期待値を軽く超えた、UK発ヴェルヴェット・ヴォイスの使い手の初来日公演。
“NAO”と書いてネイオ(あるいはネイオー)と読む、英・ノッティンガム出身のシンガー・ソングライター。本名はネイオ・ジェシカ・ジョシュア。2016年の『フォー・オール・ウィ・ノウ』でアルバム・デビューし、ムラ・マサとのコラボレーションでも注目されている才女だ。個人的にも同作は2016年のフェイヴァリット・アルバム第2位に選出。90年代R&Bと冷温なエレクトリック・サウンドとが融合した洗練された曲風はミステリアスなムードも生み、検索しづらい(苦笑)名義もあって、どこか謎めいた刺激も与えていたが、2018年の終わりが見え始めた時期に来日公演決定の報せが。彼女がゲスト参加した前日のムラ・マサの公演がほぼ発売当日に完売ということを考えると、チケット発売当初は思ったほどの売れ行きではなかったようだが、蓋を開けてみれば(ムラ・マサからの急遽流入組もあったか)フロアを埋める人で満杯に。開始前から方々で上ずらせた声がちらほら飛び交うなか、定刻より10分に達しようかというところで暗転。歓声の中でバンドメンバーに続いてネイオが登場し、彼女の初来日のステージが幕を開けた。会場は渋谷・WWW X。
来日間近の2018年10月に2ndアルバム『サターン』をリリース。1stとはまた異なるメロウかつディープな彩色を強調した作品だが、どちらにしてもしっとりとしたムードで始まるかと思いきや、冒頭の「フール・トゥ・ラヴ」から予想以上に力感が伝わる黒人らしいダイナミックな歌唱とパフォーマンスを披露。コケティッシュでスウィートな声色とのギャップで一瞬にしてオーディエンスを魅了し、続く「ゲット・トゥ・ノウ・ヤ」では頭を上下に髪を振り乱し、クルクルと回転するダンスで完全にフロアをロックした。
このフロアに集ったオーディエンスは楽曲を良く聴き込んでいるようで、彼女が曲紹介をするしないにかかわらず、イントロが流れ出すやいなや歓声で満たされる。それに気分を良くしてか、彼女も嬉々とした表情で応え、心地良く歌声を繰り出していく。“日本に来られてハッピー”と語りかける表情が物語るように、終始笑顔を絶やさず、ステージ狭しと左右を往来し、オーディエンスとのコール&レスポンスを楽しみながらその距離を縮めていく(そもそも、東京に魅了され〈リトル・トーキョー・レコーディングス〉という名のレーベルを発足したくらいだから、彼女の来日公演の期待感は推して知るべし)。「メイク・イット・アウト・アライヴ」ではアルバム『サターン』のジャケットよろしく右手に風船を持ちながら歌うパフォーマンスを見せたが、「アナザー・ライフタイム」ではさらに風船を持ち出して、最前列のオーディエンスへ一つずつ手渡していく。ライティングで赤みや青みなど色が変わる風船が緩やかにフロア前列で揺れるなか、今度は情感のこもったヴォーカルでじっくりと艶やかなムードを漂わせていく。
その後も「オービット」「ガールフレンド」などのミディアムではオーディエンスの視線を浴びながらたゆたうように歌い上げる一方で、「ドライヴ・アンド・ディスコネクト」などの軽快なグルーヴの曲では“歌って!”と煽ってフロアの熱量を上げていく。「アドーア」では扇子を仰ぎながら歌う場面も。新譜のタイトル曲「サターン」ではサウスロンドン出身のシンガー・ソングライター、クワブスをフィーチャーしているが、この日はネイオ自身がクワブスのバリトン・パートも担当。レイラ・ハサウェイほどまでとはいかないが、クワブスを真似て低音を響かせ、一人二役をこなしていた。
終盤は「DYWM」で手をしなやかにくねらせながら歌い、再びフロアに艶やかなパッションをもたらすと、ムラ・マサへの客演曲「ファイアフライ」でヴォルテージもさらに上昇。この日一番とも言える歓声が鳴り響いた。“アメイジング!”と発した後、“もう一曲やってもいい?”との問いかけに大きな歓声を受けると、ラストに選んだのは「バッド・ブラッド」。どちらかというと派手さはない、ズシリと重さを感じるノスタルジックでタイトなミディアム・スローだが、ステージでの興奮が過ぎてしまうのを惜しむかのごとく、噛み締めるように歌う姿にオーディエンスも身体を揺らして応えていた。
アルバムのイメージからライヴもエレクトロ/アンビエントR&B系の佇まいかと勝手に構えていたが、それは完全に裏切られた形。無論、いい意味で裏切りだ。90's R&Bマナーのメロウネス、ネオソウルのディープネス、無骨なファンキー・グルーヴ、レゲエ/ダンスホールがチラつく緩やかなバックビート、そして近年のUSトレンドを意識したようなフューチャーベースなど、多彩なサウンドを自在に往来するヴォーカルワークは見事。その声色は以前から薄っすらと脳裏を過ぎっていたが、ブランディのアプローチとの近似性も感じた。特に揺らぎを帯びたフェイクなどには、ブランディの発するそれを直ぐに想起させるほど。歌唱の“太さ”という意味ではネイオの方があって、声圧や声量も高いのだが、何と言ってもキュートな歌声がその迫力や圧力の強さ以上に耳に届くから、つい惑わされてしまう。
また、もう一つ印象的だったのは、これらの自在性を過不足なく具現化したバンドのスキルだ。同期を用いてはいたが、時にタイトなドラムや泣きのギターソロなどなかなか強度の高いサウンドを繰り出していく。それに負けることのないネイオのヴォーカルワークもあって、バンドサウンドと歌唱の強度が保たれたまま、さまざまにムードへと七変化。生のバンドが繰り出すタイトなビートとそれを颯爽と乗りこなすネイオという構図は予想以上の相性の良さで、フロアにホットなグルーヴの渦を次々と生み出すのに奏功したといえよう。
贅沢を言えば、アンコールなしのほぼ1時間というステージだったため、少々物足りなさもなくはないが、初来日公演としては刺激を与えるに十分なパフォーマンスということに異論はなし。考えていた以上に踊って、それでいて歌も懐深くありながら、音楽を楽しませることに長けたパフォーマンスに、集った殆どが満足して帰ったのではないだろうか。チャートアクションを含め、本国ともども日本でももっと注目されていい存在だと思うが、このステージの評判を機にさらなる脚光を浴びる日もそれほど遠くはなさそうだ。
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<SET LIST>
01 Fool To Love (*F)
02 Get To Know Ya (*F)
03 Make It Out Alive (*S)
04 If You Ever (*S)
05 Another Lifetime (*S)
06 Gabriel (*S)
07 Orbit (*S)
08 Girlfriend (*F)
09 Drive and Disconnect (*S)
10 Adore You (*F)
11 Saturn (*S)
12 DYWM (*F)
13 Firefly(Original by Mura Masa feat. Nao)
14 Bad Blood (*F)
※(*F):song from album“For All We Know”
※(*S):song from album“Saturn”
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