*** june typhoon tokyo ***

脇田もなり『RIGHT HERE』


 幾重にも連なる迷いが晴れて作り上げた、真の原点となる決意作。

 ソロ・シンガーとしての一つの証である初アルバム『I am ONLY』を2017年に発表した脇田もなり。翌年の“前進したい!”という気持ちを込めた2ndアルバム『Ahead!』を経て、2019年に3作目『RIGHT HERE』に辿り着いた。このタイトルから想起されるのは、やはり1992年に米R&Bガール・グループのSWVが放ったヒット・シングル「ライト・ヒア」(“Right Here”)だ。もちろん、本作との相関関係はないのだろうが、SWV「ライト・ヒア」の歌詞を紐解くと、意外にもリンクしているような気もする。意訳すると「近頃自分はどこに行きたいのか、そんなことばかり考えていたの」「雨が降ったり痛みを伴ったりするけど、時が愛を育てていくはずよね」「そう、愛はここにいつもある。もう恐れないし、泣きもしない、愛がここにあるんだから」というラヴ・ソングなのだが、愛を“歌”に替えてみると、ソロ・デビューからこれまでの脇田もなりの心境をも表わしているのでは、と考えるのは発想のし過ぎか。3年で3枚のアルバムを送り出すなど一見順調そうだが、実際は歌を続けることに葛藤し、思い悩む日々も多かったという。その苦悩を経ての一つの答えが“RIGHT HERE”(まさにここ=歌が私の居場所なんだ)という決意として表れているのではないだろうか。

 また、意図してかどうかは分からないが、アルバム3枚ともに7月末のリリースというのも面白い。7月の英語名“ジュライ(July)”は共和政ローマ時代に活躍したユリウス・カエサル(英名:ジュリアス・シーザー)の名を由来とするが、この季節を迎えるたびにカエサルの故事「賽は投げられた」(もうやるしかない)という思いを自らに問うている……とまでは考えないにせよ、7月がくるたびに1年間の成長を確認出来るという意味では指標として分かりやすい。7月の異名“文月(ふみつき)”よろしく、詩歌を献じたり、書物をしたためるという由来のある月に、自らのソロ・シンガーとしての軌跡をアルバムという碑(いしぶみ)として立てていくというのも、粋なものだ。

 蛇足が過ぎたが、さて本作。メイン・プロデューサーにはお馴染みの新井俊也(冗談伯爵)を起用し、前作『AHEAD!』に引き続いて佐々木潤&鈴木桃子の“COSA NOSTRA”チームが参加。さらに、一十三十一&Dorian、マイクロスター、斉藤伸也(ONIGAWARA)といった面々がクレジットに名を連ねるなど、これまで以上の彼女の歌への欲求を形にするべくヴァラエティに富んだ布陣で制作に当たっている。

 トピックはさまざまあるのだが、まずは冒頭の「風船」だろう。ウィスパーヴォイスでのカウントアップを導入に配するという“キュートなもなり”でリスナーを出迎えるこの曲は、脇田もなり自身が作詞を担当。彼女が敬愛するYUKIも脳裏を過ぎるようなスウィート&ラヴリーな歌唱と甘酸っぱさが広がるポップネスが特徴だが、肝となるのは彼女が自身やリスナーへ向けて語り掛けているようなリリック。自身の夢を風船になぞらえて、なかなか膨らまず浮かばない状況に憂いながらも、新しくスタートを切ろうと意思を固めた心持ちが綴られている。詞曲から受ける肌当たりはガーリーでキュートだが、アルバム3枚目にしてようやく“歌と心中する”という強い決意を表出させたといえるのではないだろうか。

 本作においてメッセージという意味での肝が「風船」なら、楽曲として注目せざるを得ないのは、何といっても一十三十一とDorianのコンビが提供した「エスパドリーユでつかまえて」だ。脇田自身がこういう楽曲をやりたいという意思をDorianに伝えてから作られたということだが、2nd『Ahead!』以降で顕著だったハイトーンを含む抑揚の幅の大きい曲とは異なり、キーを抑えめにしたことで声の“気張り”を失くし、結果的にヴォーカルワークにも大人ならではの懐や“遊び”をもたらすことにも奏功しているようだ。サマーブリーズと夏の終わりの黄昏を感じさせるソフィスティケイテッドな作風を大人の艶を見せ始めている彼女が歌うというチャレンジは魅力的ではあるが、一方でこのDorianのクセの強い曲調は一十三十一マナー直球のナンバーといえなくもなく、ややもすれば、一十三十一楽曲をカヴァーしたのとほぼ同義と捉えられる可能性も否定できない。この手の作風にチャレンジする心意気は良しとして、どう自らのものにするかが課題となる。つまり、作風にクセがあっても、ひとたび歌いだせば“ディス・イズ・もなり・ソング”と納得させるだけの自らの型や世界観を持つことが出来れば、どのような楽曲を歌おうとも脇田もなりの楽曲になるのだから。その意味で惜しむらくはまだ完全に“モノ”になっているというには早く、多少綺麗になぞっているようにも感じてしまう。完全に一十三十一の影を消すとまではいかなくとも、自身らしさ(それはヴォーカルワークでも、リズムやグルーヴの取り方でも、抑揚の強弱でも構わない)がそこかしこに溢れるようになった時、本当の意味で彼女の楽曲となったといえるのではないだろうか。


 個人的に注目していたのが作詞・鈴木桃子、作曲・佐々木潤という元“COSA NOSTRA”チームの二人が手掛けたメロウなR&B/ネオソウル・テイストの「WHERE IS...Love」だ。フィーチャリング・クレジットとしてSunny Belltreeなる人物のエフェクトヴォーカルが加わるのだが、詳細は分からず。ただ、“Belltree”を直訳すると“Bell=鈴、tree=木”となる……という推測も出来るが果たしてどうだろうか。

 このミディアム・スローも「エスパドリーユでつかまえて」同様、渋谷系として90年代を駆け抜けていたCOSA NOSTRAの色が窺えるという点では提供者の色が濃く表れている作風だが、まだあどけなさが垣間見えながらもこれまであまり描出されていなかった艶やかさや、内面から滲み出す情動のようなものがチラチラと顔を覗かせていて、彼女の歌唱の幅を確実に広げたといえそう。個人的にはもっとアダルトな歌唱に落とし込んで、メイクラヴァー風な濃密なムードを生み出せれば、彼女の歌唱に真の色香が備わるはずだ。

 “COSA NOSTRA”チームはもう1曲提供していて、華やかな色合いを添えながら爽快なリズムで駆け抜けるハウシーなダンス・トラック「LOVE TIMELINE」がそれ。福富幸宏による「I'm with you」の時にも感じたのが、彼女のハウス・トラックへの適応力を、この楽曲で再確認した次第。イーヴンキックなどのリズムが取りやすいトラックだと、知らずとグルーヴを生み出しやすいヴォーカルのクセみたいなものがあるのかもしれない。ボトムと適距離でヴォーカルを乗せていることもあって、自ら作るグルーヴの波の力を借りて、ハイトーンも滑るように展開。均一なリズムが必要以上に感情を入れ込もうとする歌唱の隙を作らせないのも、結果的に適度な加減に落とし込めていい塩梅となっている要因か。


 そのほかの外部提供曲を見てみると、佐藤清喜と飯泉裕子の“マイクロスター”が提供したチャーミングなラヴ・ソング「恋をするなら」も脇田もなりの新機軸といえそう。“ピチカート”マナーを感じさせる渋谷系ポップス風で“Turu Turu Tu Turu Turu~”からのリズミカルなコーラス・パートには、可憐なモード系を意識したようなファッショナブルな洒落っ気も見せていて、非常にカラフル。と同時に、可憐からチラリと大人の表情を見せる終盤の“東京湾 スレンジャー イン ザ タウン~”のブリッジが、いい繋ぎ役を演出している。
 “SUPER J-POP UNIT”を標榜しているONIGAWARAの斉藤伸也によるポップネスが弾けた「Thinkin' about U」では、斉藤のギター挿入をはじめ、Smooth Aceのバックコーラスや佐藤清喜のミックスなどなかなか手の込んだ作りに。快活なソウルポップといった作風だが、ウキウキと胸躍るノリの良いリズムに背中を押された、楽しげで微笑ましい歌唱が印象的だ。

 彩色が異なるのは、ギターやキーボードに彼女のバンド“Up & Coming”の面々を起用した、くるり「ハイウェイ」のカヴァー。どういった経緯でこの楽曲をセレクトしたかは定かではないが、もちろん彼女自身がこの曲を気に入った上でのカヴァーなのだろうが、このアルバムにおいての選曲の意味や意義は正直なところ分からなかった。これからは音楽の道という“ハイウェイ”で旅をするんだ、ということなのかもしれないが、歌唱にしてもそこまで強い感情の発露がある訳でもないから、自分はちょっとピンとこなかった。合う・合わないとかリスナーの趣向によって感想や反応は異なると思うが、それらのどれであっても“私の居場所は歌を歌うというこの場所なんだ”と宣言した『RIGHT HERE』においてこの楽曲を歌う意味が伝わってこないと、アルバムのバランスを崩しかねない。

 これ以外の楽曲群は、脇田と二人三脚で歩んでいる新井俊也が制作。そのなかで耳を惹くのは、本アルバムのラスト3曲となる「3MOTION」「FRIEND IN NEED」「passing by」だ。「3MOTION」(読み:エモーション)はディスコテックなファンキー・ハウス仕様で、ライヴのヴォルテージを上昇させるのに持って来いのアッパー・ダンサー。ライヴでは“Stay close to me tonight”のコール&レスポンスが披露されているが、デビュー以来最もフロアキラーなナンバーになった。「FRIEND IN NEED」は“Up & Coming”の一員の越智俊介のスラップ・ベースを活かして、ファンクネスを強調。脇田もなりが元来持つグルーヴを引き出すことに成功したアレンジワークが聴きどころだ。ラストを飾る「passing by」は詞を前園直樹が手掛ける“冗談伯爵”コンビの楽曲。小西康陽との関係が深い二人ゆえ、ピチカート・ファイヴあたりのポップネス、ビター&スウィートなメロディやアレンジ面とにセンチメンタルな余韻を残す作風で、ムードもどこか“ハッピー・サッド”。ジワジワと胸に沁みるサビ終わりの“なんて思うよ”のフレーズは、きっちりと片付けずとも時が来れば次へと歩みを進めることに慣れてしまう大人の心情を表わしているかのようで、1年毎にアルバムを出す度に“大人”を知る脇田もなりの3作目のラスト・トラックに適っていると感じた。


 シンガーとして高みを目指すため、さまざまなものに触れて、吸収したい。本作からはそういう心意気は十分に伝わってくる。しかしながら、制作陣から佳曲を提供されたところで、それを自身の歌として咀嚼しなければ、本当の意味での脇田もなりの楽曲にはなりえない。楽曲に寄り添うのではなく、より自身を知り、自らに楽曲を引き寄せるようになれば、同じ楽曲でも聴こえ方や訴求力は全く異なってくるはずだ。そのあたりの完成度から言えば、本作『RIGHT HERE』は道半ば。良くも悪くも印象深い歌唱の資質を持っているだけに、その活かし方が今後の課題といえそうだ。

 ただ、考えてみれば、歌手として不安を抱えたままソロ・デビューし、紆余曲折を経て4年目を迎えた彼女。例えるなら、ホノルルマラソンにエントリーし、スタートの号砲が鳴らされたものの、一向にスムーズに前に進めず、スタートラインさえ見えないまま、ただただ足を前へ運んでいた……というのがこれまでとするなら、ようやくスタートラインに辿り着き、これから本当の意味でのスタートだと再確認したというのがこの『RIGHT HERE』なのではないか。歌唱における楽曲とのシンクロ度というところではまだ粗削りな部分もあろうが、自分の意志と足でしっかりと歌手人生というスタートラインに立ち、ここから駆けていくという希望と決意を胸にした想いは、楽曲群にしっかりと凝縮されている。将来、輝かしい功績を遂げ、振り返った時、ソロ・シンガー脇田もなりとしての飛躍の原点は“ここ”にあった……本作にはそう位置づけられる予兆を秘めている。

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■ 脇田もなり『RIGHT HERE』 2019/7/31



初回限定盤 HCCD-9609 CD+DVD
VIVID SOUND / HIGH CONTRAST

01 風船
02 Thinkin' about U
03 エスパドリーユでつかまえて
04 LOVE TIMELINE
05 やさしい嘘
06 WHERE IS…LOVE? feat. Sunny Belltree
07 Just a “Crush for Today”
08 恋をするなら
09 ハイウェイ
10 3MOTION
11 FRIEND IN NEED
12 passing by

[DVD]
MONARI WAKITA 2018.09.14 Up and Coming “AHEAD!”TOUR FINAL@SHIBUYA WWWX

01 Dear
02 EST!EST!!EST!!!
03 Peppermint Rainbow
04 CUTi-BiL
05 IRONY
06 Callin' You
07 Boy Friend



通常盤 HCCD-9610 CD
VIVID SOUND / HIGH CONTRAST

01 風船
02 Thinkin' about U
03 エスパドリーユでつかまえて
04 LOVE TIMELINE
05 やさしい嘘
06 WHERE IS…LOVE? feat. Sunny Belltree
07 Just a “Crush for Today”
08 恋をするなら
09 ハイウェイ
10 3MOTION
11 FRIEND IN NEED
12 passing by

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【脇田もなりに関する記事】
・2016/09/23 星野みちるの黄昏流星群Vol.5@代官山UNIT
・2017/06/20 脇田もなり@HMV record shop 新宿ALTA【インストア】
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・2019/10/03 脇田もなり『RIGHT HERE』(本記事)

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