 

 手際のいい彼女は、自分の仕事を済ませたうえで

 私の仕事を手伝ってくれた。間違いがあれば修正し、

 わからない作業は教えてくれた。同期入社だというのに、

 まるで彼女は、面倒見の良い先輩社員のようだった。

 そんな彼女の姿を見て、周囲はなおのこと彼女の評価を上げた。

 

 惨めさに目に涙をためながらキーボードを打つ私の横で、

 今日も彼女が微笑んでいる。その細く綺麗な指で、

 ディスプレイを指しながら。その美しい口で、

 私を静かに罵倒しながら。

 

 私たちの関係は、入社の時から決まっていたのかもしれない。

 同じ部署に配属され、オフィスで挨拶をした。

 すらりとした彼女の横に立ち、自信と愛嬌に満ちたその

 自己紹介を聞いていると、恥ずかしく思えた。

 理由なんてない。今まで生きてきて、そんな状況何度も

 経験したはずなのに、耳が熱く赤くなるのを抑えられない。

 しどろもどろの私の自己紹介に、気まずい空気が流れたことだけは

 覚えている。彼女の時は、笑いさえ起きていたというのに。

 かつての私なら、なんでこんな思いをしなければならないのかと

 憤慨し、立ち去っていたかもしれないが、今の立場で

 そんなことができるはずもなかった。

 

 会社に入って2週間ほどたったころだった。

 彼女に『クズ』だと言われたのは。

 

 いつものように要領の悪い私は、定時退勤などできるはずもなく

 オフィスに残りパソコンに向かっていた。一人また一人と

 社員が去っていく中、彼女は私のもとにやってきた。

 ごく自然に肩に手を置かれ、私は思わず身を強張らせた。

 私と彼女は違う人間だ。そう体が感じているようだった。

 

 わからないことがあったら何でも訊いてね。

 隣の席の先輩にも言われたことのない言葉だった。

 彼女は笑みを浮かべてそう言った。同期なんだから、

 仲良くしましょう、と。その時の私は疲れていたのだろう。

 早く帰りたいという気持ちが勝って、深く考えもせずに

 彼女を頼ってしまった。もとより、他に質問のできる人などいないのだ。

 

 そんなことも分からないの?クズだね。

 囁くように言われた言葉は、私の耳の奥にまで響いた。

 見開いた眼を彼女に向けると、すでにこちらを見ていなかった。

 パソコンの画面を指さし、てきぱきと説明していく。

 呆けている私を見ると、ほら操作して、などといつもの声色で

 微笑みかけてきた。その日の記憶は、そこまでしかない。

 

 本当に仕事できないよね。会社、辞めちゃいなよ。

 他の人の前では絶対に言わないだろうことを、

 私の前では平然と口にする彼女。なぜそこまで私を執拗に

 攻撃するのかわからなかった。しかし、とろい人間を見つけて

 責めたくなる気持ちはわかるような気がした。

 ストレスのはけ口、優越感。相手が絶対に逆らわない、

 逆らえないとわかっているからこそ、攻撃する。

 

 彼女は仕事のできない私を“助けて”くれる存在。

 私は私で、仕事を失うわけにはいかない。

 彼女に詰られ泣いた翌日だって出勤する。

 会社に行くのが嫌だった。会社に行くのが怖かった。

 昔はこんな思い、想像もしたことがなかった。

 自分が惨めでしょうがない。そんな状況にある自分が

 嫌で嫌でしょうがない。でも、どうすることもできない。

 こんなこと誰にも相談できない。知られたくもない。

 泣くほど苦しいのに、まだ恥ずかしさや自尊心が邪魔をする。

 

 非常階段に出て泣いていると、扉が開いた。

 彼女だ。

 

 急いで目の端を拭ったが、相手にはバレてしまっているだろう。

 今日も彼女は、出来の悪い私を“助けに”来てくれたのだ。

 他の社員に見せつけるようにして微笑み、手を貸してくれる。

 繰り返すごとに彼女の印象は良くなり、

 評価は高くなる。私の印象や評価が下がるのとは対照的に。

 まるで見せしめだ。彼女が私をクソだのクズだの言っているなんて

 誰も思わないだろう。私が相談しても、信じてもらえるのは

 きっと彼女の言い分だ。

 

 ビル風が髪を乱した。

 手すりの向こうには何もない。

 

 彼女は私に近づいてきた。

 笑っている。汚らしいものを見るような目つきで。

 

 許せない。

 

 許せない。

 

 許せない。

 

 

 そう言って、彼女は私を突き飛ばした。

 

 

 腰に鉄策が当たり、上半身が策の向こうへと倒れた。

 空が見え、世界が反転する。

 

 頭の中に、映像が浮かぶ。

 すべてがスローモーションだった。

 

 その中に彼女の顔があった。

 その時は、分厚い眼鏡をかけていた。

 だからわからなかったのだ。

 

 中学校の時、私がクラスでいじめていたあの子だ。

 学校に来なくなって、転校した、彼女だ。

 

 忘れていた。そんな事。

 

 そうか。これは

 

 彼女の仕――

 

――――――――――――――――――――――――――――

<完>