「エイリアン、故郷に帰る」の巻(44) | 35歳年上の夫は師匠でエイリアン! 

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【夫】台湾人 × 【妻】日本人

国際結婚? いえ、惑際結婚ですから!

気がつけば2男1女。

あの男を見ていると、とても同じ人類だとは思えない。
漢方薬を水なしで飲めるなんて
一体どんな味覚をしてるんだ、あのおっさんは。

「エイリアン、故郷に帰る」の巻(43)

 

 

 

 

 

ある夜。

 

先生のベッドの

傍らの椅子に座って、

先生を見ていた時のこと。

 

 

 

 

 

 

先生が笑った。

 

私の方へ顔を向けて。

 

目は閉じたままだったが、

確かに、私に笑いかけた。

 

にっこりと。

 

 

 

 

 

今でもよく覚えている。

どうして忘れられるだろう。

 

 

 

 

 

それは。

 

師匠に出会ってから、

初めて見せてもらう表情だった。

 

 

穏やかで。

清々しくて。

 

 

素晴らしい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

私はハッとした。

 

そして。

 

自分でも、どうしてだか

分からないのだが。

 

ICUの壁にかかっている

時計を見た。

 

 

針は11時30分と

35分の間を指していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先生は絶対に良くなる。

 

あの笑顔はその前兆だ。

そうに違いない。

 

 

そうじゃなければ、

昏睡状態の先生が

あんなに、にっこり笑うはずがない。

 

 

 

 

 

きっと、先生は、

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。私は良くなるよ。」

 

 

 

 

 

 

言葉の代わりに、笑顔で

私にこう伝えたかったに違いない。

 

 

きっと、そうだ。

 

 

私の願いが叶うに違いない。

私の祈りが届くに違いない。

 

 

 

ここまできて、やっと。

 

希望が見えたような

気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

 

あの笑顔を見た後で

師匠のそばを離れるのは

後ろ髪を引かれる思いだったが、

 

かといって、いつまでもICUに

居座っているわけにもいかない。

 

 

 

 

ホテルに戻ろう。

 

 

 

 

こう思って病院を出たのは、

日付が変わった頃だっただろうか。

 

 

 

台北で一番の繁華街から

歩いて10分ほどの場所にある

この病院の周辺は、静まり返っていた。

 

 

もう、バスは

走っていない時刻だ。

 

 

地下鉄なら、終電に

間に合ったのかもしれないが、

 

なにせ辺りは不気味なほど

静まり返っていて、

 

鈍いオレンジ色の街灯が

点々と大通りを照らす中、

人はもちろん、車すら通っていない。

 

 

 

あまりの静けさに、

繁華街にある駅まで

歩いて行くのが怖くなり、

病院の前でタクシーを拾った。

 

 

 

 

台北駅までとお願いして

タクシーに乗っている間、

 

ICUで見た先生の笑顔を

何度も思い浮かべてみた。

 

 

そうすると、

心が少し軽くなった。

 

 

 

 

 

 

でも。

残念だが。

 

手放しで喜ぶ気持ちには

到底なれなかった。

 

これまでの経験が

私を疑り深くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

ぬか喜びかもしれない...

 

 

 

 

 

 

 

この思いが募って、

素直にホッとできない。

 

 

 

 

 

 

実際に、先生が回復して

起き上がれるようになるまでは。

 

先生が話せるように

なるまでは。

 

先生が自分でご飯を

食べられるようになるまでは。

 

 

 

 

 

私が泣いて喜ぶわけには

いかない。

 

日本に電話して、パパが笑ったと

子供たちに報告することはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった今。

 

いや。

 

やっと今と

言うべきか。

 

 

何年もの間、自分でも

理由が分からなかったのだが。

 

 

 

 

ICUで先生の笑顔を

見た、あの時。

 

どうして時計に

目をやったのか。

 

 

 

 

この記事を書いていて、

ようやく分かった。

 

 

 

 

 

 

 

記念になると思ったからだ。

師匠が回復した時の。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「先生、覚えてますか?

あの夜、私に笑いかけたでしょ。

 

あれはね。

確か、11時半過ぎ頃でしたよ。

 

あの夜を境に、先生はどんどん

良くなっていったんですよ。」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと、本能的な

ものだったのだろう。

 

 

先生の笑顔を見た私は、

瞬時に先生の回復へと

期待を膨らませ、

 

後々、こんなような

語り草にできたらと、

無意識に時間を確認したのだ。

 

 

 

 

 

 

かと言って。

 

日本に電話をかけて、

子供たちと一緒に

喜べるわけでもない。

 

 

 

お見舞いに来る義家族に

言うつもりもなかった。

 

言ってどうなるものでも

ないことは、分かっていたから。

 

 

 

 

 

 

まだ、すべては

闇の中だった。

 

 

 

 

 

 

だから。

 

嬉しいのと同じくらい、

切なかった。

 

 

あの場で、先生に笑い返す

ことができなかったのは、

 

ただ単に、

 

先生が笑顔を見せてくれたことに

驚いたからだけじゃない。

 

 

 

 

 

あの夜の師匠の笑顔は、

誰かと分かち合うことのできない

私だけの希望だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの夜。

 

真夜中の台北の街を走る

タクシーの中から

外を眺めていた私の肩を

 

今の私がそっと

抱きしめてあげられたら、

どんなにいいだろうと思う。

 

 

 

 

一言でいい。

 

 

 

 

 

 

 

「先生の笑顔を見られて、

嬉しかったよね。」

 

 

 

 

 

 

 

こう声をかけて

あげられたら。

 

 

どんなにいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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