経営の基本には、バランスシート(貸借対照表)というものがあって、

企業の状況は、同額の「資産」と「負債」によってあらわされる。

単年度の収支(フロー)よりも、この「ストック」のほうがずっと企業経営には重要だとされている。

 

資本主義といわれる世の中である。

こういうことは、中学校か、せめて高校の基本科目で教えるようにすればいいと思うのだが、

経済も経営も、大学など専門課程ではじめて教科となる。

学校やコミュニティの予算決算など、暮らしにかかわる会計の多くは、

予算と比較した単年度の「損益計算」ばかりであって、

大切な「資本」が、単なる「繰り越し金」として眠らせてある。
日本の衰退の一因かとさえ思う。

 

少子高齢化は、一億総資本家とでも言うべき状況を生んだ。

否応なく、親の資本力の差は、子への教育力の差につながる。

格差は、世代を超えて受け継がれる。

 

 ◇ ◇ ◇

 

企業ではなく、人間(家族)のバランスシート、ということを思いついた。

 

資産の部は、流動資産としての「預貯金」と、固定資産として家財や不動産などの「財産」

そして、繰り越し資産として、受けた教育や身につけたスキルなどを計上することができる。

 

負債の部には、支払うべきローン残高や、子どもたちにかかってくるであろう教育費、老後の生活費などが計上される。

1年など期限を区切って、収入に対しての家族全体の生活費をみる「損益計算」はどの家庭でもしているだろうが、

そうではなく、「貸借対照」である。


家やクルマを買うときなど、

長期的に、家計が破たんしないかどうか、これで見ることができるのだ。

 

ただ、こういうふうに見たときの大きな問題点は、バランスシートという名の通り、
上記、繰り越し資産としての「教育やスキル=人間の価値」と、

負債としての「子どもたちへの教育費」や「老後の生活費」と、

本来別々であるべきものの、「バランス」がとれるかどうか、に目が行くということだろう。

 

つまり、ここでは、

稼げる人は資産であり、稼げない人は負債なのである。

大げさにいえば、

差別というものの根源がここにある。

怖ろしいことである。

 

 ◇ ◇ ◇

 

自分自身が、家族にとって

あるいは社会にとって、

資産なのか、負債なのか、ふと考える。

 

中高年といわれる年になって、

なかなかつらい思考実験である。

 

こういうことを考えなくてもよい世の中になればよい、と、

またベーシックインカムに恋い焦がれるのである。

 

 

(写真は、古民家で開いた、一夜限りの酒場