コダワリの女のひとりごと

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#呉に来てクレ 大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)へ行く☆フクを食べたくて下関と門司港と呉の旅⑮

2018-08-20 | 旅 広島県

西日本豪雨で被災される前の呉市に行き、大和ミュージアムへ行ってきたのですが、その数週間後に私が乗った呉線が流されたり、豪雨で多くの方が被災されることになるとは夢にも思わなかったた2018年の初夏。 


私にとっては15年ぶりの広島。
15年前は広島市内に宿泊はしましたが、お好み焼きも食べてなければ、市内観光もまったくしてなくて、行ったのは呉としまなみ海道の島々と安芸の宮島でした。
 
今回、初めて広島城や原爆ドームを初めてみました。
 
広島市内はお好み焼きを食べてすぐにお友達の車で呉に連れってもらいました。
呉の大和ミュージアムに行きたかったのです。


 戦艦「大和」を建造した軍港、日本一の海軍工廠のまちとして栄えた呉。
この世界の片隅にの舞台としても話題になっている呉。

世界最大のタンカーを数多く建造する明治以降の「呉の歴史」と造船・製鋼を始めとした各種の「科学技術」を紹介する博物館である大和ミュージアム。

館内には、零式艦上戦闘機六二型などの貴重な実物資料の他、船を中心とした科学技術の原理を体験・体感を通してわかりやすく紹介している展示室があり、毎週土日にはワークショップやサイエンスショーを開催しているそうです。

大和ミュージアムのシンボル 10分の1戦艦「大和」
戦艦「大和」は、昭和16(1941)年12月、呉海軍工廠(海軍直轄の工場)で、当時の最先端技術の集大成でありながら極秘裏に建造された世界最大の戦艦。

しかし昭和20(1945)年4月7日、沖縄特攻作戦に向かう途上、米艦載機の攻撃を受け沈没、乗員3,332名のうち3,056名が大和と運命を共にしたそうです。

戦艦「大和」建造の技術は生き続け、世界一の大型タンカー建造だけにとどまらず、自動車や家電品の生産など幅広い分野で応用され、戦後の日本の復興を支えてきたそうです。

10分の1戦艦「大和」は、平和の大切さと科学技術の素晴らしさを後世に語り継いでいるそうです。
映画『男たちの大和/YAMATO』の撮影の際、尾道市向島町にあった戦艦大和実寸大オープンロケセットの不足部分を補うため、CGの合成用素材として使用されたとのこと。
 
映画撮影後に解体されたロケセットの一部は呉市へ寄贈されたとのことで2006年(平成18年)6月29日、大和ミュージアムの資料修復保存施設(旧海事博物館推進室敷地内)に搬入され展示されているそうです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

回天(かいてん)
太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷で日本軍初の特攻兵器です。
脱出装置は備えられていず、ハッチは内部から開閉可能でしたが脱出装置はなく、一度出撃すれば攻撃の成否にかかわらず乗員の命はなかったそうです
 
 
 
 
 
【注意】
「平成30年7月豪雨災害」の影響で、「JR呉線」(平成30年9月中まで)および「広島呉道路(クレアライン)」(平成30年11月中まで)は一部不通となっています。
 

呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)
https://yamato-museum.com/

〒737-0029 広島県呉市宝町5-20
TEL 0823-25-3017 FAX 0823-23-7400
 
 
 

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