謎の猫、トビアスからの贈り物
「はぁ~」
今日、何回ため息をついただろう…
この仕事が合っていないのは最初からわかっていた。
それなのに何故働いているのか。
それは簡単な理由だ。
雇ってもらえたのはここの会社だけだったから。
俺は、一見、賢そうにみえるらしい。
でも、そんなものは何の役にもたたない。
俺は本当に仕事ができない。
課長が眉間にしわを寄せて電話をしている。
相手の話を聞いている課長の顔色がみるみる変わっていく。
相当やばい事態が起きているらしい。
課長が俺を見た。
嫌な予感が全身を駆け巡る。
課長が声を荒げて俺を呼んだ。
あ~、やっぱり予感は当たった。
また、やってしまったんだ…。
課長の口から飛び出してくる事の顛末をぼくは怒鳴りながら聞いている。
会社に大損害を負わせてしまったみたいだ。
他人事のように言葉だけが俺の周りを渦巻いている。
。。。
どうやって家に帰ってきたのか覚えていない。
俺はベッドに倒れこんだ。
身体が鉛のようだ。
思考停止。。。
どのくらい時間がたったのか。
気が付くと、俺は土の上で寝ていた。
あたりを見回すと木々、どうやら森の中みたいだ。
はて?
俺はどうしてここにいるんだ?
思考をめぐらすと、胸のあたりがうずいた。
そうだ、俺は仕事で大失敗をしたんだ。
う~胸が痛い!!痛い!!
なんだ、この痛みは!!
胸を押さえていると、後ろの方で葉を踏みつける音がした。
とっさに振り向くと、大きな黒い何かがワッと近づいてきた。
身の危険を感じ、とっさに走って逃げた。
走っても走っても森は延々と続いている。
どのくらい走ったんだろう。
ふと見ると向こうが明るい。
明るい方に吸い寄せられるように行ってみると、水辺に出た。
透明で湧き水のようだ。
走って喉が渇いたので、水を飲もうとしたら、
飲んではいけない!!
えっ、な、なんだ?
ハッキリと声が聞こえた。
見ると、小鳥が水浴びをしている。
小鳥が飲んでも大丈夫なら、毒ではないだろう
俺は我慢できなくなって、水を飲もうとした。
飲んではいけない!!!
再びあの声が聞こえてきた。
なんなんだ!!
俺はどうしてしまったんだ。
夢にしてはあまりにもリアルだ。
俺は死んだのか?
ミスして自殺?
そんなわけない!
仕事のことを考えると、胸がズキンと痛んだ。
痛っ、いたた…
激痛に耐えながら、ふと思った。
こんな森の中にいたら会社になんか行けないじゃないか
そう思ったら諦めの気持ちが湧いた。
と同時に胸の痛みも消えた。
と、それにしてもここはどこなんだ!!
俺は何故こんなところにに迷い込んでしまったんだ。
どうしてこんなことになったんだ!!
俺はこのままここで野垂れ死ぬのか!!
その考えが頭を占領したとたん、頭に割れるような激痛が走る。
ふっと、何かの気配を感じて、俺は恐る恐る後ろを振り返った。
さっき見た黒い大きな魔物のようなものが俺の方に迫ってきていた。
うわー!!!
一瞬で恐怖が身体をおおい、俺の身体は固まってしまい動かない。
激痛の頭を抱え、しゃがみこんだそのとき、
空を見上げて!!!
えっ?
またあの声が聞こえた。
俺はとっさに空を見ると、そこには10年前に死んでしまった愛犬のクン太がしっぽを振って、俺の方に向かってきた。
クン太!!!クン太!!!
俺は嬉しくてなつかしくて泣きそうになった。
目前まで迫って、いざ抱きしめようとした瞬間にクン太は消えてしまった。
と同時に割れるような頭痛も、大きな黒い魔物も消えていた。
俺は頭がおかしくなったのか?
いやいや、これはリアル過ぎる夢なんだ。
夢…早く覚めてくれ~
いや、覚めないほうがよいのかもしれない。
起きたら、またあの地獄のような会社に行かなければいけないのだ。
だったら、ここの方がましかもしれない。
それに、一瞬でもクン太に会えた。
クン太と俺は兄弟のようだった。
もちろん兄貴はクン太だ。
クン太は、嬉しいとき、悲しいとき、辛いとき、いつでも俺のそばにいてくれた。
ただただ優しく寄り添ってくれた。
クン太が病気で寝たきりになったとき、俺はずっとクン太のそばにいた。
クン太はク~ンと言って俺に甘えてきた。
あの日の朝、嫌な予感がしていた。
俺は学校を休みたいと母親に迫ったが、絶対に許してくれなかった。
泣く泣く学校に行って、学校から猛ダッシュで家に帰った
そこに横たわっていたのは、天国に行ってしまったクン太の姿だった。
眠るように安らかに逝ったからねと母親が俺を慰めようと俺の肩を抱こうとしたが、俺はその腕を思いっきり払いのけた。
そのあと、母親とはずっと、口をきかなかった。
あのときの俺は生きているのか死んでいるのか分からなかった。
。。。
クン太に会えた...
嬉しさで俺は空を見上げて、助けてくれたクン太にありがとうと言った。
クン太の姿はないがク~ンとないた気がした。
俺の胸にキュ~ンとあたたかいものが溢れた。
俺は水辺をあとにしてとぼとぼと歩いた。
その時、草むらからニョロっと白蛇が顔を出した。
ヒェッ!!俺は、飛び上がった。
頭を持ち上げ舌を出してこちらを見ている。
ん? そういえば、、、
ばあちゃんが生きてるころ、白蛇は神様の使いだって言っていたな~
俺の考えていることがわかったのか白蛇が俺の前をスルスルと道案内をするかのように動きだした。
俺はばあちゃんに見守られているような気持ちになって、白蛇の後を追っていった。
白蛇が蛇行を止めた先を見ると、なにやら屋根が見える。
俺は足早にそこを目指した。
そして、俺の目の前に小さな山小屋が現れた。
あれっ?
辺りを見渡した。
白蛇がいなくなっていた。
白蛇に心の中でありがとうと告げた。
山小屋を改めて見てみると、
んっ? ここは、、、??
なんか、どこかで見たことがあるような、、、??
俺は自分の古い記憶をたどった。
クン太が死んでしまったとき、、、
そうだよ!この山小屋だ!
あのときも、気が付いたらここにいたんだ。
恐る恐る扉を開けて中に入ってみた。
あのときのままだ。
あっ、あのとき俺が作った猫の器がある!!
猫のトビアスが水たまりで水を飲んでいたから作ってあげたんだ。
ということは、トビアスがいるのかもしれない!!
「トビアス、トビアスーーー!」
あたりはシーンと静まり返っている。
そうだよな~いるわけないよな~もう何年たってると思ってるんだよ。
クン太が死んで胸が張り裂けそうに痛かったとき、
一匹の猫が現れて俺の周りをゆっくりと一周して、俺の顔を舐めたんだ。
そうしたら、一瞬で胸の痛みがなくなった。
あのときなぜか、猫の名前がトビアスということが心で分かったんだ。
こどもの頃だったから不思議ともなんとも思わなかった。
でも、こんなにリアルな夢のことをどうして今まで忘れていたのだろう?
ノミと彫刻刀がテーブルに置かれていた。
あのときと同じだ。
外に出てみると、こどものときよりも大きな木片が置いてあった。
おじいさんの椅子を作って!!
また、あの声!!
なんでおじいさんの椅子?
そういえば、取引先の工場の年配の職人さんが座りにくそうな椅子に座っていたな~。
あのおじいさんに合う椅子を考えてみるか!
俺は、なんだか不可解なこの森のことも忘れて椅子作りに夢中になっていた。
どのくらいの時間がたったのかわからないが、
まるで早送りのように不思議なくらい作業が進む。
ふう、、、完成した。
こんな満足感は初めてだ。
突然、
えっ、な、なんなんだ!!
胸が、胸から、こみ上げてくる想いがあふれてきて止まらない。涙も勝手に流れ落ちる。
辺りがキラキラと輝いていた。
クン太が死んでここに来たとき、この胸が張り裂けそうなくらい痛んだ。
でも、トビアスのおかげで立ち直ることができた。
会社のことを考えたときも心臓に激痛が走った。
俺は、何故あんな会社で働いているんだ?
そうだよ!そうだ!ここでトビアスの器が完成したときに思ったんだ。
人が喜ぶ物を作りたいって、、、
なんで会社なんか入ったんだ。
母親を喜ばすため?
黙らせるため?
人生を捨ててるってことだ。
だからここにきてしまったんだ。
そうだった!!
ここに人生を捨てに来た人がずっと彷徨ってあの魔物にかわってしまったとトビアスが教えてくれたんだ。
それなのに、俺はまた戻ってきてしまった。
ここのものを持っては帰れない。
ここでのものを自分に取り込んでしまったら、もう二度と帰れない。
だから水を飲んではいけないんだね。
トビアス、ありがとう 君だったんだね。
☆☆☆
俺は今、出来上がった椅子を運んでいる。
「ご注文の椅子を納品させて頂きます」
「お~!!すばらしい!!待ちに待った椅子だ!!」
「お~、座り心地も最高だ!!何年も待った甲斐があったよ」
俺は、この言葉を聞くたびに胸の奥がジーンとあたたかくなる。
トビアス、俺は皆に喜んで貰える椅子職人になったよ。
おわり☆彡
💓ここまで読んでくださってありがとうございました💓