3月5日

夜中空港に向かう途中、携帯のポケットに入れていた免許証をどこかで落とす。車買う予定なのに...。自分の不注意なのは確かだが、それでも気分は最悪のまま、東京モノレール浜松町駅の改札を通過した。そして、プラットフォームに出てみると羽田行きのモノレールが目の前で出発していった。次の羽田行きは20分後。非常に幸先が悪い。

モノレールが出たばかりのプラットホームにはほとんど人がいない。その静かな空間で一人でただぼーっとしてベンチに座っていると、バックパックを背負ったカップルが目の前を通っていった。その二人は中国語を話していた。

空港に行く度に、そこは旅の始まりでもあって、旅の終わりの場所にもなり得る場所なんだと感じていた。この二人は日本で良い思い出を作れただろうか。そして、おれもこれから良い思い出を作ってここに戻ってこれるだろうか。

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23時48分、モノレールの先頭の方に乗り込む。お客さんの数はまばら。こんな時間に乗る人は滅多にいないだろう。

51分、モノレールは発車した。窓から見える暗い街中を見ていて不思議と気持ちが高まってきた。ついに久しぶりの長期旅行が始まる。





3月6日

0時過ぎ、羽田空港国際線ターミナルに到着。すぐに一階の外にある交番へと向かい、遺失届を提出した。とりあえず、日本の間にいる間できる最善の策はこれくらいしかないだろう。ちなみに、代理で友人が受け取れないか聞いたところ「本人じゃない人に免許証が渡せるかはわからない」という至極真っ当な答えが返ってきた。

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その後、チェックインカウンター近くのソファまで移動。深夜から朝にかけてのフライトを待つため、終電で移動してきた人たちが自分以外にも多くいた。しかし、意外と寝そべられるくらいにはソファが空いていた。一画に良い感じに寝られる場所を見つけ、場所を確保。ここでチェックイン開始の4時まで一寝入りするつもりだったが、微睡む感じはするもののしっかり寝られた感じはしなかった。

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4時にアシアナ航空のチェックインカウンターに並び始めた。自分はウィンドブレーカーのようなコートを着ているが、周りはみんなオシャレな格好をした女の子が多かった。やっぱり韓国行きの飛行機は女性が多いみたいだ。韓流ブームは去ったとは言われつつも、旅行先としては定番なんだろうか。それにしても、この中だと自分がやたらと浮いてしまう。チェックイン後、直ぐに入国審査を通過。出発ターミナルで寝そべり出発を待つ。

日が昇り、明るくなった頃に搭乗は始まった。いつも通り、窓際に座って景色を楽しむつもり...が、ほとんど寝て過ごした。

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飛び立って直ぐに提供された食事はまさかのコチュジャン付のカツ丼とゴマ豆腐とワッフル。胃腸の調子悪いし、寝不足で、しかも朝食でこれはきつい...。


空港到着後、イミグレに並んで待っている間にスマホで必死にソウルの情報を調べていた。というのも、全く韓国の情報を調べないでここに来てしまったのだ。トランジットだし、短時間だからと思ったけど、意外と放りだされてみるとほんと何したらいいかわからない。

とりあえず、ソウル駅まで鉄道が通っているので、それに乗ってソウル駅にまず行くことにした。入国審査を通過し、両替をした後に、鉄道のチケットインフォメーションへ。鉄道は普通列車と特急があり、普通列車は4000ウォン、特急はソウル駅まで8000ウォンだった。1000円以下で特急に乗れるなら、記念乗車としてちょうどいいと思い、迷わず特急のチケットを購入した。

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かなり道に迷いながらKRTの駅に行き、特急のプラットホームに到着した。ここのプラットフォームは同じ場所でありながら、普通列車と特急列車で分かれている。

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特急列車に乗り、前のモニターを見てみると、いきなり独島の領有権を主張するムービーが流れ始めた。この手の広告は日本では見たことがないが、韓国では外人に対しても積極的に広報活動を行っているようだ。

こんなことを言うと怒られるかもしれないけど、車窓から見てみる韓国の景色はなんだかいつしか旅した中国のものと似ていたような気がした。中国がそれだけ発展して来ているんだろうか。

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ソウル駅に着いて、適当な場所に出てから駅の周りを散策。

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ハングルが読めないから、本当によくわからない国に放りだされたような感覚になった。これ、カザフに入国して回りがキリル文字しかなかったときも感じてたっけ。

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適当に歩き回って崇礼門に到着。ソウル駅から歩いて10分くらいの場所にあった。オフィス街のど真ん中にかつて築かれた城壁とその門の一部が残っている。ただ、月曜日は休館らしく、開いていなかった。

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その後、近くにある南大門のマーケットへ。ここにはビルがいくつか並び、そこにそれぞれ食料品や日用品を販売するお店が所狭しと並んでいる。

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ほとんどの外国人旅行客は明洞に行くのだろうか。ここは観光客よりも、現地の人たちが多くいるような感じがした。しかし、町中を歩いて居ると「オニイサン、ニセモノ、イル?」とか聞いてくる。

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でもこんな感じの狭い市場を歩くのは好きだ。

適当に道なりに任せて歩いて行くと、地下鉄4号線のHoehyeon駅を見つけた。ここから、ふと、大統領府の青瓦台を見てみたいと思い、落ちてるwifiと駅員からもらったマップをもらって現在地を把握、Gyeongbokgung駅に向かった。駅について適当な出口を出て歩いて居ると、道に迷った。それらしき建物が見えない。しかし迷っている途中で、インチョン空港にダイレクトで行くバスを発見した。ここらへんで時間を潰して、ここからこのバスで乗ってかえることにした。

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青瓦台の位置を通りがかりのおじさんに教えてもらい、かつての韓国の王宮「景福宮」へ向かった。

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入り口には守衛の格好をした人たちがいた。

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ソウル市内には5つの王宮があり、その中で最も規模が大きく建築美に優れているのが景福宮だと言われている。

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ソウルで最も有名な観光地なのだとか。

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中の敷地は広く、お散歩には最適。中にはレンタルのチマチョゴリを着て、写真撮影をしている人たちもいた。高い建物も見えないし、時代劇に出てきそうなワンシーンが撮れそうだ。

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で、お目当ての青瓦台だが、この景福宮の奥の方にある。しかし、普通の一般客はその入り口も近寄れないようであった。予約すれば見れるらしいが。そんなの後の祭りである。屋根だけ撮影して満足。

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一通り見て回ったあと、同じ入り口に戻ると交代の場の演技が行われていた。

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バスの時間まで20分くらいあったので、お昼がてらサブウェイを買った。ここに来てサブウェイかよ!と思うかもしれないけど、ここ最近お腹の調子が良くないので勘弁...。

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13時34分ごろにバスが到着。10000ウォンを払って乗車。かなりスリリングな運転だったが、ほとんど寝ていた。睡眠不足なのだけども、ここまでぐっすり寝ちゃうと体調的にも危機管理的にもちょっと怖い。

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空港についてもやることはないので、出国審査へ直行。その後ターミナル内をうろついたあとに、小銭を消費するために適当なご飯屋で焼うどんを食べた。一応日本料理らしいが、完璧にコリアナイズされた辛い焼うどんだった。

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その後、タピオカを飲んでスマホを充電しつつゲートが開くのを待っていた。しかし、時間になってもゲートに人がこない。これは...と思い電光掲示板を見ると見事にゲートが変更になっていた。ダッシュでゲートまで向かいなんとか間に合った。チケットに書いてあるゲートの番号ではなくて、ちゃんと電光掲示板で確認しよう。笑えないことになりかねない...。

周りにいる人たちはやはり中央アジア系やロシア系の人たちが多かった。自分のように旅行に行く人もいるのかもしれないが、まばらのようだ。みんなて荷物の量がとても多い。なぜか苺を箱買いしている人がやたらと多くいた。

座席についてみると意外と空いていて、自分の隣には誰もいなかった。窓際を独占状態である。ただ座席のリクライニングがいかれているみたいで、倒してもだんだん元に戻っていく。

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ここの機内食はさっきと比べてまだ美味しかった。鶏肉の煮物とごはん、サラダ、パン、ケーキと満足がいくものだった。その後はファンタスティック・ビーストを見たり、記事を書いたりして時間を潰していく。

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画面に表示される地図を見ていて、飛行機の辿っているルートがかつて自分が旅行してきたルートとほぼ一致していることに気が付いた。あれだけ苦労して進んできた道だったなーと懐かしくも感じるし、またあの地域に行けるのかと思うとわくわくして仕方ない。

7時間のフライトを終えて飛行機を降りてみると、かなり寒かった。中央アジアは3月に入ると少しは暖かくなるが、それでもまだまだ寒い。飛行機からバスでイミグレまで移動し到着すると、大勢の人たちが一気に走ってイミグレへと向かっていった。イミグレに向かうと既に多くの人が並んでいたが、自分以降も更に多くの人がやってきた。明らかにキャパオーバーなところを見ると、走ってまで急ぐ理由がなんとなく分かる。

入国審査も無事終わり荷物が流れてくるのを待ったが、全然流れてこない。かなり大きめの段ボールの荷物が多く、旅行用のバックはほとんど見当たらない。どうやら飛行機に乗っていたウズベク人は韓国で爆買いをしてきているようだ。しかも、荷物が重いのかコンベアは定期的に止まってしまう。全然流れてこないまま、1時間半その場で荷物を待った。

関税の申告も終え出口に向かうと両替所があったが閉まっている。近くにいる人に聞くと、USDも使えるし闇両替の方がレートが良く、また今日の宿があるオイベクまでのタクシー料金は12ドルくらいだと教えてもらった。



空港出口で直ぐにタクシードライバーの二人組に声をかけられた。オイベクのArt hostelまで10ドルで行くことになり、乗せてもらった。しかし、この値段はかなりのぼったくり価格だった。後々こいつらについて行くべきじゃなかったと後々後悔する。

車に乗ってからは日本語と英語が達者な奴(A)と英語を少し話す奴(B)の二人組で、Bが運転しAが助手席に座った。発車してすぐ、Aから闇両替の話を持ちかけられる。公式のレートは1USD=3400UZSだが、闇両替なら4000UZSで替えてやるとのこと。しかし、事前にネットで見た情報だと4500s周辺であったため、そのレートじゃないと替えられないことを告げた。最初は「400USDなら考えてやる」とか言って抵抗していたものの意外と物腰が柔らかくなるのが早く、200USDを900,000UZSで両替することになった。

UZSは一番大きい札が5000UZSなので、非常に札の数が多い。タクシーの中で一枚一枚枚数を確認し、ちゃんと180枚あることも確認した。特に数え方にいちゃもんをつけたり、抜かれたというようなことを言うこともなく、交渉はスムースにいった。


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本日の宿のArt Hostelの前に着き、そこで初めて200USDを渡した。そして、念のため二人のタクシードライバーの証明書を写真で撮っておいた。英語を話すこの顔には注意した方がいい。

宿にチェックインし、宿のスタッフに闇両替の話をしたら「今のレートは6000UZSだぞ」と言われた。つまり1USD当たり1500UZS、合計で300,000UZS程ぼられたことになる。50USD分損した...。

加えて、旅の後半で明らかになったが、2017年3月中旬では闇市場のレートが1USD=7500~8000UZSまで跳ね上がっていた。UZSはかなりインフレが進んでいるようだ。3年前のLonely Planetだと闇両替でも2800UZSとかだったので、その上昇率はすさまじい。

初日から自分の不注意で色々な面で結構痛い目を見てしまった。旅行慣れしていることへの戒めだったと捉えて前向きに旅行しよう...。



ドミトリーのベッドで落ち込んでいると、隣のベッドに日本人がやってきた。彼はTという大学生で、昨日タシケントに着いたばかりだという。彼と先ほどあった闇両替の話や、今までそしてこれから先の旅の話もした。彼はまだバックパック旅行に出たのが2回目らしく、1回目はミャンマーだったという。ミャンマーと中央アジアという選択肢がコアすぎる...。

その後シャワーを浴びて就寝...のつもりだったが、同室のロシア系の男二人が灯をつけたりスマホを鳴らしたりしてうるさい。こいつらの意味不明なアラームに何度か起こされたが、疲れの方が上回ったみたいでぐっすりと寝ることができた。



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