Footprints | 偽・乱筆記~himagine~

偽・乱筆記~himagine~

当たり障りのない日常の日記や雑記の類です

洗い物をしようと台所のシンクに向かって
腰をほんの少し曲げたところ
ビリビリビリッと電流が流れたかの衝撃が
腰骨のあたり一面に発した。
腰の力が抜けてその場にずっこけそうになったものの
とっさにシンクの縁に手をつき、掴まってなんとか倒れずに済んだ。
とある土曜日の正午を少し回ったくらいのことだ。

なんとか腰に刺激を与えぬように善処して
部屋着から外行き用の服に着替えると
上半身を直立したまま最寄りの整骨院に行った。
そこは週末になるとぱったりと人通りの無くなるオフィス街にあり、
雨だったこともあり患者は一人も居なかった。
私は平日仕事でなかなか通院できないのだが、
土曜に開いてるものだからそこが開院した頃から
「腰に痛いしこりがある」とか「年中脚を吊る」とか
身体のコンディションが悪い度に断続的に通っていて、
保険組合からは随分と煙たがられていた。
そんな事情も有りつつ、このところ調子も良かったので、
そこに行くのは久しぶりのことだった。
で、ひさしぶりに会った院長に「体調は如何でしたか」と問われ、
「ずっと良かったんです。30分前までは…」と
倒置法の前振りから30分前の出来事を斯々然々と説明し、
言われるがまま診察台に俯せになる。
その“俯せになる”という午前中まで何でもなかった動作さえも
結構しんどい。
歳のせいだとは思いたくはないが全盛期に比べて
衰えてはいないかと不安を感じることが散見するようになった。
事を成すには歳を取りすぎてしまった手応えがある。

私は生まれてこの方ずっと低所得で社会の底辺を這うように生きてきた。
それでも現状から脱け出したい気持ちが萎えることはなく、
その残り時間も少なくなってきた半生を
少しでも稼げる技能を体得し生業にすべく始めた資格試験の勉強を、
すでに2年半も続いている。
その間に成し遂げたことは“宅建士”と“管理業務主任者”の資格取得だ。
“マンション管理士”は落ちたが所詮“名ばかり”資格なので
そんなには気にしていない。
今回の資格勉強のconceptは“士業独占業務”だ。
これまでも簿記やFPなど知識が役に立ちそうな資格は取ってきたが、
資格自体は有っても無くてもできる仕事なので、
難易度が中堅levelの資格ということもあり、
それらは履歴書にある程度の箔を付けてくれたが、
然程の裕福さには直結しなかった。
そこで着眼したのがすでに取得していたFPの一分野である
不動産に特化した国家資格だった。
“宅建士”だったり、マンションの“管理業務主任者”だったりだ。
これらは有資格者でないとできない業務があるので
業界においては不可欠な存在ではあるのだ。
そう思い至ってから2年間の勉強期間を経て事は成し遂げたのだが、
その間にまた心境の変化があった。
長いこと転職を考えている今居る会社なのだが、
時折「投資向け不動産は如何でしょうか」と電話がかかってくるのだ。
所謂テレアポである。
以前住んでいた街ではキャッチセールスにあったことがある。
つまり単価の高い見込み販売なので、
人気があれば即完売なのだろうが
人気がないと行き当たりばったりな営業になってしまうのだ。
ブラック業界なのはある程度の覚悟を持っていたつもりだったが、
宅建士などの資格試験に向けた勉強をしている中で
1つ閃いたことがあった。
それらの資格勉強の中で“登記”という
不動産取引記録について勉強するはめになるのだが、
その記録簿の作成がまた独占業務になっているのだ。
必要な資格が“土地家屋調査士”、権利部については“行政書士”だ。
これらこそ絶対的な需要があり、ゆくゆくは独立もできそうだ。
と考えるようになった。
独立はこの資格の検討を始めたあたりから頭を過るようになっていた。
(あくまで私にとってだが)日本の企業社会は、
思想の気持ち悪い人ばかりに感じられて居心地のいい場所ではないのだ。
できればあまり多くの人と関わらず、しがらみを作らず、
淡々と仕事をして
それで管理業務主任者試験の翌週には資格の学校の説明会に出てみて、
いろいろと話を聞いてみて年齢的にも
これを最後の挑戦にしようと新たに決意を固めて、
“土地家屋調査士”の前哨戦になる“測量士補”の資格試験に先ずは挑戦した。
過去の合格率は3割から4割くらいの比較的易しい資格なのだが、
なんと三角関数やらピタゴラスの定理やら“本気の数学”を駆使した
技能体系の資格で、それまでの知識の暗記ではなく、
その場で問題の意図を理解し、算定しなければならないという
これまでの不動産関連資格の中でも最も難解な試験だった。
学校の先生もいまいち適当に話す人だったから、
あまり疑問に答えてはくれず途方に暮れることもあったが、
Webで授業の見逃し配信みたいなことをやっていたので、
忘れたことに関しては何度も何度も見直して
ぎりぎり試験の頃には殆どの範囲の知識を定着させることができた。
試験は5月にあり7月半ばに結果が出た。

“合格”だった。

学生時代から苦手分野の数学を克服して挑んだ試験だったが
3割から4割程度と合格率の極めて高い試験だったので、
然程の感慨深さは無かった。あくまで途中経過でしかない。
しかしながらこれで“土地家屋調査士”試験への足掛かりができた。
ここ数年挑んできた不動産関連資格の中でも
最強の難易度の資格試験への挑戦である。
9月の後半から本格的な授業が始まるのだが、
7月半ばから数学の復習など受験勉強の前提になる知識の授業もあるので
それらにも出てみようと思っている。
元来の苦手分野なので分からないことは
少なくしておきたいという意図だ。
その上さらに夏の冒険計画を幾つも検討している。

その第一段で考えていたのが千葉県の鋸山散策だ。
6月半ば頃から行こう行こうと思っていたが、
いざ予定日になると朝早起きするのが面倒になったり、
いざ現地に着いたら早朝の天気予報が外れて
どしゃぶりの大雨だったので改札を出ないで、
折り返しの電車に乗って帰るなどと
様々な理由で計画は先送りになり、
当初の予定から3週間経ってからの決行となった。
その日は朝から天候も良く、
まだ平坦な道を歩いている間は調子も良かったが、
いざ山道になると途端に息が上がった。
昔からこんな体力だったっけか?と身体能力の衰えを感じた。
現実に昨日より今日の方が歳を取っている。
明日はさらに歳を取る。
そして歳を取ることは成長ではなく老化の傾向にある。
それで“はぁはぁ”いいながらやっとこさ山頂に到着した。
それから石切場、日本寺、地獄のぞき、などを散策し、
巨大な大仏の前に辿り着いた時にはヘトヘトで、
頭部と身体は燃えるように熱く、ふくらはぎもパンパンになり、
そこでようやく冷たい飲み物にありつけて、
そこの休憩所で30分ほどボディバッグを枕に熟睡してしまった。
しかしまぁそれで体調もそこそこ回復し、
まぁまぁのconditionで山を降りると、
帰りの電車に乗る駅までののどかな田舎路をただだらだらと歩いた。
海の近いところで子供の頃は海の近くに住んでみたいと
随分と憧れたのを思い出したりしていた。
駅に着いたが次の電車の時間まで小一時間あり、
私は仕方なく駅前の喫茶店に入った。
私以外に客はいない。店の奥の住居から婆さんが出てきたので
アイスコーヒーを頼んだ。
私しかいなかったので客席の脇にあった
扇風機のスイッチを勝手に付けて強風を自分に当てた。
熱くなっていた身体には気持ちのいい風だ。
そこで私は電車が来る時間までアイスコーヒーを飲みながら
持参していた村上春樹の『1Q84』を読んで時間を潰した。


 

 

 

【蛇足】
サッカーのワールドカップ終わっちゃったね。
今ではもうずっと昔の出来事みたいに感じる。
毎度のことだがW杯の後は祭りの後みたいな淋しい気持ちになる。