*** june typhoon tokyo ***

IKKUBARU『Chords & Melodies』


 イックバル流のフィロソフィーを具現化した、美的ポップ作。 

 Especia「アビス」や脇田もなり「Cloudless Night」などの楽曲提供でも知られる、インドネシアにおける“シティポップ”のリーダー・グループと言ってもいい4人組のイックバルが、2014年の前作『Amusement Park』以来約6年ぶりとなる2ndアルバム『Chords & Melodies』を発表。その日本国内盤が2020年9月にリリースされた。当時はフロントマンのイッくんことムハンマド・イックバル(Muhammad Iqbal/vo,g,key)をはじめ、イキちゃんことRizki Firdausahlan(vo,g)、アジちゃんことMuhammad Fauzi Rahman(b)、バノやんことBanon Gilang(ds)は大学生であったから、なかなかの歳月が経過しての2作目ということになる。初アルバム『Amusement Park』は好印象だったが(アルバム評はこちら→「ikkubaru『Amusement Park』」)、この『Chords & Melodies』も初作に劣らない、瑞々しさと仄かに顔を出す尖った部分とが巧妙に配された佳作といえるだろう。国内盤はオリジナル本編としての10曲に、脇田もなりがゲスト参加した「Cloudless Night」やRYUTistへの提供曲「無重力ファンタジア」のセルフ・カヴァー、2019年来日記念盤としてリリースされた「Let It Swing」などのボーナストラックほか6曲を追加した全16曲となる。

 80年代の邦楽シーンに影響を受けたシティポップを鳴らす彼らゆえ、冒頭の「1986」は早速80年代のあるエポックにフォーカスしたのかと思いきや、実は“1986年”ではなくイックバルという名前を数字を当て嵌めてみた(イッ=1、ク=9、バ=8、ル=6)一種の文字遊びとのこと。インドネシア語ではなく日本語読みの数字を当てているのが彼ららしい。宇宙を背景にしたような深淵で壮大な鍵盤を軸とした音空間にナレーションや時を刻むような効果音が流れるという、どちらかというとイントロダクション的なスキット・トラックだが、イックバルという存在を印象付けるための大きな舞台装置という意味があろうか。この曲が発した漂流と幻想を漂わせるムードは、次の「Tik Tok」にも受け継がれていく。シンセ・サウンドによるアルペジオのリフレインがいざなうムードは、どことなくティアーズ・フォー・フィアーズ「ルール・ザ・ワールド」(Tears for Fears / Everybody Wants To Rule The World)を想起させるアトモスフィア感覚に似た作風で、時間という決して変えることの出来ないものへの真理とその寄り添い方を提言しているようだ。

 3曲目の「Street Walkin'」はイックバルらしい軽快ながらもエレガントな質感を持ち合わせたサウンドが妙。いわゆるリゾート・ポップを地で行く王道展開で、甘く問いかけるようなヴォーカル同様に“僕は毎晩、君のことを想い続けるんだ”というスウィートなラヴ・ソングだ。次の「Hilang」では「Street Walkin'」で描いたスウィートなムードを少し現実と引き合わせた、夢と現(うつつ)、妄想と不安を彷徨うようなエアリーなサウンドへと移行させ、奥行きをもたせたプロダクションに仕立てている。シティポップ楽曲ではメロディラインであれ、詞世界であれセンチメンタルな要素が一つの肝になっていることが多いが、それをしっかりと体現したのが「Memories」で、“思い出は美しく、時に痛みを伴うものなんだ”という二律背反にも似た真理を、煌めきを纏った80年代ライクなアレンジワークで聴かせている。これらの楽曲は、サウンドもそうだが、詞世界にも哲学的であったり美的感覚が宿っていて、その組み合わせが、居心地の良い音楽へと昇華させている。

 だが、ただ心地よいサウンドを奏でているだけでないのがイックバルのバンドとしての振幅の広さで、「Evelyn」ではニューウェイヴやプログレッシヴな要素もちらつくロック・サウンドを発露。音のトーンを明から哀愁へと少しずつ移動させ、ノスタルジックな音空間を漂わせていく。続く「Persona」でも、穏やかではあるが、涙腺を刺激するような切なさが覆う曲調で、寂しさが胸を去来するような聴後感が打ち寄せる。統計を取った訳ではないが、朝と夜、出会いと別れなど、彼らの詞世界には日常のなかでの“終生”にも似た感情を綴っているものが多い気がする。それはこういった曲調からインスパイアされてのことなのかは分からないが、彼らが人間誰もが持ち得る心理について自然体で歌える曲風ということなのだろうか。

 タイトルからは静寂を窺えそうな「Silent」は、それに反してそよ風のようなグルーヴで綴ったソウル・ポップで、終盤にはグルーヴィなギターソロも登場。その軽快なグルーヴを加速させた「Let The Love」は、流麗なヴァースと跳ねるリズムがつづら折りとなった美曲。チープな電子サウンドと瑞々しいハイトーン&コーラスが、沈む行く夕陽を見届けながら風を受けるような夏の夕涼みをも思わせてくれる。

 全体的に颯爽や喉越しの爽やかなシティポップマナーを軸としたサウンドを構築しているが、「1986」や「Evelyn」などで見せた、イックバルが単なるシティポップ・フォロワーにとどまらないことを感じさせてくれるのが、本編ラストの「Light」にもある。煌びやかな導入からスペーシーなムードを漂わせるが、深遠で壮大なというイメージよりも、もっと強い生命の意志を感じさせるスペクタクルな音空間を描き出している。宇宙の闇のどこからか発せられる光や光線が連なって強く太い光の束となって照らし出すとも思しき、シティポップ・バンドとはあっさりと語るのを憚られるようなプログレッシヴなサウンドに、息を呑む人も少なくないのではないか。終盤のギターとシンセが唸り重なってグイグイと進む展開は、(85年に全米1位となった)ヤン・ハマーの「マイアミ・ヴァイスのテーマ」(Jan Hammer / Theme from Miami Vice)も脳裏をかすめて、ニヤリとしてしまった。


 一応、本編以外にも触れておくと、「Evergreen」も朝焼けの光が差し込むような肌当たりの優しい曲調だが、鍵盤とギターがややうねっていることもあって、単なる爽やかな朝で終わりにしないオリジナリティを醸し出している。「Let it Swing」は“スローライフ”ともリンクしそうなハートウォームなテイストで、ゆっくりと歩みを進めて行こうというような人生賛歌ともいえそう。アウトロの“パパラ~”のスキャット含め、イックバルが持つピュアな、テンダーな部分を発露させた楽曲といえそうだ。「Atlantic」は、例えばくるりあたりのオーセンティックなロック・バンドが描くシンプルな楽曲のイメージに近いか。それが甘く薫るヴォーカルとも相まって、美しく青い海原を思わせる雄大さと悠久さをもたらしている。タイトルよろしく世界の広さを感じさせてくれる楽曲だ。

 「無重力ファンタジア」は新潟発のアイドル・ユニット、RYUTistのシングル「青空シグナル」のカップリング曲。瑞々しく美しいというイックバル楽曲が持つ特徴の一つであるピュアネスが強調された、儚げで愛らしい楽曲だ。脇田もなりへ提供した「Cloudless Night」では脇田をゲストに迎えたデュエットに。「無重力ファンタジア」が日本語セルフ・カヴァーだったのに対し、こちらは脇田のヴォーカルが加わったことでヴォーカルの厚みが出ている。メロディライン、サウンドアレンジを含め、鼓動を高めることを厭わない楽曲で、個人的にはいまだもって脇田もなりの楽曲のなかでの最高峰だと思っている傑作だ。ラストの「Skyline」は、彼らの惹句でもある“インドネシア発シティポップ・バンド”の代名詞にもなりそうな80年代ポップ・サウンドが満開。さまざまなことが起ころうとも、いつも心に太陽を照らしていれば、きっといいことが起こるはず……そんな人生訓を語り掛けてくれるような、ハッピーなテイストの心浮かれる楽曲となっている。

 2作目までやや時間を費やしてしまったが、影響を受けた80年代サウンドを自分たちなりに咀嚼したシティポップ・サウンドだけでなく、インドネシア発のバンドならではの雄大さや哲学、世界観などを下敷きにした、幻想と日常を華麗に行き交うサウンドの萌芽も感じられた。単なるシティポップのインドネシア版と高を括ると、痛い目に合いそうな、そしてさらなる伸びしろも感じさせる佳作といえよう。




◇◇◇

■ イックバル / コード・アンド・メロディーズ(IKKUBARU / Chords and Melodies)
〈CA VA? RECORDS / HAYABUSA LANDINGS〉(2020/09/02)
HYCA-8002

01 1986
02 Tik Tok
03 Street Walkin'
04 Hilang
05 Memories
06 Evelyn
07 Persona
08 Silent
09 Let The Love
10 Light
11 Evergreen (*1)
12 Let it Swing (*1)
13 Atlantic (*1)
14 無重力ファンタジア ikkubaru version (*1)
15 Cloudless Night feat.Monari Wakita (*1)〈日本語詞ボーナストラック〉
16 Skyline (*1)〈日本語詞ボーナストラック〉

(*1): 日本盤CDにのみ収録

◇◇◇

【IKKUBARUに関する記事】
・2015/03/13 ikkubaru『Amusement Park』
・2015/06/22 ikkubaru@新代田FEVER
・2020/09/21 IKKUBARU『Chords & Melodies』(本記事)

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