サファイアカップ18日目 決勝トーナメント二回戦の結果日本対オランダ その2 リトル・ガール

2019年08月07日

日本対オランダ その1 烏合のパサー




『決戦の地、埼玉スタジアム2○○2。本日はサファイアカップ決勝トーナメント二回戦。日本対オランダの試合をお送りします。解説には現フル代表、そしてイタリアセリエAで活躍中の葵奈津美選手をお迎えしています。葵さん、本日はヨロシクお願いします』
『よろしく』
『さて、本日の日本のスターティングメンバーはGK芹澤、DFに伊藤、西園寺、木曾崎。MFは藤田、神崎、鷹取、清水、高遠、吉川。そしてワントップに松風となっていますが、このスタメンを見てどう思われますか?』
『そうですね。羽奈と風見が両方使えないという状況であればワントップ仕方ないかなって思いますけど、それにしても中盤が見劣りする感じですね』
『そうでしょうか?今のエンジェル・イレブンの中盤は非常にテクニカルで質の良い選手が揃っていると感じますが?』
『うーんとさ、確かに質は良いけどね。でもそれはMFとして、中盤を締め上げるという目的ならこの布陣でも構わない。でもこの試合は勝たないといけない。そう考えると見劣りするんだよね』
『と、言いますと?』
『単純に言えば決定力が無い。鷹取はいいシュートセンスを持ってるけど、あとはほぼパサーだよね。パスを繋げることは出来てもそこからシュートに持って行く、シュートを打つ選手がいない』
『しかしワントップの松風ならば』
『うん、最近は決定力もつけてきているけど、それでも羽奈と組んでいればこそって面は拭えない。ひとりで局面を打開できる程ではないし、それに相手はオランダだからね』
『なるほど。確かに松風を抑え込めば決定力の乏しい日本には難しいと言うことですね』
『まあ、普通に見ればそうなるね。ただ、松風聖がその事をわかってないはずがない。とも考えたりもするね』
『流石の葵選手でも始まるまでは読み切れないと言うことですね』
『まあね、アメリカ戦で予想外したしね』
『わかりました。強豪オランダへの雪辱を誓う我らがエンジェル・イレブンはどのような試合を見せるのか。まもなくキックオフです!』







 



静岡のトレーニングセンターに残された風見真琴は大型の液晶テレビの前で頬杖を突いた姿勢のままテレビ画面を見つめていた。
右足は真新しい包帯でぎっちり固定をされいる。真琴は空いた手で包帯が巻かれた足を軽く撫でると表情を歪めた。

「マコちゃん、こっちにいたんだ」
真琴は振り返ると、いつものサイドテールをおろした羽奈がマグカップをふたつ持って微笑んでいた。
羽奈は真琴の隣に座ると片方のカップを真琴に手渡した。
マグカップには湯気をあげた紅茶が注がれていた。

「もう部屋から出て良くなったの?」
「うん、やっと許可出た。迷惑かけてゴメンね」
真琴の言葉に羽奈ははにかんだように肩をすくめた。真琴も微笑みを見せるとふたりはテレビ画面に目を移した。
画面にはオランダ、そして日本の選手たちが試合前のウオーミングアップをしている姿が捉えられている。

「……勝てるかな?」
真琴は画面を見据えたまま、そう呟いた。
恐らく、今日の相手は今まで戦った相手の中で、アメリカに次ぐ強豪だ。
そして、2年前はそのオランダに為す術もなく負けた日本。画面からも神妙な表情でパス回しをする日本選手たちとは対照的に、笑顔に溢れリラックスをした表情のオランダ選手が映されている。

「勝つよ。大丈夫」
羽奈もテレビの画面から目を離さずにそう答えた。真琴が羽奈に目を向ける。
その横顔は、真剣そのものだったが、自信に溢れていた。

「だって、みのりちゃんが言ってたもん。『勝つ』って」
驚いたように羽奈の横顔を見た真琴は苦笑しながら頷いた。

「そか、羽奈はそれを信じてるんだね」
「うんっ」
真琴の言葉に羽奈は笑顔を見せた。真琴はその笑顔にまた何度か頷き、カップの紅茶に口をつけた。
紅茶は何杯砂糖を入れたのか、とても甘くなっていた。












試合前のロッカールーム。
オランダ選手の控え室は数名の選手が楽しそうに談笑してるが、残りの選手たちは黙々と準備を整えていた。
楽しそうに笑っているのは3トップの中央を務めるオランダのエース・ストライカーであるアンネ・レインチェス。168センチの身長と高さにも定評があるが、何より盛り上がった胸筋と肩の筋肉だけを見ても、凄まじいフィジカルであることが容易に想像できる。
アンネは肩まで伸びた髪を丁寧に首の後ろでふたつに分けて結び、隣のロッカーの右WFであるエリアン・フラートと話を続けている。
そのふたりを見ながらオレンジのジャージに袖を通し、青いキャプテンマークを左腕に巻いたのが中盤セントラル・MFのリーン・ゼンデン。
U16からオランダ代表のキャプテンを務めるこの少女は顔こそ柔らかそうな垂れ目で柔和な印象を与えるが、守備も攻撃も高次元でこなし、所属のアヤックスでは攻撃的MFとしてシーズン優勝の原動力のひとりとして認知されるスター選手だ。
パスの精度もさることながら、特筆すべきは精度の高いミドルシュート。今大会で既に2得点をエリア外からのミドルシュートで決めている。
その他今日の、いやこれまでのオランダのスタメンの選手の殆どがU16から選出され続けている選手たちであり、それはこのオランダという国が若手の育成に長けていると言うことの裏付けにもなっている。
U16の代表選手が集まったIUS国際大会においてオランダは台風の目だった。
超強豪であるイタリア、アメリカは不参加の大会だったがそれでもその大会で優勝。予選リーグの日本戦では11得点を挙げて大会新記録も樹立した。


「リーン、緊張してるの?」
リーン・ゼンデンの耳元で囁いたのはセンターバックのフエラ・ブリンクマン。
オランダの言葉では名前の発音は「ふぇら」なのだが、表記やその他色々な問題から「ふえら」と言うことになっている。
オランダ一部のヘーレンフェーンに所属する新進気鋭の選手であり、昨季のリーグ戦では3位と躍進した。その中でリーグ戦15試合に出場し、緻密なラインコントロールとハードなディフェンスで脚光を浴びたひとりだ。
そのフエラの囁きにリーンは、肩をすくめる。

「そりゃ、準々決勝にもなれば緊張もするね」
「でも、相手は日本よ。IUS国際大会で格付けは済んだと思うけど?」
「確かにそういう見方もある。でもね、あの頃の日本だったらここまで勝ち進むはずは無い。違う?」
リーンはひどく真剣な表情をフエラに向けた。今度はフエラが肩をすくめた。

「それは、あのキリマ?いやキリマシって選手がいたから……」
「それだけで勝てるようなやわな大会で無いのはフエラもわかってるだろ? これから戦う日本は、もう昔のチームじゃ無い。別の強豪だよ」
「ほんと、リーンは真面目ねえ」

フエラはそう言って笑顔を向けながら、真剣な表情を崩さないリーンの言葉にも一理あると感じていた。
昨夜全ての日本戦をビデオでチェックしたフエラはその内容を思い返す。
緒戦のアメリカ戦は確かにキリマシ?の大活躍、というか彼女の活躍でチーム全体が流れに乗りきってのドローだった。
しかしその後の試合はキリマシ?の活躍だけでは無かった。
コンパクトなパス回しで中盤を支配し、粘り強いディフェンスで得点を許さず、そして少ないチャンスを確実にものにする。昔の日本とは比べものにならない高いレベルのサッカーを見せていた。

(確かに、舐めてかかったら食い殺されてしまう。そんな危険なチームかもしれない)

「それじゃ、同じ事をアンネにも言ってあげたら?」
フエラは未だにゲラゲラと笑っているアンネ・レインチェスに視線を向けた。
「いや、アンネはあれくらい自信過剰な方が良いプレーをしてくれる。暫くは勘違いさせておけばいいよ」
そう言って悪戯っ子のような笑顔を見せたリーンを見て、フエラは両手を上に上げて降参の意思表示をした。

(流石キャプテン、よく見てるわね)












大音量のアンセムが流れ、日本・オランダの選手たちがエスコートガールの手を握って入場すると、客席からは大歓声が響き渡った。
その大歓声が次第にニッポンコールへと変わっていく。

両国の国歌斉唱が終わり記念撮影、キャプテン同士のコイントスが終わると両国の選手がピッチに散らばった。
センターサークルには松風かなえ、そして吉川咲恵のふたりがボールを挟んで立った。

主審の笛がスタジアムに鳴り響き、試合がキックオフを迎えた。







 

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