『チェコSF短編小説集』刊行記念トーク | First Chance to See...

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 この夏、3泊4日の観光旅行でプラハを訪れて以来、いまだしつこくプラハにかぶれている。「かぶれている」と言っても、真面目にチェコ語を学ぼうとかそういう真剣さはなくて、ただプラハの地図やガイドブックをひっくり返しては「いいなあ、また行きたいなあ」と漫然と思ったりしているだけなのだが、そんな私を煽るかのように、先日、平凡社ライブラリーから『チェコSF短編小説集』という本が出た。

 

 

 SF自体は、正直、私はたいして好きじゃない。むしろ避けて通りたいくらいだが、何事にも例外はあって、イギリス人作家ダグラス・アダムスの『銀河ヒッチハイク・ガイド』だけは大好きだったりする。大好きが高じて、もはや人生の伴侶レベルだったりする。そんな私が、3泊4日のプラハ旅行中に出来心でふらりと立ち寄った本屋でチェコ語訳の『銀河ヒッチハイク・ガイド』を見つけたとあっては、私の中でチェコ人への好感度がうなぎのぼりになるのは当然というものであり、『銀河ヒッチハイク・ガイド』を愛読するチェコのSFファンたちへのお返しとしてこのたびの『チェコSF短編小説集』を読まなければ申し訳ないというものである。

 

(……誰か一人でもこのロジックに納得してくれると嬉しいんだけど、何の説得力もないことは一応自覚してます。)

 

 この短編集、20世紀のチェコSFをバランズよく網羅していて、ざっと一読しての感想は、「SFが不得手な私にも読みやすい作品が多かったが、最初と最後の短編が好き、特に最後の「終わりよければすべてよし」は申し分なし、何ならこれだけ拾い読みするのもいいよ?」。

 

 と、すっかり調子に乗ったところで、昨日、東京・広尾にあるチェコ大使館映写室で開催された「『チェコSF短編小説集』刊行記念トーク」にまで行ってきた。にしても、客層の年齢層が高いこと、関係者っぽい人が多いこと! そりゃ私だって全然若くはないが、ここまで白髪の男性比率が高いイベントに参加することは滅多にない。よく探せば若い人もそれなりにいるけど、それでもチェコ語にもSFにも出版業界にも直接関係のない、私のような通りすがりのミーハーは圧倒的に少数って感じ。ひええええ。

 

 と、内心びびりながら隅っこの席で小さくなっていたが、チェコ大使の挨拶と本の出版を祝うシャンパンでの乾杯(といっても壇上の関係者だけで客席の私たちは見てるだけ)に続き、いざ編者のヤロスラフ・オルシャ・Jr氏による20世紀チェコSFの歴史の概説が始まると、スライドで紹介される古書のカバーデザインのおもしろさも手伝って、終始わくわくしながら聴くことができた。

 

 20世紀初頭、風刺としてのSFから始まって、晴れてチェコが独立国家となった第一次世界大戦と第二次世界大戦の間には、パルプフィクション的なSFもたくさん出回っていたこと、ソビエトの支配下にあった時代には共産主義プロパガンダSFが子供たちによく読まれていたこと、そして(恐らくは)そういった共産主義プロパガンダSFに育まれた子供たちが成長するにつれ本気のSFファンになり、1980年代にはSFの同人誌が作られるようになった——と言っても、当時のプラハではSFの同人誌を作って読むところまではセーフだが売買するのは禁止なので、あくまでファン同士の「交換」という形で回し読みされていたのだそうな。当時、自らも同人活動をされていたヤロスラフ・オルシャ・Jr氏によると、そういったSFファンの集まりには実は秘密警察のメンバーも紛れ込んでいて、反政府的な内容の文章を書いていないか目を光らせていたというから、「SFの同人誌を作って読む」=「いつどんな理由で逮捕されてもおかしくない」という緊張感は常にあったんだろうなあ。

 
 1989年のビロード革命の後、そういった検閲とか逮捕とは無縁となった現在のチェコではSF小説はかなり人気があって、チェコ語ユーザーは1000万人程度であるにもかかわらず、チェコ語SFを書いて食べていけるSF作家はそれなりにいるらしい。1億人以上の日本語ユーザーがいてなお日本語SFを書いて食べていけるSF作家がどのくらいいるかを考えてみれば、チェコでSF小説がいかによく読まれているかわかるというものだ。
 
 『チェコSF短編小説集』の編訳者あとがきは、「チェコの本屋に入ると、そのSFおよびファンタジー部門の棚の広さに目をみはる」という一文で始まっている。私がプラハの書店で感じたのもまさにそれ! 私はSFやファンタジーに限らずいわゆる「ジャンル小説」には総じて関心が薄いけれど、いわゆる人生指南本や自己啓発本の売り場ばかりが増え、表紙がアニメ風イラストじゃない小説本の売り場が狭くなる一方の日本の書店の現状と比べると、正直かなり羨ましいぞ。
 
 ヤロスラフ・オルシャ・Jr氏の講演に続き、編訳者の平野氏と平凡社の編集者のお二人による「終わりよければすべてよし」の朗読があった。
 
 
 この短編小説は、インタビューの形式で書かれているので、小説の朗読というよりは二人芝居に近い。背景のスクリーンに映し出されているのはこの小説のコミカライズ版で、小説そのものとは言葉遣いが違う箇所もあるらしい。
 
 そして最後はヤロスラフ・オルシャ・Jr氏と平野氏のサイン会で終了。もちろん私もサインしてもらった♡
 
 
(イベント会場でも『チェコSF短編小説集』は販売されていて、その場で買ってその場でサインをもらっている人も割といた。思わず「読まずに来てたんかい!」と心の中でつっこんだことは内緒だ)