どうもこんばんは、資格とっ太郎です。
来月は宅建、その次は行政書士、
と、資格試験が立て込む時期になってきましたが、ここ最近はサポート側に回るばかりで、
自分自身では全く資格を受験していない、全然「資格とっ太郎」ではない僕が、
今日もブログを書いていきますよー。
そもそもなぜ僕は最近、まったく自分自身で資格を取らなくなったのだろうかと。
最後に受験したのは5年前ですからね。
マジで「資格とっ太郎」なんておこがましいですよ。。
ネーミングセンスの欠片も無くて、実態も伴ってないっていうダブルパンチ。
そして、名前変えたくてもこれで定着してしまったから変えようにも変えられないっていう。
気付いたらトリプルパンチで顔面ぼこぼこですが、
まあそれはさて置き、僕が最近資格試験を受けてないことについて少しだけ自己分析して、過去にメルマガで配信した回が合ったみたいなんで、
例によってそれを今日はブログでもシェアしておこうかな、と思います。
僕が資格とっ太郎を名乗り始めたのはもう6年前ですかね。
初めて資格を取り始めたのはさらに昔の14年前くらいの高校時代です。その時に、工業系の資格を結構受験しました。
危険物乙4類に始まって、電工2種と1種、電験3種に、ボイラー系の資格も何か取ったような気がします。
工業高校関係の人はご存知かもしれませんが、在学中に資格を取得すると試験の難易度に応じてポイントが獲得でき、一定以上のポイントを獲得すると「ゴールドマイスター」という謎の認定証が貰えるシステムがあるんですが、それを獲得するくらい、高校時代は資格を頑張って取ってました。
で、工業系の資格は高校の時に頑張ったから、次は全く畑違いの法律系に挑戦してみよう、と思ったのが6年前くらいの事ですね。
その頃に資格とっ太郎を名乗り始め、当時から資格マニア的なことを公言していたのですが、
実際は資格を集めること自体を目的に受験しているわけではなく、
“生かす”
という目的を、過去受験してきたどの資格でもかならず持ったうえで取り組んできました。
そういう意味だと、本質的な「マニア」とは厳密には違うわけですけど、
とにもかくにも、資格は“生かす”という前提でしかそもそも僕は受験をしません。
なので、名前だけの資格とか、自分に必要とは思えない資格とか、受ければほとんどの人が合格するようなものっていうのは、ほとんどありません。
(ここら辺まで手を伸ばしていくのが本当の意味での「マニア」だと思います。)
じゃあ僕の場合は、取得してきた資格を
“どのように生かしてきたのか?”
を考えてみると、
電験3種の資格を取得しておきながら別に電気設備関係の仕事はしていないし、
宅建に合格したからと言って不動産業界で働いているわけでもない、
そして、行政書士もまた同じです。
でも、これだけはハッキリと言えます。
“取得したどの資格も無駄にはなっていない”
ということです。
それは、「努力して取得した」という経験値的な意味で無駄になっていないということでもありますし、
資格を取得することによって、その勉強方法を世の中へ向けて発信することを仕事の一部にする、
というのも、役に立てていると言えば役に立てていることになりますが、
もっとそれとは別に、
「形あるもの」として資格を持っているという意味においても、決して無駄にはなっていません。
なぜかというと、僕が最近思うのは、
“資格を持っているからこそ、いろんな挑戦をしてこれた”
と思うからです。
言い換えると、
“挑戦できる、挑戦していい人生を送ることができた”
ということです。
ちょっとイメージしやすいように、挑戦できる人生とは逆の、挑戦できない人生、を考えてみましょう。
例えば僕が、
学生時代に特に専門的な勉強もしていなくて、普通に学校に通い普通に卒業して、とある会社に就職したとします。
そして10年務めて、その会社の中ではそこそこ仕事ができ、仕事の進め方や知識、経験を積みました。
でもそれが、「その会社でしか」生かせないような、知識・経験だったとき、どうなるでしょうか?
もしくは、特に専門的な知識やスキルが必要な仕事ではなく、調整役とか、会社の業務マニュアルに沿って行う仕事とか、
その会社の中では生かせるけど、外に出てしまえば何の役にも立たないものだけが積み上がってしまっている。
そしてプライベートでは、家族もいて子どももいる。
上記のようなケースを想定してみてください。
(決してレアケースではなく、こういうパターンに当てはまる人は日本で働いている人なら少なくないはずです。)
この状況で、大きな“挑戦”ってなかなかできないですよね?
もし何か新しいことを始めたくても、会社を捨ててしまうと「残るもの」がありません。
挑戦して失敗してしまえば取り返しのつかない結果になる可能性もあるわけです。
見栄を張っても仕方ないので正直に言いますが、僕なら絶対にできません。
そんなにリスクの高いことは。
もし自分の挑戦が失敗したことによって、自分も含めて家族や子どもが路頭に迷ってしまうなんていう可能性があるのなら、
僕は絶対に挑戦できない。
そのくらい僕は、石橋を叩いて渡る人間です。
よく言えば、慎重な性格。
わるく言えば、そうですねはい、
チキン野郎
ってやつです。
から○げ君買い占めるぞ、こら。って感じです(←意味不明)
ですが、
「もし挑戦が上手くいかなくても、これがあれば働ける」
というものを1つ持っていればどうでしょう?
(資格とか経歴とか特技とか実績とかetc)
いわば、リスクヘッジ。
僕は過去、
「独立して自分で起業したい!」
なんて夢を持って、それに“挑戦”してきた過去がありますが、そういう挑戦が可能だったのは、
僕の中でしっかりと“リスクヘッジ”があったからです。
そういうリスクヘッジが1つでも2つでもあれば、全くない場合に比べて、遥かに、
“挑戦できる”
んですよね。
なんか逃げ道作ってるみたいでダサい、って思います??
でもその「逃げ道」っていうのも、過去の自分の努力によってつくってきたものなんだから、誰にも文句は言わせないよ。
なんのリスクヘッジもなく、一発で跳びこんで一発で成功するって、
そういうのは、バカで天才じゃないとできないんですよね。
僕はバカだけど天才ではないので、もし僕の中にそういうものが1つもなければ、そのまま今までの延長線で会社で働き続けることしかできなかったはずです。
やりたいことに挑戦できず、リスクを取れず、とにかくお金を稼ぐためだけに会社で働き続けていたでしょう。
なんせ、チキン野郎ですからね。
そういう意味でも「資格」って大いに役に立つと思いますし、少なくとも僕は、直接その資格の業務をしているわけではないですが、
その資格が「ある」という状態を、大いに“生かして”いるわけです。
だからこそ、こんなチキン野郎でも、
“いろんな挑戦ができてきた”
で、新しい挑戦が実を結べば、さらにまた次のステージで次の挑戦をすることができる。
今の僕が新しく資格を受験していないのは、
たぶん僕にとって、もう資格を必要とするステージが5年前くらいに終わっていて、
次のステージでの挑戦が続いているからなんだろうなぁと、振り返ってみて改めて思います。
勤めていた会社を退職し、個人事業を開始してもうすぐ4年になります。
(退職したのは2014年)
4年ですよ、4年。
ここまでやってこれたのは、いろんな人の支えがあったことはもちろん、
今まで挑戦し続けてきた自分がいたからこそです。
挑戦する自分がいるから、応援してくれる人もいる。
応援してくれる人がいるから、挑戦するエネルギーにもなる。
そして、それを遡っていくとおそらくその歩みの起源は、
資格取得に情熱を燃やし始めた、高校生の頃から既に始まっていたんじゃないかと、
今振り返るとそう思います。
だから、「早いうちに努力しておく」「挑戦しておく」っていうのはやっぱり大事だと思います。
足跡っていうのは残るもんです。
“残りの人生の中で最も若いのは今だ”
なんていう、誰かの名言的なものがあった気がしますが、今の努力が1年後とか2年後とか、あるいは5年後とか10年後とかに生きてきたりします。
その努力っていう足跡が無かったら、何年か後に振り返った時にどうなるのかっていうのはあまり想像に難くないですよね。
そこから生まれるのって、「仕方ない、今のままで我慢するか」っていう妥協か、「俺は今まで何してたんだよ」っていう後悔。
それは流石にダサい。
ファ○チキよりチキン野郎の僕でも(←意味不明)、そこまでダサくはなりたくない。
だから、逃げ道作ってでも挑戦し続けたい。
その方が、絶対に幸せに生きられると思うから。
その逃げ道の最初の一つが、僕にとってはたまたま「資格」だった。
あと、逃げ道という意味合いだけじゃなくて、
「こんな難しい試験に合格できたんだ」
っていう、単純な自信にもつながったと思います。
(特に高校時代に取得した「電験3種」はその意味合いが強かったです)
何かあった時の逃げ道にもなり得るし、前に進む自信にもなる。
最高じゃないですか。
だからこそ、僕は個人的に資格というものに対しての想い入れは強いですし、
同じように資格取得を目指して頑張っている人には本気で実現して欲しいと思っています。
来月には宅建試験、そして11月には行政書士試験。
受験生は追い込みの時期だと思いますが、最後までやり抜いてくださいね!
次のステージを歩むために。
ではでは今日はこの辺で。
最後までお読みいただきありがとうございました!