頼義の母(6) | 輪廻輪廻

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歴史の輪は巡り巡る。

 相模守として、任国に赴くことになった頼義だが、露払いと自ら称して、平直方も一緒に赴くことになった。

「婿殿には、鎌倉の地をすべて差し上げましょう。この地は三方を山に囲まれた自然の要害の地であり、」

 頼義がたいして話を聞いていないにも関わらず、道中、直方の止まらぬお喋りに頼義は辟易としていた。

 そして、直方の娘である頼義の妻の直子もまた、父親に負けず劣らずのお喋りだった。

 最初は恥じらいを見せていた直子だったが、頼義と打ち解けると

「ねえ、父上が私達のために屋敷を建てて下さるのよ、どんなお屋敷がいいかしら」

「そんなもの、適当でいいだろう」

「よくないわ、子がたくさん生まれたら、手狭になるでしょう。予め大きくして貰いたいの」

「気が早いなぁ」

 頼義は、直子に呆れながら、その大らかな性格に徐々に癒されて行くのを感じた。直子は決して美人という顔立ちではなかったが、ふっくらとした丸顔にまん丸の目がくっついていて、興味があるものを目にすると大はしゃぎをして、たわいのないことでよく笑った。小柄な体で自分の周りをまとわりついてくる姿は、まるで犬のようだと頼義は思った。

 頼義にとって、これまで女は性欲の相手であり、心を許したことがなかったにも関わらず、この純朴な田舎娘を前に、頼義は毛色の変わった珍しい犬を手に入れたようで、直子のことを飽きずに眺めていられたのであった。

 

 

「俺はな、子などいらぬ。俺一人の代で終わらせようと思っていた」

 頼義は、寝屋の中で直子の髪を撫でながら言った。

「どうして、頼義様は嫡男でしょう。後継ぎを儲けなくていいの」

「俺には、異母弟がいる。出来のいい弟がな。父上も弟に期待をしていて。まあ、そのおかげで俺はふらふらと好きなことが出来た訳だが。そして、ふらふらしていた俺に、直方殿への婿入りの白羽の矢が立ったという訳だ」

「ふうん、でも良かった。そのおかげで私はあなたに巡り会えたから」

 そう言って、直子は照れながら頼義の胸に顔を埋めた。

「お前も変な女だな。俺のどこがそんなにいいのだ。俺は若くもないし、親父殿に言われて、嫁がされただけだろう」

 直子は頼義の胸から顔を上げて、うっとりとした目つきで言った。

「だって、頼義様は、素敵なお顔なんだもの、きっとお母様はお綺麗な方なのでしょうね」

 その言葉に頼義は、血の気が引いた。

―自分は母とうり二つの顔をしている。

 幼い時から、認めたくはなかったが、自分はどうも母とそっくりな顔立ちらしい。この世で最も憎い女の顔と自分が同じ顔という事は、自分はまごうことなく、あの女の血を引いていることになる。

「頼義様、どうなされたの」

 急に顔色を変えた頼義に直子は狼狽えた。

 頼義は、黙って直子を強引に引き離すと、寝床から飛び出した。

 ようやく、自分が心から気を許せると思った相手から、母から貰ったこの顔が好きだと言う。

 日々のことに追われ、忘れていた母親への憎悪が久方ぶりに頼義の前に蘇って来た。

 廊下の柱にもたれ掛かって、頼義は真夜中の庭を見た。草木の輪郭はまるで見えず、どこまでも暗い闇がそこには横たわっていた。この気持ちが消えてなくなることはないのだろうか。

すると背後から小さな足音が近づいて来た。直子だ。

「頼義様、ごめんなさい。私、何かお気に触ることを」

 直子は目に大粒の涙を貯めていた。まだ、十五やそこいらのいたいけな姿に、頼義は自分の幼い頃と重ねた。母から訳もわからず罵られた時のこと、あの時自分は直子のように、大粒の涙を貯めて必死に耐えていたのだ。

「悪かった、直子、おいで」

 直子は頼義の元に駆け寄った。頼義は直子をきつく抱きしめた。直子のつぶった目から、涙が零れ落ち、頼義の袖を濡らした。その暖かな涙を感じながら、頼義は直子の頭をずっと撫でていた。幼き頃、母にそうして貰いたかったように。

 

 

 やがて、頼義と直子の間には、八幡太郎義家、加茂次郎義綱、新羅三郎義光など次々と子宝に恵まれた。三人の男子はやがて、その後に続く東国の武士政権の礎を作って行く。

 源頼義は、生涯母の不貞を許せず、愛馬の供養は行っても母親の供養は行わなかったという。

                                了