16歳の頃@やっつけぐちゃぐちゃ生活の中で | Day by day

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今日Kyowのこんにち

以下、いつ頃記したブログだろう・・下差し

Upせずのまま忘れて居て・・下矢印写真は、半世紀以上前のわたし・・

まだローティーンだった頃のわたし・・懐かしい・・

何歳くらい?・・

上差し海で行われたイベントのステージで唄うために

東京から初島へ・・

初島はまだ、大自然のままで全く何ひとつ

施設がなかった時代。 初めてのイベント施設の、

オープンイベントに出演のため、自分のグループで

東京から、初めて島へ行った時。 15、6歳?

わたしはその年で、既に歌う事が職業でした。

 

半世紀を遥かに越え突然、見つけたこの写真・・OK

 

・・・旅発つ前に、あわてて自分で縫った、

可愛い小さな花柄のボーダー柄、木綿プリントの

ワンピースを着ています・・上差し

 

襟、袖ぐりに、白いコットンの山テープの半分を生地裏から

縫い付け、縁がギザギザに見える様に、工夫して・・あせる  

・・この時代って、ジュニアの既製品の服は、

お洒落な物が東京でもまだまだ売っておらず、

自分で可愛い花柄小紋プリントなど、ボーダー柄の生地をみつけては、

全て好きなデザインで・・例え雑な仕立てでも自分で縫って着るのが

お楽しみだった少女時代・・

 

上差し今年は我が庭でも、八月に咲きまくってくれた夏のこの花ビックリマークチョキ

・・・

十代始め、って、一生で一番お洒落したい年頃だった・・けど、

その時代は、まだジュニアの洒落た服の既製品は全くなく、

ずっと後になって、teenの服もどんどんお洒落になって行く

時代が来る迄に、その後、何年もかかった気がしてる・・

で、

垢抜けた色や花の、小紋の可愛い生地など見つけに、

登校途上にあった下北沢ほかの、コットン生地屋さんに行く時は、

イメージデザイン画を自分で書いて色を塗り、その絵を持って

生地屋さんに通っていた・・いつも生地屋のオバサンが

「いいネ! そのデザイン画ちょうだい!」って言うので

生地を買いに行く度に、わたしの手描きデザイン画を、

店主にあげて来た・・

 

制服なしの学園生活の高校生時代、 友も皆、とてもお洒落で・・

わたしも気に入ったコットンの花柄生地などを、買っては

自分で好きなデザインに縫い、凄~い雑な仕立てなのに、

色や柄をうまく活かし、多分、一生で一番お洒落だった時期を過ごして・・

 

何年も過ぎて主婦になって・・ある日、歩いていた小さな町で、

新しい小さなコットン生地屋を見つ・・で、わ! わ!驚いた・・!

 

その生地屋では、生地だけでなく、コットン生地で仕立てた

可愛い既製服も売っており・・あせるその既製服のデザイン、

色の使い方、全てわたしが高校生の頃にデザインし、

自分で着ていた物と全くそのまま同じ・・! 知らぬ間に自己の

オリジナルデザイン全てが、既製品になってしまっていて・・ビックリマーク 

びびびっくり・・アセアセビックリマーク

 

・・思い返せば・・生地を買いに行く度に、自分で色鉛筆で描いた

デザイン画を手に持って、イメージに合うプリント生地を見つけて買い、

自分で縫って着て居た・・顔見知りになった生地屋の女店主が、

毎回、「そのデザイン画、頂戴!」って言うので、

手描きデザイン画は生地を買う度、店主へ毎回あげて来た・・あせる

 

わ・わたしのデザイン、知らぬ間に商品になり売られていた・・!叫び

どどど・・どうする?焦った・・あせるあせるけど笑っちゃう・・

ので・・黙って通り過ぎ・・しょんぼり

商品になったデザインと同じ、自分の色鉛筆で描いた

古い絵がうちにも何枚もあり、懐かしい思い出になったまま・・・チョキ

 

生地屋のおばさんに、「あんたは将来、デザイナーだネ!」

なんて言われていたけれど・・わたしはローティーンの頃から

ずっと、歌う事が職業になって、次男もJazzを歌い継いで来て・・

 

現在も唄う事を教えるのが本業、沢山の歌手が育った。

お洒落にこだわった時代はとっくに通り過ぎちゃって

気が付けば、全く洒落けなしの無精者・・

まずいあせるあせる

 

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