程なくして、命婦は男子を出産した。
その子供は成人後に随身となり、中臣兼武と名乗った。命婦は子供を出産した後も、浮気を止めることはなかった。このことは頼義を酷く気づ付けた。また、命婦の浮気相手がすべて、身分の低い男達ばかりだったということも気に障った。頼義は命婦のことを卑しいと軽蔑し、以後、二度と口を聞くことはなかった。
それから十年が経ち、頼信は石見の国守となった。
「どうだ命婦。十年かかったが、俺もついに受領となったぞ」
頼信はそう言って、病床の命婦の前で朗らかに笑った。既に夫婦関係は破綻していたが、頼信はこうやって、たまに命婦を訪ねて来る。それが命婦には嬉しくもあり、また辛くもあった。
「今度はついて来てくれるな」
頼信は、もう床から起き上がることも出来ずに、やせ細った命婦に言った。
「冗談じゃないわよ」
命婦は精いっぱい憎まれ口を叩いた。
「俺が命婦を担いで行くさ。なに石見まですぐだよ」
「また、父上はいい加減なことを」
そう言ったのは、次男の頼清だった。年は十八で学問に優れ、聡明な子に育った。
「頼義は?」
命婦は胸が苦しくなるのを感じた。自分はもう長くはない。その前に一目だけでも頼義に会いたいと思った。
「兄上は、お忙しいとのことで」
頼清は胡麻化そうとしたが、命婦にはわかった。頼義は自分を憎んでいる。絶対に会いたくないと言ったに違いない。
「あいつは、命婦に似て頑固だからな」
頼信の言葉に命婦は頷いた。自分と頼義は似ている。自分が最期まで、養父を許せなかったように、頼義も不義を働いた自分を生涯許さないであろう。
次男の頼清は頭がいい、文官としていずれは出世するかもしれない。そして武骨な頼義は頼信の後を継いで、武人としての道を歩むのだろう。武家は荒々しい。平穏な一生など望めるのであろうか。命婦には気がかりだった。
命婦は息を引き取るその時まで、頼義の無事を祈った。だが、命婦の願いが叶うことはなかった。
次男の頼清は後に藤原頼通の家司になり、国守を歴任するなど出世を遂げたが、頼義は出世には無縁だった。
しかし、前九年の役で安倍氏を殲滅させるなど武功を上げ、武家としての地位を東国で固めた。頼義は頼信以上の血まみれの一生を送ることになったのである。
ただ、妻子に恵まれた頼義は、八十七の天寿を全うすることが出来たのであった。
<完>