日本で最初に大黒天が出現したといわれるお寺です。
文字通り「大黒寺」で、創建は古く役行者が開祖です。
大黒天発祥の地と言われています。

山号:天童山
寺名:天童山 大黒寺 (てんどうざん だいこくじ)
宗派:曹洞宗
本尊:大黒天
創建年:天智天皇4年(665)
開祖:役小角

所在地:〒583-0847 大阪府羽曳野市大黒499

河内西国霊場会 第八番

(2018.9.15訪問)

寺縁起によると、役行者が金剛山で修験しているところに大黒天が五色の雲に乗ってあらわれ
「我は、福を与える神である。縁ある地に我をまつり祈願する道場とせよ。」
と告げられ、役行者は桜の木で大黒天を彫り小堂に祀ったのがはじまりだそうです。
創建当初は、修験道の道場でしたが、天平に入り密教が伝来して空海によって真言宗寺院となる。
その後、織田信長によって堂宇は焼失するが、地元の豪族・大黒豊継の肝入りで再建。
享保19年(1734年)に曹洞宗に改宗して現在に至っているそうです。




大黒寺_山門
大黒寺 山門


大黒寺_山門
山門

大黒寺_打出の小槌
「千年小槌」という石造りの「打出の小槌」

大黒寺_七福神
宝船に乗った七福神の石像
お釈迦様の手の石像
後ろは七福堂
ちょうど雨が降ってきて天気が悪くなってきました。
大黒寺_手水舎
手水舎
大黒寺_七福神
七福神の石像
大黒寺_七福神
こうやって七福神の石像がそろっていると何となく楽しいです。
・・・大黒天は???どこでしょう・・・
大黒寺_石像
裏手にいらっしゃいました。
大黒天の石像
右手に打出の小槌、左手に大きな袋、二つの米俵に乗っています。
一般的なイメージどおりの七福神の大黒様です。

大黒天は、もともとのお姿はかなり怖い感じです。
ヒンドゥー教のシヴァ神(マハーカーラ、摩訶迦羅)が、元の姿で一面二臂で青黒く、忿怒相をしているそうです。
胎蔵界曼荼羅に描かれている大黒天は、外金剛部院の左部(北)伊舎那天の下に摩訶迦羅として描かれています。(胎蔵界曼荼羅の左上から三番目の天部の神)ここでは三面六臂の図が描かれているようです。
別に、「三面大黒天」と言われる大黒天もあり、毘沙門天、弁財天と合体した大黒天だそうです。
このあたりの詳しい変遷はわかりませんが、戦闘神でもあり、財宝神でもあり、暗黒ももっていいるという強力な神様だということですね。

大黒寺_本堂
本堂
本尊:大黒天(秘仏)
本尊の大黒天は甲子の日(きのえねのひ=60日ごと)・節分・正月に開帳されるそうです。
大黒寺_0015
仏殿
本尊:釈迦牟尼仏


大黒寺_0019
法堂(はっとう)
本尊:観世音菩薩(快慶作)
*写真は曹洞宗HPに掲載あり
*河内西国霊場会のHPには「以前、釈迦堂に祀られていた聖観世音菩薩は、現在新しく建立された法堂に安置。この像は白鳳時代の作といわれています。」と記載されていましたが、
曹洞宗HPには「法堂(はっとう)に祀る本尊、観世音菩薩立像は鎌倉時代、快慶作と伝わる。」と記載が異なっていました。
写真を見る限りでは「鎌倉時代、快慶作」であるような感じもします。
(直接説明を伺ったわけではないのでわかりません。)
大黒寺_鐘楼
鐘楼
中国清代の鐘

大黒寺_六地蔵
裏手の墓地の前に六地蔵

大黒寺 公式HP
曹洞宗の公式HPの説明が一番詳しく書かれています。

駐車場:無料
拝観料:無料

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