西部邁の言っていた「三種の人間」 | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
ユニークな視点で書いています。

国際社会もそうですが、みんな暴力が支配しているのです。その原型は、電車の中にいる一人のオジさんが、みんなを制圧するのです。そこから始まるのです。これが暴力と支配の原型です。(ドリフのコントより)

 

 亡くなった西部邁さんが面白いことを言っていました。「この世には三種類の人間しかいない」と言っていたのです。

 1種類目の人間は悪党です。悪党は、人のことを考えません。「自分だけよければよい。自分のためなら人殺しも何とも思わない。捕まらなければよいのだ」という考え方です。このような種類の人間がいます。

 2種類目の人間は馬鹿です。これが多いのです。馬鹿は物事の判断ができません。何を聞いても、「何が正しいのか?」という判断がつきません。馬鹿は始末に負えません。どんなに良いものを見ても「良い」ということがわかりません。

 どんな悪いものを見ても「悪い」とはわかりません。このような人間が宗教団体に流れ込むのです。馬鹿であるが故に自分で物事を考えません。従って人の判断を自分の判断とするのです。このような人間は宗教団体に流れてしまうのです。

 3種類目は病人だというのです。何かに狂っていて、とても正常な判断力をもっていません。「あそこが痛い」「ここが痛い」というのは、正常ではありません。体がいびつで曲がっているのです。

 心と体がいびつに曲がっているので病気になるのです。病気になり、車いすになど乗ったら大変だと思います。トイレなどどのようにしていくのでしょうか? 何をするにしても普通の人よりも倍以上の時間がかかります。並大抵の努力ではありません。

 この3種類の人間が世の中にはいるのです。悪人が2種類の人間を騙して、自分がよりよい生活をしているのです。

 今の日本もこの3種類の人間であふれています。聖人が出てきて、この世の中を直していくためには、3種類の人間しかいないのです。どうしようもなりません。「3種類含めて直す」と言っても、なかなか直せるものではありません。

 悪人が馬鹿を利用して、病人まで利用していくところに戦争が起きたりするのです。馬鹿は自ら何もしません。悪人が戦争を起こすのです。悪人は「自分だけは捕まらない」「自分だけは死なない」「人は殺しても自分は死なない」と考えているのです。始末に負えません。どれだけ多くの人々が悪党に騙されてきたのでしょうか? 

 世の中は徒党を組んで、人々の上に乗っかり人々を搾取するという構造です。だから、徒党を大きくしようとするのです。大きくした団体は沢山あります。一番簡単な支配の法則があります。例えば電車の中に一人の男がいます。ドリフターズの電車の中でのコントにあります。

 「そこをどけ!」と言うのです。するとみんな怖いから席を開けてくれるのです。隣に女でもいればからかってしまうのです。「おい、姉ちゃん。俺と付き合わないか?」と言うのです。それを志村けんが「何をやっているのだ、やめろよ!」と腹話術で言うのです。すると「誰だ、今言ったのは。おまえか?」と全く違う奴をひっぱたくのです。

 また、女の子をからかうのです。すると「やめろ!」と志村けんが腹話術で言うと、「今言ったのは誰だ!」と立ち上がって「テメーか、コノヤロウ!」と、目の前に座っている男性の本を取り上げてぶん殴ってしまうのです。

 最後は、志村けんが腹話術でしゃべっていたということがバレて「灯台下暗しか」と笑って志村けんが殴られるのです。これは本当によく暴力の構造を現しています。

 一人のプロレスラーのような男が電車に乗ってきて、「どけ、コノヤロウ!」と言ったら、みんな怖いから席を開けてしまうのです。

 これは支配です。その車両は一人のプロレスラーに乗っ取られて、何でも言うことを聞いてしまうことになるのです。これは支配であり、一人の暴力です。こんな奴らが10人も20人も集まって、何かを支配しようと思ったら大変なことになるのです。

 近所という地域で考えてみても、一つの町が乗っ取られてしまうのです。みんなが怯えるような格好をして「うりゃーー!ドケ!」と、町の中をノシノシと歩くのです。するとみんな怖いから道を開けます。もう終わりです。その町は占拠されたということです。

 「みんな俺のところに酒や米をもって来い!」と言われれば、怖いからみんなもっていくことになるのです。「よい姉ちゃんいるじゃないか。今日は俺のところへ泊まって行け」と言えば、みんな怖いから従ってしまいます。これが支配の原型です。

 これがだんだん天皇家の原型になって、支配をし続けて今に至るのです。それとヤクザも同じです。ヤクザは国を「組」と言うのです。言葉を変えて同じことをやっているのです。「ここからあそこまでは俺の島だぞ。この中の用心棒代は全部もらうからよ」と言うのです。ヤクザは税金とは言えない税金を取るのです。

 そこに仕組みがあり、他所の組のヤクザは入れなくなっているのです。「ここは俺の縄張りだぞ」と言っても、たまに他のヤクザが入ってくるのです。それで喧嘩になるのです。これが組みと組との抗争事件です。これが支配の構造です。

 日本国という支配があります。「税金をもって来い」というのは支配です。隅から隅まで調べあげて、お酒をつくったら税金を取られます。米をつくっても税金を取られます。何から何まで税金を取られるのです。タバコを吸ったら1本いくらの税金と決まっているのです。

 組、国という組織をつくって、国民からがんじがらめにして絞り上げているのです。絞った搾りカスがあるのです。搾りカスをヤクザが拾い、自分の縄張りをつくるのです。

 国というものは大きいからヤクザごときでは壊れません。国は軍隊も警察ももっています。それを上から抑えているのだから、ヤクザがチョロチョロと走り回っても、その大きな構造は壊れません。壊れないからおこぼれを取り合うための縄張り争いがあるのです。

 結局、力です。国は権力をもって人々を支配しているのです。でも、考えてもみるとよい仕事です。国になると大変な収入があるのです。総理大臣になると、100兆円のお金が使えるのです。

 1兆円というお金はどのようなお金かというと、神武天皇以来、2800年間毎日100万円使っても使いきれない金額です。気が遠くなります。2800年前から毎日100万円使っても、使いきれない金額が1兆円です。

 それを100兆円などと言ったら、とてつもない金額です。政治家はそれを自由に使うのです。総理の一任事項です。「○○へ行ってお金を配ってきた」など、いちいち議会に報告する義務はありません。どんどんやりたい放題です。

 政治家は国民を見ると税金の対象でしかありません。「お前ら、お金をもって来い」という構図です。あまり露骨なことをやるとまずいから、色んな物に税金がかかっていると誤魔化して、見えないようにしてやっているのです。

 そこで消費税とは何かというと、一番とりやすいのです。「物が売れたら10%の税金を取るぞ」と言えばわかりやすいのです。これは、10%では終わりません。10%から13%になり、15%になり、20%というように上げやすいのです。数字だけ変えていけばよいのです。

 政府が「税金を20%にします」と言えば終わりです。税金を取りやすいのですから、役人はどうしても消費税で税金を取りたいのです。簡単です。「明日から消費税を10%上乗せします」と言えばよいのです。すると莫大な金額が政府に入ってくるのです。

 消えた年金は何処に行ってしまったのでしょうか? あれは役人がわけてしまったのだと言われています。「お前は、5億円だ」「お前は10億円だ」というように分けたらしいのです。

 消えた年金は、役人に食われた年金です。それでお咎めなしです。誰も辞めません。手厚い保護がされているのです。小金井市でも問題になりましたが、バスの運転手が100万円の月給をもらっているのです。信じられません。たかがバスの運転手が100万円も給料をもらっているのです。みんなで税金を食い破っているのです。

 税金は年度ごとですから、残してはいけません。残ると来年度の予算が減らされてしまいます。だから全部使ってしまうのです。残ったら「はい、もっていけ」とみんなで分けてしまい金庫の中はゼロです。

 官房機密費もそうです。総理になると大きな金庫を見せられて、その中にはお金が30億円入っているのです。30億円という人もいれば、60億円だという人もいます。「このお金を全て使ってください。総理をおやめになるときは、金庫はカラッポにしてください」と言われて、そのお金は領収書も何もいらないのです。

 「今日、総理になりまして、明日辞めます」と言ってもお金が入ってくるのです。凄い仕組みでしょう。みんなそのようなことをやっているのです。その金をもってジャーナリストに配って回るのです。「あまり、政府の悪口を言うなよ」と言ってお金を配るのです。新聞社もテレビ局もみんなお金を配るのです。だから本当の意味での政府批判はできません。

 代議士は「取ったお金は自分のお金だ」と思っているのです。だから、みんな代議士になりたがるのです。お金の分捕り合戦です。与党にいないとお金は入ってきません。与党にいて首相になっていればいくらでもお金が入ってきます。右から左へバンバンお金が入ってくるのです。

 政治家同士で「これは挨拶費ですから」と言って1千万円です。「こんなにもらっちゃっていいのかな」と思っても人のお金ですから、みんなで分けているのです。ひどい話です。

 警察もそうです。まず最初にやることは、ニセ領収書をつくるのです。1年生の警察官に最初にやらせる仕事は「はい、この領収書に数字を書いて提出しろ」と言うのです。そればかりやらされるのです。その領収書と裏金を交換します。警察官になるとそれで給料は2倍くらいもらっています。

 議員だけではありません。公務員は全員やっています。警察官も裁判官もそうです。裁判官になると出席しなくてもよいのです。何ヶ月休んでいても「辞めろ」とは言われません。好きなだけお金をもって何処へ行こうと勝手です。何か言われたら、「ちょっと調査してきます」で終わりです。ひどい世の中です。本当にお役人様天国です。

 子供を公務員にしたい意味がわかります。このような税金と縄張りの関係は、「絶対に自分の利権にはよそ者を入れない」ということです。絶対に損しない。身銭は一銭もきらないのです。

 これは上から下までそうなっているのです。それだけ公務員は恵まれていて、公務員を辞めると公務員年金がつきます。ずっとつくのです。ついたままで息のかかったところに就職して経理部長などになるのです。

 一生のうち、何度でも転がせるのです、そこでまた退職金をもらって、次の大きな会社に行きます。2~3年いて、また退職金をもらうのです。年金はずっとついたままです。その他会社で退職金をもらうので、役人は辞めても大金持ちになるのです。

 それが一番やれるのが財務省です。財務省は全ての銀行が管轄権です。銀行の頭取でいくのです。行くところがないのは消防です。警察も本当はないのです。無いのだけれども無理につくっているのです。

 財務省ならば大手を振って、どこの大会社でも就職できるのです。そのような仕組みです。国際社会もそうですが、みんな暴力が支配しているのです。その原型は、電車の中にいる一人のオジさんが、みんなを制圧するのです。そこから始まるのです。これが暴力と支配の原型です。何と日本は、暴力に満ちた社会であるのかということがよくわかります。

 

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