(ディーラーシップの構造)

 

 ざくっとチャートでディーラーシップ(セールスのみ)の構造を説明すると、上記のようになります。この構造は、州によっても違うし、メーカーによっても違いますが、ニューメキシコ州では、大体こんなもんです。ニューメキシコのフォード直系ディーラーの場合、ジェネラルセールスマネージャーの下に、デスクマネージャーというのが置かれており、パワーフォードでは、そのデスクマネージャーが3人いて、超忙しい土曜日などを除いては、早出、遅出、休み、等々を交代で取ります。セールスチームは、AとBの2チームのみ。これが、やはり交代勤務になります。土曜日は、両チームとも12時間勤務です。早出は、朝8時から夕方の4時まで。遅出は、12時から終了時間まで(夏は8時、冬は7時)の勤務。勿論これは、一般的ルール。何時間働こうと、自分の勝手です。毎日12時間働いたら、死にますが。

 

 各セールスマン(上の図ではプロダクトスペシャリストと書かれている)はチームリーダー(セールスマネージャーと呼ばれる)の指導を受けながら、お客にテストドライブをさせたり、お客とディーラーシップ側の交渉を進めたりして、最後には取引をまとめる。すなわち、これが完了すると、コミッションが支払われます。経験豊富なセールスマン(上の図ではシニアプロダクトスペシャリスト)は、チームリーダー(セールスマネージャー)のヘルプは必要ありません。一チームは、大体12人前後から構成されており、そのうちの、2人ほどが、シニアセールスマン。ひと月に15台以上売ります(月収約15~16千ドル)。まあ、「売れない月」というのがどうしてもあるので、年収にすると、10万ドルとちょっとというところでしょうか。下っ端のセールスマンは、「最低売り上げ台数」というのが定められていて(フォード系は月8台)、この数字を越えられるかどうかが、「サバイバル」を決めます。というのは、一台についてのコミッションが7台売るのと8台では月とスッポンの違いがあるからです。だから、7台以下しか売れないセールスマンは、連れ合いが弁護士とかの高給取りでない限り、自然と消えていきます。

 

 全ての交渉は、セールスマンとデスクマネージャーの間で行われ、顧客とデスクマネージャーの双方が金額において(これはセールスプライスのこともあるし、月賦の金額のこともありますが)「OK」と言った時のみ、「契約が成立」となります。簡単なようですが、時には「交渉」だけで3時間とか4時間とかかかるんですから、先ほど述べた「勤務時間」なんて、無きに等しい、と言っても言い過ぎではありません。要は、勤務開始時間に遅れると、懲罰を食らう、というだけの話です。いくら遅くまでいても、「車を売っている限り」全然問題ありません。だから、時には閉店時間前にお客が入ってきて、「じゃあ交渉に進みましょうか」となった場合など、帰りは「午前様」になります。何時になっても、売ればコミッションになるので、遅くまで働くのを嫌がるセールスマンは皆無です。俗に言って、新車よりも、中古車を売るほうがコミッションは大きいので、「この車を売れば、5千ドル!」と思えば、嬉々として働けるのが人情です。勿論、帰宅するときには、もう「クタクタ」を通り越していますが。

 

 そんな事情は、ツメの先ほども知らず、ショールームに乗り込んだオカン。

 

 受付で、「2時に面接のヨーコやけど」というと、受付嬢は、ナイスな女性で、「ちょっと待っててね。マネージャー呼んで来るし。」と言って、マネージャーを呼びに行った、と。ショールームはそれほど混んでいないのに、マネージャーは忙しいらしく、なかなか「タワー(デスクマネージャーがいるガラス張りの部屋。ジェネラルマネージャーもここにいて、デスクマネージャーのやることをチェックしている)」から出てこない。半時間ほど待たされた後、最初に出てきたのは、デスクマネージャーの1人、マイケル。いかつい。自己紹介の後、面接開始。

 

 マイケル「今まで、車の販売ってやったことある?」

 オカン「ない。車なんて興味ないがな。それを売るなんちゅうなことは考えたこともなかった。」

 マイケル「今、セールスウーマンは2、3人くらいしかおらんけど、男と違って、女っちゅうのはあたりが柔らかいから、お客さんも油断するねんで。ほれ、そこのセールスウーマン(名前を呼んで)、彼女は月に5~6千ドルくらいもうける。アンタも、うまくやれば、そのくらいいくやろう。頑張ってんか。」

 オカン「そら、よろしゅおまんな(松下幸之助風「結構ですね」)。ほな、それでいきましょ、ということで。さいなら。」

 マイケル「あっと、僕の後、あと3人のマネージャーと面接してもらうんで。」

 

 ここで、マイケルのボスであるジェネラルマネージャーのグレッグが出てきた。ドラえもん体型。

 

 グレッグ「なんでこのディーラーシップに応募したの?」

 オカン「金」

 グレッグ「なんで金が欲しいん?」

 オカン「金に困ってんねん。切実やねん。もうどうしようもないねん。息子の学費が払えやんねん。オカンの私が働かんとあかんねん。それが、どこに履歴書を出しても、取ってくれへん。それで、思い切ってアメリカントヨタのインターネットセールスに応募して試験まで受けたけど、ボツ。金がいるねん。金の為なら、車でも何でも売る。それが今の心境。あんた、日本人の事知ってるかどうか知らんけど、日本人ちゅうのはまじめでよう働くんやで。まあ、雇ってみなさい。わかるよってに。」

 グレッグ「柔道やるんやって?僕のこと投げられる?」

 オカン「当たり前やんか。アンタ、一瞬でお陀仏よ。」

 グレッグ「子供の送り迎えどうすんの?夜、遅うなるけど。」

 オカン「もうドライバー雇った。問題なし。」

 グレッグ「それは、用意のええ事で。ほんなら、次のマネージャーにバトンタッチするわ。また、後でね。」

 オカン「ああ、そうでっか。ほな、また後であいましょ。」

 

 グレッグがタワーに帰って、他のマネージャーと話している。次に出てきたのは、もう1人のデスクマネージャー、ジェイムス。超豪華版のたこ焼きのイメージ。垂直に短く、水平にやたらと長い。要するに、ずんぐりむっくり。

 

 ジェイムス「アンタ、学歴あるなぁ。外国語しゃべんのん?」

 オカン「今、英語喋っとんやんか、アンタと。母国語は日本語や。その他、大学院の時、18ヶ国語勉強した。まあ、つかいもんになるのは、メジャーな言語だけやけど。」

 ジェイムス「北京語(マンダリン)いける?」

 オカン「いける」

 ジェイムス「うちの娘、今、学校でマンダリン勉強してんねん。サンディア・プレップ(注:Sandia Preparatory School。うちの息子の通うアルバカーキアカデミーの次にいい学校。学費はほぼアカデミーと同じ。ただ、宗教色が強いのが難点(キリスト教)。そのうえ、おおっぴらに縁故入学を認める。すなわち、親戚や家族でサンディアに行っている人間がいると、無試験同然で入学が認められる。商売としては賢い。)に通わせてんねん。ニューメキシコ州で、一番の学校。」

 オカン「ちょっと待った。サンディアは2番じゃ。1番やない。1番は、うちの息子が通うアカデミーじゃ。(このボケ!)」

 ジェイムス「ははは、昔はな、アカデミーが1番やったけど、今サンディアが追い越したんじゃ!」

 オカン「だれからそんなたわけたこと聞いたんじゃ?全米のランキング、よう見てみい!(たわけが!)」

 ジェイムス「お前、そんなこと言うんやったら、雇ったれへんぞ!(笑いながら)」

 オカン「日本人は、(お前らと違うて)不確かなことは言わへんねん。望むところじゃ!」

 

 ジェイムス、笑いながら去る。

 

 そこで、別のマネージャーが、急遽、ファイナンスディレクター(財務担当のボス。この人がイエスといえば売れるし、ノーと言えばセールスはなしになる。驚くばかりの権限を持つ。)のジムをオカンに紹介し、ジムが面接を始める。

 

 ジム「アンタ、見たところ、学歴があるし、物凄く垢抜けしてるね。カーセールスマンというのは、概ね学歴がないし、業界が業界やから、四六時中、汚い言葉を使う。僕もそうやけど。アンタ、大丈夫かい?」

 オカン「汚い言葉を使うのはあきませんで。そういう言葉を使うと全て自分に帰ってくるって、仏教では言いますのや。自分を汚してるんやってね。日本ではね、子供の頃から、汚い言葉は使いなさんな、と教わりますねん。やけどね、『郷に入っては郷に従え』って言いますやん。私、ここに金儲けに来てますねん。自分としては使いまへんが、無視することはできます。それでよろしおましたら。」

 ジム「このセールスの世界ちゅうのは、トップセールスマンになれる人間が10%。そして、彼らがディーラーシップの90%の売り上げを持っていく。アンタ、この10%に入れると自分で思うか?」

 オカン「そんなこと聞くな。当然じゃ。」

 

 ってなわけで、ジムが去った後、ジェネラルマネージャーのグレッグが帰ってきた。

 

 グレッグ「普通はよ、『後でコールバックするから』と、これで帰ってもらうところやけど、僕、アンタ気に入ったし、即採用ということで、採用プロセスすぐに始めるわ。ソーシャルセキュリティカード持ってきてる?それと、免許証貸してんか。どっちもコピーとるから。」

 オカン「そりゃ、有難いなあ。はい、これ。」

 

 4人から面接を受け、採用(口頭)通知を受け取るまでの所要時間、約1時間半。まあ、神様のなさることは、人間(特に私のような愚か者)には、分からないことだらけ。「塞翁が馬」とは、正にこのことで、鬼が出るか、蛇が出るか。車に関する知識ゼロの私が、青天の霹靂で、車のセールスマンになっちゃったよん。(結局、6ヶ月の勤務の後辞職しましたが…)