『君戀しやと、呟けど。。。』

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『刻(こく)』完全版 (小題:鏡)

2018-08-19 22:34:34 | ニコタ創作
 ※軽めのホラーになります。
  苦手な方はお入りになりませんように。 紫草 拝


カテゴリー;Novel


 友人が結婚することになった。
 古い家で早くに両親を亡くし、祖父母に育てられた人だった。お祖父様は随分前に他界され、それからはお祖母様との二人暮し。年齢こそ違うけれども女同士だから気楽だと、初めて出会った高校生の時にはそう言っていたのを憶えている。
 大学に進学し、その後就職し、このまま何事もなければやがて結婚するという便りも届くだろうと思いながら過ごしていた。
 地方からの上京組だった自分は就職で地元に戻り、年に一枚の葉書とメールの遣り取りだけが彼女との繋がりだった。

 自分の結婚式には東京の他の友達と一緒に日帰りだったが足を運んでくれた。二次会には参加できないと言って帰京したのだが、その後も行き来はあるものと思っていた。学生時代の友人は特別だ。しかし、いつしかその便りも途絶えがちになっていく。
 結婚という形は時間の拘束でもあると思う。少し上京するという自由さえ、なかなか許されない。それも異性の友人を訪ねるなど以ての外という雰囲気だ。

 大学時代に一緒に遊んで彼女を紹介した友達に、連絡をしてみた。やはり多くの者が音信不通になっていると答えた。ただ一人だけ、自分は直接は知らないが友達の恋人だった女性が連絡をくれた。
 お祖母様の介護が必要になり、仕事も辞めて家に入ったのだと――。

 気にはなったが、どうなるわけでもない。仕事もあるし簡単には会いに行くことも叶わない。
 そして数年、送れなくなっていた彼女のPCで使っていたアドレスからメールが届いた。

『蒼樹君、お久しぶりです。
 私を心配してくれていたと聞きました。祖母の介護に忙しく、長らく世間という時間の中では生きていませんでした。

 たくさんメールをくれたのに、返信ができなくてごめんなさい。思えば蒼樹君からのメールだけが私を現世に繋ぎ止めてくれました。
 先日、祖母が亡くなりました。
 そして漸く私も結婚する決心をしました。四十を過ぎてもまだ一緒になろうと言ってくれる人がいるのは幸せだと思います。

 披露宴はしません。今更、恥ずかしくてどんな顔をしていればいいのか分からないので。
 ただ蒼樹君にだけはお知らせしたくてメールしました。何かをしてほしいわけではありません。ただ知っていてくれたら、それだけです。

 蒼樹君の今後のご活躍とご健勝を祈っています。
 これまで本当にどうもありがとう。
 さようなら。  崎山眞美』

 読み終わり、すぐに返信しようとした。こちらはスマホだ。たった今、受信したのだから大丈夫だろうと考えた。
 しかし、また宛先不明でエラーになってしまう。どうやら、もう付き合いをする心算はないようだ。
 彼女が結婚をする。
 相手はどんな人だろう。ずっと彼女を見守ってきたのだろうか。結婚を口にするのだから当然ではあるのだろうがメールの文章からは、その人となりは見えてこない。ただ少しだけ肩の荷が下りたような気がした――。

 とある日。
 妻がリサイクルショップで鏡台を買ってきた。
 アンティークというよりは、古い日本によくあった姿見だろうか。いつも行くお店だったが、この品は珍しいタイプのものらしい。見ていたら引き出しからセピア色に褪せた一枚の写真が出て来た。
 どうしようというので買った店に問い合わせて見たらと言い、結局処分をして欲しいと言われたようだ。
 このまま捨てるのは悪いような気がすると妻は言う。今度、お墓参りに行ったら置いてくると話し元に戻していた。

 茶道を習う妻は時折和服を身につける。鏡台は妻が着物を着る時に使うからと和室に置いた。
 自分がそれを目にすることは殆んどなく、暫くするとそんな物があることすらすっかり忘れてしまっていた――。

「おい。どうした」
 妻の様子がおかしくなったのは、それから少し経った夏の暑い日だった。
 暑さのせいで夏バテでもしているのかと思ったが、どうやら違うらしい。毎日、寒い寒いと言い始めた。
 今年の夏は異常な暑さだ。各地で最高気温を更新したと連日報道されている。
 この暑さの中、寒いだって。
「大丈夫か。病院に行った方がいい。休みを取るから一緒に行こう」
 妻はただ頷くだけだった。

 妻の両親にも連絡をして来てもらった。夏休みだということもある。子供の世話と仕事と、更に妻の看病となると無理だと思ったからだ。
 お義母さんはすぐに様子が変だと気づいた。
 何かあったかと聞かれたが、何もない。本当に何もない。仕事は近所のスーパーのパートで、みんな自分も知るいい人たちばかり。ハラスメントということとは無縁の職場だと本人も言っていた。
 子供のこともそうだ。
 今年は役員をしていないから楽だというし、夏休みの行事には一緒に参加すると話していたばかりだ。

 お義父さんは和室に入った刹那、あの鏡台に気づいた。
 そういえばあったな、こんなもの……。
 経緯を簡単に話すと、これはよくない物かもしれないと言う。
「俊介君。この鏡台を捨ててもいいか」
「え?」
 それは妻の物だから、と言うと、お義母さんまでもが気味が悪いと言い出した。
「梓に聞いてもらえますか。僕には決められません」
 二人とも了承してくれて、翌日にはお義母さんは病院に、お義父さんは子供たちを連れて実家に帰ることになった。

 近所の医院ではなく、少し離れた市民病院へ向かった。
 どの科に掛かればいいのか、分からなかったということもある。しかし一番はお義母さんが、そうして欲しいと言ったからだ。
 よく分からないが案内所で、最初は内科にいくように言われ長い時間を待ち診察を受けた。
 結果は、何の異常も見当たらないというものだった。

 帰宅してからも妻は寒いと連呼する。
 この暑い中、暖房をつけることになるとは思わなかった。しかしお義母さんがそうしてくれというから。暫くは、面倒をかけることになる。全て任せると言ってリモコンを渡した。
「お義母さんも水分を取ることを忘れないで下さいね」
 まるで我慢大会でもしているかのような自宅で、熱中症で倒れましたとなったら目も当てられない。
 それにしても一体何なんだ。
 和室に二人を残し、リビングや台所はいつもよりも低い設定温度でエアコンを稼働させる。お義母さんが和室から出て来た時に、少しでも体を冷やしてもらうためでもある。自分は二階の寝室に、文字通り逃げ込む気持ちだった。
 摩訶不思議なことが起こったのは、それから一週間後の夜のことだった――。

 和室で寝ていた筈の妻が、寝室の枕元に立っている。
 ただ分かるのに動けない。これが金縛りというものか。目が開けられないのに、妻の姿が見えた。瞳だけが彼女を追う。
 気分、よくなったのか。
 声を出したいのに、それもできない。
 一体、何が起きている。

 その時だった。
 妻の口が、言葉を発するように動く。しかし出てきたのは全く別人のものだった。
『蒼樹くん。漸く会えたね。私、ずっとあなたに会いたかった』

 崎山?

『卒業する時、ついて行きたかった。でも祖母を残しては行けなかった。あの時、一緒に来て欲しいと言ってくれたあなたを、傷つけてまで残った私の人生は、祖母のためだけのものになったの』

 そうだったな。
 好きだった眞美を連れて帰りたいと思った。半端な形だけれどプロポーズのつもりだったよ。

『奥様が羨ましい。あなたと結婚して、あなたの子供を産んで、そして心配してもらっている。でも、もう解放してあげないとね』

 眞美。
 お前、俺のところに来たかったのか。

『今度こそ、本当にお別れです。ありがとう。蒼樹くん、愛していたわ』

 そこで体が自由になった。
 慌てて、和室に向かった。
「どうしてこんな暑い部屋にしてるのよ。お母さん、私を殺す気?」
「梓!」
「あ、パパ」
 部屋に飛び込むと、熱帯のような部屋で妻が着ていたガウンやパジャマを脱ぎ捨てながら怒鳴っていた。

「お前、大丈夫か」
「大丈夫なわけないでしょう。冷房にしてよ。暑くて死んじゃうわ」
 思わず駆け寄り、抱きしめていた。
「パパ?」
「よかった。これで、きっとよくなるよ」

 お義母さんも漸く起きたようだ。
「梓、元に戻ったみたいです。ありがとうございました」
 お義母さんも梓の顔を覗き込み、よかったと安堵のため息を漏らした――。

 風の噂に、崎山が結婚したと聞いた。
 鏡台は手放した。
 あの夜、妻の姿を借りて彼女は会いに来たのだろう。あの鏡はもしかしたら共鏡となり霊道を拓いたのかもしれない。
 中に入っていた写真を檀那寺に持って行ったら、すぐに供養をしましょうと言われ一緒に厄払いをしてもらうことになった。写真に写る人は一人だけだったが、どうやら何人もの想いを引き寄せているということだった。眞美もその一人だったのだろうか。
 そして彼女は生き霊(いきすだま)となってまで現れた。

 もう二度と関わることはないだろう。
 今は妻と二人の子供たち、この家族が自分の宝だ。

【了】 著 作:紫 草 
 
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