●1枚の写真を求めて、いざ姉川古戦場へ出陣 | きょうのもののふフォト列伝 ー古戦場 城 もののふ 旅ー

きょうのもののふフォト列伝 ー古戦場 城 もののふ 旅ー

熱く 燃えて 散って 逝った 我ら祖先のもののふ達 その懸命な生きざま姿を追う旅を続けています。

「信州つわもの列伝」(仮称)出版の暁の際、「渡辺金太夫照(てらす)」伝の記事の中で姉川古戦場のいい写真が欲しいと思い立って、いざ!出陣。

金太夫照は、徳川から武田の家臣となり、信州の伊那高遠城攻防戦で憤死したもののふ。

 

出版などというものの、筆がのろくて…いったいいつ出版出来るのか…暗澹。

 

ともかく出陣!

だがどういうわけか、姉川の古戦場へ行くといつも雨模様・曇り模様。

ったく、もう。

 

金太夫は徳川陣の最前線に陣を構え、合戦が始まるとものすごい活躍をみせた。

しかもその出で立ちがど派手。

 

「真っ赤な唐傘を高くかかげ、金色の短冊を何枚もぶらさげている。短冊が日光にキラキラ反射して、目立つことこの上ない。しかもそれを背負った武者が暴れること、強いこと! 長槍を自在に操り、次々と敵をなぎ倒していく」

 

こんな場面を敵の浅井・朝倉方の陣を構えた姉川右岸から、川を挟んで徳川の陣を望む1枚の写真! 

これがほしい。

 

下の合戦図でいえば、朝倉景紀陣あたりから見る家康陣を撮りたい。

ところが。

 

徳川本陣の勝山(合戦勝利後、岡山をこう名付けたとか)が、うまく見えない。

河川敷に竹林が繁茂して邪魔で堤防から見えないのだ。

 

竹藪の蜘蛛の巣に顔をやられながら苦心惨憺移動するもダメ。

勝山も小高い丘とあって、あまり離れるとますます見えなくてダメ。

やっと撮ったこの写真。

後方の山は、信長が陣を置いた茶臼山の竜ケ鼻の陣所。

勝山は見えない。

仕方なし、対岸の家康側の堤防からの写真がこれ。

うーん、これじゃなぁ。

 

茶臼山から前進した信長の陣所あたりへ行くと。

 

勝山はかくのごとくよく見えるのだが。

この勝山の後方に姉川は流れている。

これは信長の陣方面からみた勝山。これがいいか。

 

一帯の古戦場には、いくつか合戦の史跡が立てられていて説明書きもあり、のんびり歩いての古戦場巡りが楽しいかも。

こんな絵看板も。

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