油屋種吉の独り言

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MAY  その64

2020-09-08 20:56:41 | 小説
 わたしの家くらい、調べればどこにあるか
すぐにわかるはずなのに、と、メイはいらい
らしながらニッキからの連絡を待った。
 降り出した雪は、夕方になってもやむ気配
がなかった。
 ジェーンと彼女の妹たちは、疲れてしまっ
たのか、すでに床についている。
 ジェーンとともにやって来た猫は、暖炉の
そばで丸まって離れようとしない。
 「メイや、めずらしいわね。そんなに熱心
に本なんて読んで。ごはんも済んだんだしね。
さっさとお風呂に入って、休んだらどうなの」
 ロッキングチェエアに深々とすわり、毛糸
のマフラーを編んでいたメリカが、ぶあつい
めがねの奥のひとみを、ふいにメイに向けた。
 メリカのまなざしは優しかった。
 さっきから何も話そうとしない、メイを心
の底から気づかっていた。
 「ううん、そうよね。ありがとう、メリカ
おばさん。もうちょっとね。そしたら言うと
おりにするから」
 「ひょっとして、誰かを待ってるのかしら。
こんなひどいお天気だし、まして荒れはてた
森の中よ。誰も来やしないに決まってる」
 痛いところを突かれたが、メイは口を開か
ないでいた。
 下手に答えると、ますます、自分の気持ち
がすさんでしまいそうだったからだ。
 とうとう、メイはあきらめて、ふらっと立
ち上がると自分の部屋に向かった。
 小窓のカーテンはわきに引かれたままだっ
たし、小さなストーブの上のやかんの口から、
さかんに湯気が立ちのぼっていた。
 外気があまりに低いせいで、湯気が小窓の
ガラスにはりつき、白くなっている。
 ところどころ、凍っていた。
 (この雪なんだから、ニッキたち、調査を
とりやめてもしかたのないことだわ)
 メイは小窓に向かって、はあ、と息をふき
かけ、右手の指でガラスの表面をぬぐった。
 雪がやんでいた。
 次の瞬間、メイは驚きのあまり、あっと叫
びそうになった。
 暗いはずの家の塀の向こうの森が、やけに
明るい。
 (こんな夜更けに誰だろう。森の中でいっ
たい何をしているのだろう。町の役所で請け
負った人たちが道を整備するにしたって、そ
れは昼間にやることだし。よほどの突貫工事
なら別だろうけど)
 次々に疑問がわく。
 むりやり、モンクおじさんを起こすわけに
はいかない。
 彼は、昼間の仕事でよほど疲れている。
 今回のことは、あくまでも自分自身の問題。
この先、自分の身に何が起ころうとしかたが
ない。
 メイはそう思い、親代わりのモンクとメリ
カにも、とことん黙っていよう思っていた。
 メイは身支度をととのえた。
 寒空に森にでかけるのだ。
 頭の先から足の先まで、ありったけの服や
ずぼんでおおうと、こっそり家を抜けだした。
 不思議なことに、森の中の小道に、雪は積
もっていなかった。
 それにしても寒い。
 手袋を忘れてきたメイは、さかんに両手に
自分の息をふきかけた。
 「やっぱり出てきてくれたんだ」
 ぽっきり折れてしまって、道端に突っ立っ
ているのだろう、と思った木が、突然しゃべ
りだした。
 「ええっ、なんて?ニッキ、ニッキなの?」
 「ああ、おどかしてごめん」
 「こんなに夜おそく。それもしんしん雪が
降ってたのに。ねえ、どうしてどうしてなの」
 メイは、自分の疑問を、じゅうぶんに言葉
にこめた。
 「あんまり時間がないんだ。戦いが厳しくっ
てね。お天気どころじゃないんだ。このところ
ろくろく寝てないし」
 「そうなんだ。ニッキってかわいそう」
 「かわいそうなのは、みんなさ。必死で敵
と闘ってる。勝負はほとんど互角さ。あと一
歩。なんとか敵より前にすすむことができれ
ばね。きみが教えてくれた石が、われわれに
とって心強い武器になればいいが、と思って。
もちろん、きみのお父さんも、ここにおいで
になってるよ」
 洞窟に向かって歩けば歩くほど、気温が上
がってくるように思える。
 「なんだかとっても不思議。どうしてこん
なに暖かいの?」
 「それはね。きみに話しても、わかんない
だろうから」
 そう言って、ニッキはあらわになったぶあ
ついくちびるをひらいた。
 一本も欠けていないきれいな歯がのぞいた。
 たぶん、光の差してくる方向に、宇宙船が
着陸しているのだろう。
 道のまわりを遠くまでおおっていたはずの
白いベールが、いつの間にか、まったく見え
なくなっている。
 「さあ、思い切って行こう。メイ」
 ニッキの力強い声が、ともすれば弱気にな
りそうなメイを励ました。
 
 
 
 
  
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