雨が降り、外出もままならない今日この頃。
時期的にすっきりしないじめついた日が続く。
その中で珍しく晴れ間が見え、心地よい風が吹いた。
冷房に頼りがちな日常で、今日はたまたま外風が身体に馴染むそんな日より。
朝日を浴びたくて、窓を開け、流れ込んできた風のあまりの気持ちよさにそのまま網戸にして、夜中蒸していたために頼りにしていた冷房をoffにした。
音はしない。
だけど風がまるで何かを奏でるように流れ込むって今みたいなことをいうんだと、目の前に映し出された画(え)を見てそう感じた。
まるで絵画・・・。
しばらく気になるワードでいろんな物をタブレットで検索していたせいか、目が疲れ、目尻を軽く抑え、目を休めたくて周囲を目的なく見渡して、その流れであいつを見る。
景色の一つでもあるように物静かにスマホの画面を見ている姿。
椅子に腰かけ、行儀としては良くないが片足を上げ、椅子の上で膝を抱え込むようにしながら、そこに肘をついて、ただそれだけなのにまるで一枚の絵を見るような・・・・情景。
初夏がすぐそこまで来ていると知らせてくれるような爽やかな風が、まるでいたずらでもしているかのように、細い髪の毛を揺らした。
時折それがくすぐったいのだろう。首を竦めて癖のないさらさらの髪を指で耳にかける。
それら一連の動きが絵に見えてしまう。
しかもいやに艶っぽい。
イヤホンからのすごく微かな音漏れがした。
なにを聴いているかまでは分からなくて、でも小さく口ずさみだした鼻歌で察した。
あいつの好きな唄。
ジャンル問わずいろいろ聴くけど、重なる好みも多い。
俺も好きな唄。たしか感化されて聴くようになった中の一曲。
いつもの元気な活気ある表情は影を潜め、今の時間に身を任せて、比喩だけれど、入ってきた風に溶けてしまいそうな儚さが漂う。
少し現実味がないような錯覚に陥って、小さく息を飲む。
自分自身の中だけで変に鈍い音がした唾を飲み込む音は聴こえるはずがないのに、あいつは唐突に画面から目を離し、こちらに振り向いた。
「聴く?」
そう言われ素直に頷いた。
ワイヤレスイヤホンを差し出され、受け取り、つける。
同じものを聴き感じる、音。
またあいつは目線を戻し、静寂の時間。
互いの耳に届くのは耳に直接流れる音色のみ。
俺はタブレットを離し、テーブルに頬杖をつき、そのまま音を聴く。
「そんなに見つめられると・・・困る」
視線はこちらに向けず声と共に染まる頬。
「・・・・・・目、離すのがもったいない」
そう返すと、一瞬だけこちらを見て睨む。
「何言ってるの・・・馬鹿」
睨み顔が可愛いとはなんともずるい。
すぐ目を逸らして画面に戻した顔は照れ顔で、反則だと思った。
「好きだよ」
自然に出た言葉。
すごくすごく当たり前すぎて、選べる言葉を知らない自分が悔しい。
人って愛おしすぎると我慢できずに勝手に声に出るんだな。
あまりにも空気みたいに出てきた言葉に自分で驚く。
そんなに大きい声で言ったわけではないけれど、伏せた横顔の前髪が不自然に揺れたので、聴こえていることを悟った。
けれどそれから一向に動かない。
さっきまで操作していてスマホの画面をタップしていた指も全く動かない。
いじめる趣味はない。
けれど。
「好きだよ・・・」
今、伝えたくてもう一度口にした。
今度はまったく動かない。
動かないことが不自然すぎて可愛すぎて、やっぱりずるい。
小さく噴き出して、だけどそれがばれると怒られそうだから、あわてて口元を隠した。
そして気が付かれないように深呼吸して息を整えた。
せっかく整えた息。冷静になってみてももう一度伝えたい。
改めて、もう一度。
「好き、だよ。こっち向いて?」
無視し続ける姿が愛おしくてにやけてしまう。
すると。
「わ、わかったからやめて」
こっちを向いて片手をこっちに伸ばし、大きく開いた手のひらで俺の顔の前を覆う。
微妙に届かない距離で手だけ伸ばして、俺の顔とあいつ自身の顔を一応隠している仕草が犯罪級に可愛い。
そもそも手を伸ばして手のひらをパーの形にしたくらいじゃお互いの顔など隠れるわけがない。隙間だらけで隠れやしない。わざとやってない?
頬杖をついたままでくくくっと今度は声がはっきり漏れて笑ってしまった。
「・・・・・・なんでそんなに嬉しそうなの?」
「嬉しいから。わかんない?」
「な、なにそれ? 意味わかんない」
眉をしかめ、少し頬を膨らませ、プイッとそっぽを向いてしまう。
「やっぱ、好きだよ、すごく」
伸ばしたままの手を捕らえて、その指に自分の指を絡める。
顔を明後日の方向に向けたまま、ビクッと揺れる肩。
「・・・・・・・言い過ぎ」
あっという間に耳まで真っ赤になった。
その横を遠慮がちに風が通り過ぎるから、耳にかかった髪の毛が揺れてなびいた。
「ふだん言ってくれないもんな」
プライベートでは意外と無口。
天然なところはいつもなんだけど、外と中は違う。
ここは誰かのために繕う必要のない空間。
落ち込むときは顔に出るし、食欲もなくなるし、無口にもなる。
俺もそうだけど、自分の時間や、自由になれる空間は大切で誰にも邪魔されたくない。
お互い空気を読んで、干渉しないことも多い。
わざと声をかけない時もある。
わざと声をかける時もある。
「・・・・・言ってるよ」
「画面上だと照れずにいうけどな~」
「え?」
「すきだ~~~~!って」
わざとあいつの声真似しながら言ってみた。
意外と二人だけの時は言ってくれないから、あれは嬉しかった。
だっていくらだって見返せる。
だけど今は俺だけ知ってる照れ顔を見ることができたから、よしとしよう。
むりやり言わせたいわけじゃない。
俺が言いたくて漏れてしまう本音を音にするのは声だから。
態度や行為でも伝わるけれど、こんな心地よい風には似合わない気がして、ちょっとカッコつけてしまった。
とは言っても、この時間がすべて愛おしすぎて、思わず絡めた指を離す気にはなれない。
「俺・・・・・」
ふと声がして俺の方を真っすぐ向いた顔。
「俺も・・・・・好き」
ずるい。
こんな時だけ目を逸らさない。
俺まで耳が真っ赤になるのを感じる。
間違いなく俺の顔だけをあいつの瞳が映していて・・・。
「・・・・・小悪魔」
滅多に聴くことができない声はかなりの破壊力だ。
「なに言ってるの。心臓に悪いことばっか言うのが悪いんでしょ?」
言いながらくしゃっと崩れて笑った顔。
思わず・・・。
「キス、していい?」
絡めた指を強引に引き寄せた。
・・・・風が遠慮がちに俺たちの間をすり抜けていった。
FIN
こんあいば。
「好き」の言葉の威力ってすごい気がする。
そんな気がして書きました。
三ツ矢サイダーのCMでは叫んでるけど、実はプライベートではなかなか言わない、っていうのが萌えません?
物静かな雅紀くんも好物なので、わたし(笑)
あとね。
風が気持ちいい、そんな日も好きで。
自然のやさしさってそれだけで癒し。
それがなんとなく書きたくて、相変わらず、内容うすいお話ですが書いてみました。
そして、たまにやるんですが、登場人物の名前が出てこない・・・。
間違いなく櫻葉ですけどね。
読んでいただき感謝です。
またね。
るぅ。