大好きな彼と出会い30年の長きにわたる生娘としての人生に幕を下ろしました。高齢処女の孤独な日々と、その後の生活を綴ったブログです。
あれから5年。もう5年、まだ5年・・・さまざまな想いがあるけれど、今ここでこうして生きていることに感謝しながら、前を見て歩いて行くよ。あの時わたしを抱きしめてくれた腕はもうなくなっちゃったけど、わたしがちゃんとまっすぐ歩けてこれたのは、まぎれもなく君のおかげです。ありがとう。今もまだ辛い思いをしているたくさんの人たちが、一瞬でも早く本当の笑顔を取り戻せますように。3月11日は、これからもずっとわたしの大切な日です。
そしてまた今日。優しくもあたたかい1日。
通勤電車やオフィス街が新社会人の皆さんであふれています。フレッシュな若さを目の当たりにして、まぶしくてまぶしくて目が開けていられないほどです。…しばらく、サングラスでもかけて通勤したほうがいいんだろうか社会人になったばかりのわたしは、言わずもがなの生娘でした。大人になったふりして、ほんとは全然お子ちゃまでした。そうじゃなくなる日がほんとうに訪れるのかちっとも見当が付きませんでした。でも、そうじゃなくなる日は来たよね。それからすんごい後のことだったけどね。時の流れってすごいよね。…そんな昔のことを思い出した、フレッシュ臭漂う春の朝でございました。
ブログネタ:「さくら」と聞いて思い浮かぶ曲は?【投稿で現金1万円が当たる!】 参加中さくら、と聞いて思い出す曲はたくさんあるけれど、今聴きたくなったのはこれ。な、なつかしいー・・・。この曲が流行ってた頃、わたし若かったなぁ。当時は、いつ明けるともわからない、現役バリバリの処女だったよ。(まだ「高齢」処女でさえなかった頃。)遠くても、離れれても、会えなくても、変わってしまっても、・・・。久しぶりに聴くと、あの頃とはまた違った想いがこみあげてくるね。ずいぶん時間は経ってしまったけれど、何気にいろんな思い出が詰まった曲だったりします。新生活応援キャンペーン【投稿で毎日現金1万円が当たる!】
ブログネタ:10年前、今の自分想像できた? 参加中私はできなかった 派!10年前と言えば、25歳。ちょうどこのブログを書き始めた頃になります。25歳のわたしは、10年後の自分が置かれてる状況なんて想像できなかったよ。一生処女かも、ってぼんやり思っていたと思います。実際はその5年後に処女を卒業。そして現在はさらにその5年後なわけです。ちょうど最近このブログの過去記事を整理してるところで、20代の自分と久しぶりに対面して「あわわわわ」みたいな気恥ずかしさを抱えてる最中なんだよね。なつかしーなー、10年前の自分。最近のことのような気がするけど、もう遥か昔なんだね。時の流れってあっという間だ。このままだとすぐに乾いたおばあちゃんになっちゃうよ。(え、もうなってるって??)(笑)・・・そして現在の自分も10年後の自分をちっとも想像できないことに気づくのでした。10年前、今の自分想像できた? できた できなかった
“未経験”なアラサー女性は「処女捨て島」を目指す? 体験者が明かした衝撃の実態http://wotopi.jp/archives/14261(↑リンクは張りませんので、興味のある方はコピペして飛んでみてください。)“処女捨て島”なんてほんとにあるの?わたしがバリバリの高齢処女だった数年前はそんな存在聞いたことなかったけど…。しかも、この島で高齢処女を失ったB子さんは、>満面の笑みで『食べられちゃった……私ついに食べられちゃったよ』と目を潤ませながら言っていました。とのことだけど、高齢処女が「食べられちゃったよ…」なんて表現を使うことに若干の違和感があるのですが。しかも、初めて会ったどこぞの馬の骨とも知らない人と茂みで初体験を済ませたの?!わたしは元高齢処女だけど全く理解ができません。若い処女さんが焦りからこういった経験に走るのはわからなくもないけど、高齢処女ってもはやそんな焦燥感とは無縁だったりするじゃない?誰彼かまわず捨てたい願望よりも、相手やタイミングを吟味したい傾向っていうかさ。自分もそうだったからわかるんだけど。高齢処女にして初めての時を見知らぬ人と茂みなんかで迎えてしまったら、重荷が軽くなるどころかそれこそ心の闇が広がるんじゃないかと。だって、ン十年も温めてきた「初めて」を茂みで知らない人とだよ?食べられちゃったなんて言ってる場合じゃないよ。高齢処女のままでいるほうがよほども生きやすいよ…。元高齢処女としてひとつ言えるとするならば、相手と場所はとても重要です。たとえ高齢処女だった頃のわたしがこの島の存在を知っていたとしても、たとえわたしが今も高齢処女だったとしても、この島を目指すことはありません。この記事では高齢処女を捨てられなかったとされるA子さんが、処女捨て島に再上陸しないことを切に願います。
35歳から「精子力」ガクンと落ちる? 驚愕の事実 女性が年を重ねて妊娠力が落ちはじめるという話は有名だけど、実のところ男性にも似たような現象が…!!というお話。まあそりゃそうだよね、男女関係なく年齢とともにいろんなとこにガタがくるのは当たり前っちゃ当たり前だよね…。前回のブログ といい、加齢がらみの悲哀漂う内容の連投となったわけだけど、この二つの記事を読んだ時に思い出したことがありまして。…それは、さかのぼること数年前。わたしが友達に誘われて参加した飲み会の席で、当時40代前半の初対面男性(独身)が女性参加者に向けて突如言い放った言葉。「オンナと違い、オトコの加齢は劣化ではなく進化である。いくつになっても子供も作れるし、オトコの人生はいつだって右肩上がり。半面、オンナは年を取れば子供も作れなくなるし、衰えてゆく容姿を抱えて生きるのが困難になっていくばかり。オンナは若さだけが頼りのかわいそうな生き物。」その場にいた列席者は総じてドン引き。しかしこの40男(以下シローさんとします)、一瞬にして重苦しくなった空気をものともせず、同世代の女性にはかけらも魅力を感じないだの、俺に似合うのは20代の女性しかいないだの、オトコは年齢を重ねるほどに魅力が増してひたすら輝いていくだの、その後もべらべらと持論をまくし立てていっそう場の空気を凍りつかせた。外資の大きな会社に勤めていてかなりの高収入というシローさんではありましたが、髪の毛も20代男性と比べて明らかにボリュームが寂しく、体型ももっさりして機敏さからは遠い風体…当時20代だったわたしが初見の時点で「あぁ、絶対ナイな」と一瞬でシャッターを下ろした記憶があります。飲み会後、参加していた私の女友達(20代)をいたく気に入ったらしく熱烈にアプローチしていましたが、完全に相手にされていませんでした。「男性は年をとればとるほど右肩上がり」と息巻きながらも、熱弁をふるった割にまったくパッとしない顛末を迎えた哀れなシロー。持論を熱く展開するならば身を以て論拠を提示していただきたい、と強く思った出来事でした。なんだかねぇ、この二つの記事を読んで、あの時のシローに見せてやりたかったな、と。最初の記事 に登場する43歳の堀江さん(仮)に若干シローが重なり哀れに思いつつも。・・・シロー、今頃どうしてるかなぁ。多分今頃50歳くらいになってると思うんだけど、まだ「オトコの加齢は進化だ!すわ右肩上がり!」とか言ってるのかな。(笑)シローの現在に思いをはせたひとときでした。以下、抜粋。-------------------------近年、社会問題にもなりつつある「不妊」という問題。実は精子に原因がある場合があることをご存じだろうか。「精子の数が少なく、動きも悪いですね。自然に妊娠するのは難しいでしょう」 東京都に住む教師のAさん(42)は、37歳の時に受けた精液検査で、医師からそう告げられた。Aさんは35歳で3歳年下の女性と結婚。2年たっても子どもを授からず、不妊検査を受けた。妻に不妊の原因は見あたらなかったが、Aさんは重度の男性不妊症と診断されてしまった。 精子力は“35歳”が曲がり角という報告が、昨年11月に発表されている。 この研究を指揮する獨協医科大学越谷病院の岡田弘医師(泌尿器科)は、こう解説する。「精子には、受精した卵子を刺激して、受精卵を胎児に成長させる力があります。この『受精を促す能力』は、子どもを授かったことのある男性の場合、ほとんど低下しません。一方、不妊に悩む男性のなかには、この能力がもとから低い人がいて、さらに35~40歳からガクンと下がるのです」 受精を促す能力が低下する原因は、まだ解明されていない。加齢の影響は大きいと考えられている。「精子の質は10代がピークで、精子の数は35歳以降毎年1.71%、精子の運動率は44歳以降で毎年1.74%低下します。遺伝子が傷ついた精子は増えていき、『精子力』は衰えていくのです」(岡田医師) 世の中には高齢で子どもを授かった男性もいて、俳優の上原謙は71歳、三船敏郎は62歳だった。インドでは90歳を超えたケースもあるが、あくまで特例だ。 子どもは“天からの授かりもの”ともいわれる。できるだけ自然に妊娠・出産したいという気持ちは理解できるが、悠長に構えていられない「現実」がある。 大宮中央総合病院の飯野好明医師(産婦人科)は、こう話す。「晩婚化で、問題は深刻になっています。2012年の厚生労働省統計では、男性の初婚平均年齢は全国で30.8歳、女性は29.2歳でした。妊娠する確率が下がる35歳まで、猶予は5年ほどしかありません」※週刊朝日 2014年2月21日号
「優位にネット婚活できるのは39歳まで。40歳になったら検索されません」アラフォー独身者の憂鬱 SPA!本誌の特集では「40歳独身サラリーマン」や「40歳既婚サラリーマン」について何度も取り..........≪続きを読む≫ ネット婚活って世間では一般的なの?少なくとも私の周囲でやっている人はいないし、既婚である多くの友人たちからも婚活サイトを利用したことがあるという話は聞いたことがありません。これまで数多の結婚式に参加してきたけど、「婚活サイトで出会いました!」「彼が私に熱いメールを送ってくれたのが始まりです」「初対面までにメールを100通やりとりしました」みたいななれそめ話が式で披露されたことは未だかつてないんですがね…。私の周りはみんなだいたい職場や学生時代のつながりで結婚、ってパターンがほとんどだからね。ネットで結婚相手探しってどうしても抵抗があるし、友達もほとんどいないような特殊な人(notリア充)だけが利用するものだと思ってたけど、今や市民権を得つつあるのだろうか…時代は変わったね。それにしても、検索条件で相手を探すネット婚活などではなく、私の周囲のようにいわゆる「普通の出会い」で相手に巡り合うのなら、39歳だろうが40歳だろうが1歳の差でばっさり斬ったり斬られたりすることはないと思うんだよね。つまり、自然な出会い方でなく、何らかのツールやサービスを利用しての婚活だと、とにかく条件が重要になってくるということなのかな。この記事に出てくる43歳の堀江さん(仮)は、自分の年齢を受け入れてくれる若い女性に出会えるまで少し待ってみるそうだけど、待機してまた年を重ねたら余計に不利になると思うんだけど…、そこんとこわかってるのかしら(余計なお世話)。今の時代、こんな感じで結婚できない人が量産されているのかね。おそらく婚活人口って30代が一番多いんだろうけど、婚活の限界年齢が39歳までだとすれば、皆さんなるべく早めの決断が婚活成功の決め手ですわよ、とせんべいをかじりながらぼんやり思いました。--------------------------------------------以下、記事の抜粋。◆婚活パーティでは無視!? 40歳を境にモテなくなり生涯独身まっしぐら!<堀江孝之さん(仮名・43歳)/年収490万円/彼女ナシ歴3年>40歳を迎えたところで、6年間同棲していた彼女と破局。以来、まったくモテずに独身生活を続けている堀江孝之さん(仮名)は、独り身の不幸をこう語る。「“年貢の収め時かなぁ”なんて、まるでモテ男のように結婚を意識していたのですが、月収30万円弱の40男に不安を感じてか、別れを切り出されてしまったんです。しかも、家具や家電は彼女が買い揃えたモノだったので、すべてを持っていかれた。殺風景な部屋を眺めると、一気に切なくなりましたね。長年付き合った彼女に40歳でフラれるとは、考えてもみませんでした」 子供がほしかった堀江さんは、久しぶりのフリー生活を楽しむこともなく婚活をスタートさせた。「気がついたら遊び友達はみな既婚者で、休日に誰も遊んでくれない。昔の合コン仲間に女性を紹介してもらおうとしても、誰も手配してくれませんでした。仕方なく、婚活パーティに登録したんですが、大苦戦。メールを送っても、10人に1人しか返信が来ないんです。しかも女性側からのコンタクトは皆無。いわゆ る“書類選考”の時点で、落とされるんですよね」 堀江さんがこう嘆くのも無理はない。某大手婚活サイトのスタッフによれば、「女性は絞り込み検索の際に、40歳未満にチェックする人がほとんど。39歳はヒットしても、40歳は検索にヒットしません」とのこと。「女性から連絡が来たかと思えば、相手も40歳オーバー。子供がほしいので、もう少し若いコがいいなと思ってしまうんです。これって贅沢なんですか ね……。“このまま独身で一生過ごすのかな”と想像すると、老後が不安で仕方がありませんが、今はもう少しだけ年上好きの女性からのコンタクトを待とうと思っています」 結婚に立ちはだかる“40歳の壁”に苦しむ堀江さん。若づくりしたプロフィール写真を使用するなど対策は講じているが、モテない状況は早くも3年目に突入しようとしている。3/10発売の週刊SPA!に掲載されている特集『[独身or既婚]どちらが不幸か?』では、上記のようなアラフォー独身者の不幸話に加えて、既婚アラ フォーリーマンの切実なる生活も写真入りで大公開。また、離婚or晩婚という選択をしたことで「40歳にして不幸から脱却した人たち」の事例も紹介している。 あなたが独身者でも既婚者でも、「人生の選択」の参考になることは間違いないはずだ。 <取材・文・撮影/週刊SPA!編集部> Normal 0 0 2 false false false EN-US JA X-NONE
あれから4年経ったんだね。「もう」なのか「まだ」なのか、どちらの言葉がふさわしいのか判断が難しいところではあるけれど。個人的なことを言えば、この4年間で私自身にもいろいろな変化があった。あのころは初体験の例の彼と付き合っていて、震災の恐怖と不安で満タンになった私を、彼の存在がひたすら支えてくれていた。ほんと、彼がいなかったら私はあの日々を乗り切れなかったと思うの。私は東京に住んでいて被災者ではなかったし(帰宅難民にはなったけどね)、身内にも犠牲者はいなかったけど、それでもあのころは毎日を過ごすのがつらくて仕方なかった。もちろん、実際に被災された方たちの辛苦はもっとずっと格段にひどいものだったはずなのに、渦中にいなくても息ができなくなってしまうくらいの負のパワーを、あの震災は運んできたんだよね。しばらくしてその彼とは別れてしまったけど、あのころ隣にいてくれたことにただ本当に感謝してる。あれから4年。今も胸を痛めていたり、不安に震えていたりする人たちがいるという事実。あの時の彼は今は隣にいないけれど、あの日のことは忘れない。私は私の足で、5年目のこれからを歩いて行きます。(…その後出会いがあり新たな彼氏ができたのですが、その話はまたいずれ。)
また今日という日を迎えられてよかった。来年もこうしてまた聴けるといいな。
わたしはわりと最近まで、ずいぶん長いこと生娘生活を送っていたわけで、普通の人たちと比べて、他人と深くかかわるとかうまくコミュニケーションをとるとか、そういった類の素養はそれはもう皆無といって等しいくらいです。こんな年齢にもなって。そして未だに悩んだり迷ったりの連続で、おそらく同世代のみなさまに後れをとること甚だしい限りだと思われます。今日学んだこと。「我慢」じゃなくて、「配慮」。本当に正しいかはわからないし、もしかしたら、いやもしかしなくてももうダメなのかもしれないけれど、それでも、そういうこと、なんだと思います。
ずいぶん前に録画していた「おおかみこどもの雨と雪」をようやく観ましたよかった。すごくよかった。わたしは、主人公たちが恋に落ちてそして…という序盤のくだりに涙涙だったけど、育児を経験してる方々は、また違った感慨があるんだと思いますアニメで泣いたのは、ほんと久しぶりだったよ
CMで見かけて気になっていた、ハーゲンダッツのスプーンベジ(Spoon Vege)シリーズ念願のトマトチェリー味を食べてみましたふたを開けると…やさしいサクラ色いつものハーゲンダッツとは少し違って、落ち着いた甘味が印象的です。おいしかった次はキャロットオレンジも食べてみようっと
空白の3年間について語っている途中だけど、今やおぼろげとなった過去を思い出しつつ書いているので、なかなか進んでいない現状です。そんな中、現在進行形であれやこれやバタバタ中…(×_×;)はぁ。早く嵐よ過ぎ去れ。ペースは落ちますが、時間を見つけてゆっくり更新する予定です。
わたしのまつ毛はもともと長くて量も多く、今までエクステやらつけまの必要性も感じず過ごしてきたんだけど。加齢によるものなのか、最近コシがないというか弱々しいというか、若干量も減ってきたような…寄る年波がこんなところにまで(;´Д`)で、ついに買ってみました!前々から気になっていた、スカルプDのまつ毛美容液☆今までまつ毛美容液の類は使ったことがないので、使用感が楽しみまたそのうち、効果を報告しまーす
空白のこの3年間の間に、IT機器に弱いわたしもスマホユーザーになりましたとはいっても使いこなすレベルにはいまだに程遠くて、ガラケーに毛が生えた程度の使い方しかできていないんだけど。みんなが当たり前のように使っているアプリの存在さえも知らないありさま周囲にはほとほとあきれられています。もはや固定電話で事足りるんじゃ…さて、そんな機械音痴の私ですが、今回ブログの再開にあたって、アメーバのアプリをインストールしてみました☆これで、毎日通勤電車の中でブログを書けるぞーと意気込んでたんだけど・・・翌日の朝。カチカチカチカチ・・・。(通勤電車のなかでスマホを操りブログ記事を書くわたし)カチカチカチカチカチ・・・・・・。(通勤電車のなかでスマホを操り引き続きブログ記事を書くわたし)カチカチカチカ・・・おえっ。電車内でスマホ画面と必死で対峙していたら、すっかり画面酔いしてしまいました。そういえばわたしは常日頃から乗り物酔いする体質でした。よって、通勤電車でのブログ更新不可。3年前と同じく、家のPCでマイペースな更新になりそうです。どんまい。
身も心も深く触れ合った相手との初めての別れは、想像以上につらいものでした。処女だった期間があまりにも長すぎて、特別な時間を共有した存在が離れていく現実にはなかなか順応できず。。。そのため、我を忘れ占いに走り、恋愛マニュアル本に頼り、うさんくさい恋愛カウンセリング系のHPにどっぷり入り浸っていたわたし。今となればただの廃人です。そんなある日。ふと思い立ったわたしは、何とかしなくてはと重い腰を上げたのでした。続きは、またいつか。
初体験の彼と別れる直前と、別れてからの数か月は、本当に、本当に苦しかったよ恋愛偏差値が異様に低く、何につけても加減のわからないわたしは、30歳にして初めて心と身体をゆだねた相手だからか、気づかないうちに彼にものすごく執着していたのかもしれない。彼と会えないことも、彼が自分から離れていくことも、ただひたすらに、とてもつらかった。巷で評判の占い師さんの元に大枚をはたいて足を運んでみたり、男性心理が驚くほどわかる!と謳った恋愛サイトの類を熟読してみたり、男女交際の心得について説いた恋愛本の数々を購入してみたり、当時はとにかく救われたくて、いろんなものにすがって何とか生きながらえていた気がする。ほんと、つらかったんだなぁ今もまだ、あのころの名残で恋愛本が家にわんさか積まれているという。
処女生活に終止符を打ったお相手の彼とは、震災から半年後くらいに別れちゃいました。付き合った期間は1年強かな?別れの理由は、①彼の仕事がめちゃめちゃ忙しくなってしまったこと↓②男女交際に不慣れなわたしがなかなか素を出せず、常に彼の顔色をうかがってしまい居心地を悪くさせたこと大きくこのふたつ。一番目の理由は読んで文章の如しで、震災後、彼の仕事は多忙を極め、日本だけでなく海外もあちこち飛び回る日々でした。結果、会える機会が激減し、日々不安に押し潰されそうになったわたし。しかし恋愛経験値激低のわたしはその不安な気持ちをうまく表現することができず、だんだん彼と普通にコミュニケーションをとることができなくなっていきました。彼の些細な言動に過敏になるばかりで、彼が忙しい中せっかく会えても、会話を交わすことさえまともにできなくなって…会っても無言。無言無言無言。ひたすら無言。でも相変わらずエッチだけはする、みたいな今思うと、最期の頃はセフレと大差ないような関係性だったかもあまりに恋愛に不慣れすぎたから、不安で満ちた中どう振る舞っていいか全くわからなくて、ただひたすらに不安だけがつのり、言葉はますます遠ざかっていって…2011年、秋。初体験の彼とお別れしました。
さて、3年ぶりにここに舞い戻ってきたわけですが、アメブロもずいぶん様子が変わっててびっくり!なんだか昔より何かとハイカラになってるね!!(ハイカラって…)3年という期間はあなどれないいや、別にあなどってたわけじゃないけど、過ぎた年月の重みをひしひしと感じるよアメブロがすこぶる進化を遂げたこの3年の間に、私自身も当然色々な変化があったわけで…。あんなことこんなこと、そんなことも次回からは、この無言の3年間についてさらっと話していきたいと思います