パーキンソン病へ世界初のiPS細胞「治験」開始 | ◆渡辺正弘のセレクトニュース◆

◆渡辺正弘のセレクトニュース◆

毎月6000本以上のニュースを読んでセレクトしています。

人工知能、IoT、ナノロボット、グーグル、腸内フローラ、人工臓器、
Eコマース、自動運転、日本の財政問題、投資情報、水素社会、3Dプリンター、
宇宙のはじまり、人工光合成、拡張現実、パワー半導体、核変換

 iPS細胞の研究開発が加速している。京都大学医学部附属病院は7月末、iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験の参加者の募集を始めた。既に国が治験実施計画を了承しており、iPS細胞を用いたパーキンソン病の治験としては世界初。今年度中に1例目の実施を目指す。

 

 パーキンソン病は、中脳の黒質にあるドパミン産生細胞が加齢に伴って脱落する神経変性疾患で、運動機能に関わる神経伝達物質の1つ、ドパミンが脳内で不足することにより様々な症状が引き起こされる。

 今回の治療は、ドパミン産生細胞が脱落する病態そのものに迫るものではないが、失われたドパミンを補充して機能回復を目指す点で「より根治に近い治療」になり得るとして期待されている。

 治験の対象となるのは、パーキンソン病と診断されている人のうち、以下のような基準を満たす患者だ。

(1)薬物治療では症状のコントロールが十分に得られない
 

(2)年齢が50歳以上70歳未満
 

(3)罹病期間が5年以上
 

(4)オフ時のHoehn&Yahr重症度分類がStageIII以上
 

(5)オン時のHoehn&Yahr重症度分類がStageIII以下
 

(6)L-ドパ投与によく反応する
など。
 

移植に用いる細胞は京大のiPS細胞ストックから使用
 

 京都大学iPS細胞研究所教授の高橋淳氏は、「5段階の重症度のうち中等度の薬物治療の効果が不十分な患者が対象になる。初期は薬が奏功することが多く、あまり重症になると、ドパミンを受け取る神経細胞自体も疲弊しており、移植の効果が得られにくい」と語る。

 治験には7例の参加を予定しており、安全性を確認するのが主たる目的で、有効性は副次評価項目となる。2年間にわたり、有害事象の発現頻度と程度を観察し、MRIとPETを用いて脳内の移植片増大の有無を調べる。合わせて、運動機能の評価も行う。移植する細胞は、京大のiPS細胞ストックから、分化誘導させたドパミン神経前駆細胞を用いる。他家移植で実施されるため、1年間、免疫抑制薬であるタクロリムスを投与する。

 治験に先立ち、入念な動物実験が重ねられ、マウスに続いて、パーキンソン病の霊長類モデル(カニクイザル)に、実際に、ヒトiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を移植することによって、治療法の有効性と安全性の確認が行われた。この動物実験では、今回の治験とほぼ同じプロトコルにより、ヒトiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いて実施され、結果はNature誌2017年8月30日号に報告された。 

 

 術後のサルは、パーキンソン病の運動症状が軽減し(図1)、移植細胞が脳内に生着し機能していることが、画像診断に加えて脳切片を組織学的解析することで確認された。また、移植後2年間においては、脳内で腫瘍を形成しないことも確認できた。

 

先行する胎児細胞移植では投薬なしでの生活が可能に


 異種細胞の移植だったが、タクロリムスの使用により、細胞の拒絶は生じなかった。脳は元々免疫反応が弱い臓器で、皮膚移植で見られるような強い拒絶反応は起こらないとされる。しかし、脳内でも免疫反応は起こり得るので、京大のiPS細胞ストックを用いて、可能な限り細胞の免疫型に相当するヒト白血球抗原(HLA)を一致させる。

 高橋氏は、「臓器移植などでは主に3座のHLA型を適合させているが、HLAが完全に一致するのは自家移植だけ。サルを用いた実験で、主要組織適合抗原(MHC、サルでHLAに相当する免疫型)を適合させることで免疫反応が軽減することを確認しているが、免疫反応を十分に抑え細胞を確実に生着させることを最優先として、HLA適合移植でも免疫抑制薬を使用する」と語る。

 治験プロトコルでは、まず、ヒトiPS細胞から中脳腹側の神経幹細胞を分化誘導する。ここには中脳腹側の細胞が20~50%含まれているが、それらの細胞を選別して培養し、ドパミン神経前駆細胞の塊として穿頭術により移植する。直径約1.2cmの穴を頭蓋骨に開け、そこから注射針で注入するもので、脳外科においては、例えば脳腫瘍の生検などでよく用いられている手技で、侵襲性は比較的低い。約2mmの間隔を開けて4カ所に針を刺し、移植細胞数約480万個と、先行する加齢黄斑変性に比べれば大量だが、心筋シートの1億個よりははるかに少ない。サルの実験では、このうち約13万個が成熟したドパミン神経細胞になり、これは生着した細胞の約3割に相当するという。

 2022年頃には、評価の終了を待って、医薬品医療機器等法(薬機法)に基づき再生医療等製品として「条件及び期限付承認」を目指す。製造販売は、大日本住友製薬が行う予定だ。

 パーキンソン病の移植治療では1980年代から欧米において、中絶胎児組織を使った中脳細胞移植治療が試験的に実施されており、一定の成果を収めている。ただし、ドナー細胞の供給が難しく質の安定性が保てないことなどから、一般的な治療とはなっていない。高橋氏は、「サルの実験結果から、安全性・有効性ともヒトiPS細胞を用いた場合も期待できる。胎児細胞移植では、20年以上経過した患者が投薬なしに生活できている報告もあるので、長期予後も見込める」と抱負を語る。

 気になる治療費だが、将来的に数百万円で抑えられることを期待している。高橋氏は、「寝たきりで介護や治療が必要だった人が、働けるようになれば、経済的な効果は大きい。また、自動培養装置などが普及して、コストを抑えられるようになるはずだ」と語る。

血小板輸血不応症や角膜上皮幹細胞疲弊症に対しても


 ここに来て、iPS細胞の臨床応用に向けた研究開発が一段と加速してきた。同じく京大で、患者自身のiPS細胞から血小板を作製し、血小板輸血不応症を合併した再生不良性貧血の患者に移植する臨床研究の計画が今夏に発表された。血小板輸血不応症では、免疫反応により輸血したドナーの血小板が破壊されてしまうが、自家移植であれば免疫反応が起こらず、輸血の効果が得られると期待されている。対象患者は1人で、厚労省の承認を得た上で、輸血開始後1年間経過観察を行う。

 また、大阪大学眼科教授の西田幸二氏らは、iPS細胞から作った角膜細胞移植の準備を進めており、学内の審査委員会で臨床研究計画について審査が始まっている。やはりiPS細胞ストックを用いてシートを作製し、幹細胞が消失した角膜上皮幹細胞疲弊症を対象に20歳以上の4人への投与を計画している。

 慶応義塾大学の岡野栄之氏らのグループも、iPS細胞から誘導した神経幹細胞を脊髄損傷の急性期の患者に移植する準備を進めている。こちらもiPS細胞ストックを用いる他家移植で、HLAを合わせることなく実施し免疫抑制薬を用いる予定だ。

 日本発のiPS細胞を用いて、続々と日本からの治療開発が進められ、iPS細胞の研究は新たな局面を迎えている。