市長表敬訪問と謎解き | 日本は世界を平和にします

日本は世界を平和にします

オーストラリアに移住してから日本がとんでもなくいい国だと言うことに気が付きました。
世界を平和にするのは日本ですよ、間違いない。
でもそのためにはまず日本が元気にならなくっちゃね。
ダーウィンから応援しています。

ダーウィンへ寄港中の帆船『海王丸』の船長さんと通信長と共に、市役所へ行ってきました。目指すは先代海王丸が83年前のダーウィン寄港を記念して作られた石碑。すると予定では入っていなかったのに市長さんが出迎えてくれたのです。

 

海王丸IIの写真と共に記念撮影。

これ見れば、石碑が海王丸関係の物だとわかりますからね。今までは表示がなかったので、日本人以外は分からなかった。というか日本人でもよくわからなかった。私は以前この石碑の写真を自衛隊の方に見せたのですが、あまり反応がなかったのが、今回海王丸の乗組員の方々に見せたら皆さん感動。石碑に書いてあった謎のマークの意味も分かりましたよ、コンパスなのだそうです。「見ればわかるよ」と言われましたが、一般人にはわからないよ~!

 

 

これが海王丸マーク、謎の一つが解けました!

 

先代海王丸の乗組員の方曰く、「このような石碑が残っているのは珍しい」のだそうです。海王丸は色々なところ、昔のパラオやバタビアなどにも寄港していますからその先々にメモリアルが!というわけではないんですって。

 

 

という事は、ダーウィンでは特別の”何か”があったのでしょう、何があったんでしょうかね、、、、、、、船からいただいた昔の航海報告書(旧かな文字の厚い資料です)を読み、石碑について書かれたダーウィンの日本人墓地に関する本を読んで、謎を解明中ですよ。当時の時代背景を理解すると、段々理由がわかってきました!今度まとめて書きます。

 

さて市役所訪問後、市長さんとNT政府のマイケルさんと共に、船に案内してもらいました。このマイケル氏も私と同じく海王丸と石碑の関係にいち早く気が付き、やきもきされていた方なので、嬉しそうでしたよ。

通信室や船員さんの寝室、講義を行う講堂や、帆を収納、修復している部屋などに案内してもらい、いろいろ勉強になりました。

 

ダーウィンと日本の歴史を熱く語る市長さんです。

 

 

 

そうそう、前回の記事で書いた問題というのはですね、今回NT政府も市役所の方々も、海王丸の船長さんに先代海王丸の石碑を公式に紹介しなければならないことは分かっていたわけです。なんといっても83年ぶりに戻ってきたわけですから、、、 しかし正式な場を設けるには時間が無さ過ぎた!とにかく全員が困ってしまっていたわけですが、なんとかギリギリのところで市長さんと、石碑の保存作業に関わった上述のマイケルさんが同席することができたので良かったな~と思っています。

 
 
翌日は出港で、私もふ頭に見送りしましたが、行ってよかった、感動しましたよ。また続きは明日~
 
 

 

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