●○-風吹く街で-○●

簸川平野のど真ん中「風吹く街で...」
恵みに生かされてるクリスチャンぴーちの日記です。

クリスチャンの輝き

2018年09月01日 | 日記


先日、後から思えばちょっと素敵な体験をしました。

ある日、友達と待ち合わせをしていて、

先に着いたので、待っていたら彼女の車が到着しました。

もちろん、いつものように手を振りながら挨拶しました。

そして彼女の車に乗り込みながら、

「久しぶり~~(*≧ω≦)」と手を取り合って再会を喜び合いました。

その事があまりにも当たり前だったので、

私たちが会ったのは、ただの1ヶ月ぶりだと言う事を忘れていました(笑)



その時なんですが…

彼女の笑顔と車の中が、何かキラキラと光っていたんです。

ただ、彼女のいつもの笑顔が美しかったと言うのとは違って、

何となく周りが、キラキラしてて。



でも、その事を忘れるぐらいに私たちは、車の中で最近の出来事について話し、

「どんなに神さまが素晴らしい事をなさったか!」と証しし合っていました。

そして、自分の最近の困っている状態についても聞いてもらって、

いろんな良きアドバイスを頂いたりしていました。

ですから、キラキラの事は彼女にも言わず、すっかり忘れて家に帰りました。




ところが帰ってから主人には、

「どんなに素晴らしい交わりだったか」を話す前に、

なぜか?あのキラキラの話しをしていました。

それを聞いた主人は、

「聖霊に満たされている人は、そう言うこともあるわねー」と言ってました。



その時、今度は急に昨年の市民クリスマスの時の事を思いだしました。

私が主人と一緒に行った時に、後日彼女が言いました。

「あのね、ご主人がキラキラ輝いていたよ~」と。

私は、その時には主人が営業スマイルで笑っていたことかな?と軽く聞いてましたし、

主人は、「それは大袈裟なぁ~笑」と笑って済ませました。

(私もそう思いました笑)




でも、今回彼女の周りのキラキラを見て(目で見たのかは分かりません)、

主人のキラキラも、もしかしたら神さまの祝福かも知れないと思いました。

聖書には、キラキラの話しは出て来ないので、調べようがありませんが、

神さまと語り合っていたモーセの顔が輝いていたことはあります。



そして、そのような事があった意味は分かりませんが、

神さまは、確実に「何か」を始めていらっしゃると感じています。

私は、特に不思議な体験を求めてはいませんが、

(仮にあったとしても、体験で救われる訳ではないので)

しかし神さまが、神さまらしく働かれるとすれば、

人間の目には不思議であろうと思います。

そして、きっと神さまは神さまらしく事を行われるでしょうね。



ここに書いたのは、彼女や主人が素晴らしいからとか、

それを見たことが素晴らしいからとかではありません。

(キラキラしてない時の方がほとんどです)

でも「そこに神さまがおられたんだ!」

と言う事実がとても楽しいからなんです。



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