─prologue─
「自分のペースを守ってね」
「うん。どう? だいぶ上手くなったでしょ」
(この曲を流しながらどうぞ)
埠頭を渡る風 / 松任谷由実
「初心者の運転する車で首都高なんて絶対乗らないな。麻巳子以外の運転で乗るなんてありえない」
「信頼してるってこと?」
「ありえません! 一文字違いますっ! “ら” と “ぱ” は大違いですっ。心配の方だよ」
免許を取って一か月、実務経験5%、首都高速を走るのは初めてだ。それも夜ときたもんだ。
友人のみんなは高校の時に免許を取ったけど、運動神経の鈍い私は半ばあきらめていて、ようやく合宿で免許を取ったのは大学に入る前だった。
割と心配性の彼は、さっきから口うるさい。
“初心者が運転する高速道路じゃない”
私が運転するというのを頑として断った理由がわかる。
平気を装っても、分岐と合流、カーブ、トンネル、これ、かなり怖い。ナビなしにこの道を走るのは無理だ。
私は頼もしい彼の横顔をちらっと見た。もちろんハンドルを壊れるぐらい強く握りながら。
「よそ見しない。麻巳、その先、左から合流だからね。左右どっちからも合流してくるから。首都高の3分の1ぐらいは出入り口が本線の右側にあるから」
「オーライ! 合流車線短ッ」
「何食べる?」
「降りてから決めればいいんじゃない。左側の走行車線維持でいいからね」
どうやら彼は、わたしの運転が心配で何を食べるか考えている余裕はなさそうだ。
「カーブに入る前にしっかり減速。カーブは入りが肝心だからね、ハンドルをわずかに切りながらね」
「オーライ」
「うっわ、すごい勢いで飛ばしていくよあの車」白っぽい車がレースでもしているぐらいのスピードで追い越していく。
「ポルシェか」あなたはフンと鼻で笑った。
「それより、よけいなものを目で追わない」
「そろそろ急カーブだよ、ブレーキ踏みながらね」
「うわ、すっごいカーブ」ヘッドライトに照らされた目の前のカーブの壁が、尽きることなく延々と続いていく。
「首都高はそもそも、カーブとトンネルの高速だから」
「なんでこんな道路作るのかしらね」ちょっと怖くて前傾姿勢でハンドルを握る。
「こんな密集市街地の中で、公共の用地を使って建設された宿命だよ。もともと川だったところも多いからね。次の分岐で右に行くから、そろそろ右車線に入っておこうか」
右手をハンドルから離し、汗ばんだ手のひらをジーンズで拭い、左手も同じようにした。
星の見えない夜空と、ビルの窓明かりと、テールランプ。すごい勢いで後方に流れていくセンターライン。
アドバイスをするたび、私を落ち着かせるようにポンポンと叩かれる腿。
あの夜、ふたりは流れ星になった。
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